108 領境閉鎖対策と突然の喪失感
Mノベルズ様より、書籍発売中です。
『ビーちゃん様、ビーちゃん様~。聞こえますか~』
ベアトリス『あっ、おチビちゃんね? やっと【トランシーバー】を使ってくれたのね!』
ベアトリス『私、おチビちゃんの【トランシーバー】の反応をずっと待ってたんだから!』
どうやらビーちゃん様は、ワタシが【トランシーバー】の電源を入れるのを今か今かと待っていたご様子。
ワタシから事情を聞くまでもなく、早速とばかりにお話をはじめてしまいました。
ベアトリス『あのね、今この町が隣の領主から言いがかりをつけられているのは知ってる?』
『うん。病気の原因がこの町のせいだって言ってるんでしょ?』
ベアトリス『そうなの。それでね? あちらの領主が「被った損害を賠償しない限り領境を閉鎖し続ける」と言ってきてるの』
ベアトリス『しかもね、「損害賠償金として、1億リルを要求する」なんて言ってるのよ? 信じられる?』
『1億リル?』
ベアトリス『ええそう。この町の予算の1年分よ? そんな金額支払える訳がないし、そもそもこちらに何も非なんてないし』
(1リル120~140円だと考えると、120~140億円?)
(すごい金額だけど、なんだかそれほど驚かないかも)
(ギルドの幹部さんたちから、この倍ぐらいの金額を聞いた気がするし・・・)
つい最近、もっとすごい金額のお話を聞かされたばかりだったので、感覚が鈍ってしまったワタシはそれほどのインパクトを感じませんでしたが、ビーちゃん様は腹の虫がおさまらないのか、さらに言葉を重ねます。
ベアトリス『だから当然、お父様はそんな要求突っぱねるみたいなんだけど、そうなると、物流とか他領とのやり取りが止まっちゃうのよね』
ベアトリス『おチビちゃんが創り出してくれた吊り橋? それを衛兵に確認してもらったんだけど、ちょっと物足りないみたいなの』
ビーちゃん様の言う吊り橋とは、ワタシが【想像創造】した【ターザンロープ】のことでしょう。
たしかに、あのまま使うのであれば、かなり不満を感じる代物です。
けれど昨日、鍛冶ギルドの親方さんから【ターザンロープ】を改良するというお話を聞いていたので、そのことについて確認してみます。
『鍛冶ギルドのちっちゃいおじさんたちが改良してくれるんでしょ?』
ベアトリス『ちっちゃいおじさん? ああ、ドワーフのみなさんのことね? そうなの』
ベアトリス『でも彼らからの報告では、改良には数日かかる上に、改良が上手くいっても、人ひとりが渡れるようにするのが精一杯みたいなのよね』
鍛冶ギルドの親方さんたちが【ターザンロープ】を改良してくれれば万事解決だと思っていたワタシでしたが、どうやらそう簡単には行かないみたいです。
『ビーちゃん様は、ひとがちゃんと渡れる橋が欲しいの?』
ベアトリス『人もそうだけど、特に荷物の運搬、できれば馬車も使えれば最高なんだけど・・・』
(でも、勝手に橋を架けちゃっていいのかな?)
(たぶん、谷川の向こう側って、別の領地じゃないのかな?)
【ターザンロープ】ぐらいのしょぼい架け橋ぐらいならあまり問題にならないだろうと勝手に創り出しちゃたワタシでしたが、ちゃんとした橋にするとなると大丈夫なのかと、ちょっと心配になってしまいます。
『ビーちゃん様、勝手に橋を架けちゃって大丈夫なの? 向こう岸の偉い人から怒られたりしないの?』
ベアトリス『平気平気。だって、谷川の向こう側は、身内みたいなものですもの』
『身内?』
ベアトリス『そうそう。あっちの領地はお母様の実家でね? つまりは、私のおじいさまの領地なのよ』
ベアトリス『だから橋を架けちゃっても、後で事後報告を兼ねてご挨拶しておけば何も問題ないわよ』
そんなビーちゃん様の家庭の事情を聞いたワタシは、何の憂いもないのならばと、ワタシにできそうなことを提案してみます。
『あのね? 今日は無理だけどね、明日なら、もしかしたらちゃんとした橋を創り出せるかもしれないの』
『ひととか馬車とかも渡れるかもしれないよ?』
ベアトリス『ホント? 凄い! それが可能なら、隣の領主の言いがかりなんて、完全に無視できちゃうわ!』
『でもね、ワタシは創り出すことしかできないの』
『たぶんね、地面との段差とか、そのままだといろいろと問題が出ると思うの』
『だからね、すぐには使えないと思うの』
ベアトリス『段差? ふぅ~ん。それじゃあ、細かい不具合を解消するように作業員を用意すればいいのね?』
ベアトリス『鍛冶ギルドのみなさんや、手の空いている衛兵を集合させておけばいいのよね?』
『うん。お願いしま~す』
『ビーちゃん様、それでね? 橋を架ける場所は、【ターザンロープ】のところでいいの?』
ベアトリス『【ターザンロープ】というのは、例の吊り橋のことよね? そこでいいわよ』
ベアトリス『明日は私も朝一で行くことにするわ。よろしくね!』
『うん。それじゃあ明日の朝ね、バイバ~イ』 (^-^)/~~
といった感じで、ゆる~いスケジュール調整が行われた結果、明日の朝に橋を架ける作業を行うことになりました。
(明日は【想像創造】の全力1回のヤツで、ちゃんとした橋を創り出しちゃうぞ~)
(あっ、明日は【ジョシュア雑貨店】だった!)
(ということは、今日中に納品物を準備しておかなくちゃだね~)
そんなこと考えながら、明日のことについて、マスターさんとアイリーンさんにご報告です。
「マスターさん、アイリーンさん、あのね?」
マスター「ああ。話は聞こえていたから大丈夫だ。朝一で裏門だろ? 任せとけ、ちゃんと送ってやっからよ」
ここでねぇねとおにぃから物言いがつきました。
おにぃ「でも、朝一は【ジョシュア雑貨店】に行かないと」
ねぇね「【ジョシュア雑貨店】の大事な納品があるでしょ?」
「【ジョシュア雑貨店】への納品という重大案件を忘れてない?」そんな感じの圧力を、特にねぇねから感じます。
ワタシが「もちろん忘れてないよ」とお返事しようとしたとき、アイリーンさんが驚愕の内容を語りはじめました。
アイリーン「えっと、そのことなんだけど、『シュッセ』のみんなに大切なお話があるの」
「「「大切なお話?」」」
アイリーン「ええ。実はね? 【ジョシュア雑貨店】と話し合った結果、例のはちみつと石鹸の常設依頼は終了することになったの」
「え?」
おにぃ「終了?」
ねぇね「そんな・・・」
ワタシもおにぃも大変ショックですが、特にねぇねは信じられないといった感じで言葉を失ってしまいました。
まさに目の前が真っ暗といった感じで、茫然自失です。
ワタシたち3人がスラムから這い上がることができた、まさに原点ともいえるお仕事が、なくなってしまったのです。
大切な恩人との接点が、なくなってしまったのです。
アイリーン「詳しくは明日の朝まで内緒なんだけど、『シュッセ』のみんなにとっても悪い話じゃないことは確かなの」
アイリーン「だからとりあえず、明日の【ジョシュア雑貨店】への納品は中止ということで、お願いね?」
アイリーンさんがなにか言っていたようですが、驚きと悲しみ、そして大切なものをなくしてしまったような大きな喪失感で、全くその後の言葉が耳に入ってこなかったワタシたち3人なのでした。
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