107 逆恨み
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ハンターギルドのオーレリア支部と新設の『ユービン』ギルド、突然この2つのギルドのトップになってしまい、困惑、当惑、ちょっと迷惑、そんな気持ちのワタシたち3人でしたが、
マスター「まあ、細けぇことは大人のオレ達に任せとけ! お前ら3人は、今までどおり過ごしてりゃいいんだよ」
アイリーン「『シュッセ』のみんなの安全のためにも、この事はしばらく伏せておいて、今までどおり過ごしていた方がいいかもしれないわね?」
というお言葉をいただいたので、とりあえず今までどおりの行動をすることにします。
「ワタシたち、今日も町にお出かけしていい?」
マスター「ん? また町に出かけるのか?」
マスター「まあ、今朝は市場も開かれてるみてぇだから大丈夫だとは思うが、多少の混雑はあるかもしれねぇぞ?」
「あのね? ローラおねえちゃんのお店に行って、レイラさんの様子を聞いてみたいの」
アイリーン「【ガレットのお店 ローラ】だったかしら? あそこなら市場から少し離れているし、問題なんじゃない?」
マスター「よっしゃ、ならいつも通り、オレが送っていくことにするか!」
アイリーン「当然、専属の私も同行させてもらうわよ?」
ということで、早速、最近毎日お世話になっているマスターさんタクシー(【三輪自転車】と【リアカー】の人力車)に乗せてもらうべく、みんなでハンターギルドの裏庭の広場に移動です。
その道すがら、マスターさんがワタシたちに質問をしてきました。
マスター「なあお前ら。今、スラムの連中から『ユービン』ギルドの職員を選定しているところなんだが、ちょっと知恵を貸してくれ」
マスター「大勢の応募者の中から、かなり絞り込まなきゃならねぇ場合、お前らならどういう条件にする?」
どうやらワタシたち3人が郵便屋さんに投資するときの条件、『やる気のあるスラムの住人を雇ってほしい』を実行してくれているみたいです。
「どういう条件で募集したの?」
マスター「制限は特にねぇんだが、一応、教会と関係がありそうなヤツは除外したし、オレの部下が面接して明らかにダメそうなやつも外した」
マスター「だが募集に対して応募者、特に成人男性が多いのと、確実に信用できるヤツが誰なのか判断しかねてるんだ」
おにぃ「あの、やる気があるヤツを使ってください」
ねぇね「優しくて、他人を助けてる人を選んでほしい、です」
マスター「その判断がなかなか難しくてなぁ~」
マスター「最悪、お前らが選定してくれると、助かるんだがなぁ」
アイリーン「それはダメよ? 落とされた連中にこの子たちが逆恨みでもされたらどうするつもり?」
マスター「それもそうか・・・」
ねぇね「あとできれば、私たちみたいな子供や女性は優先してほしい、です」
マスター「ああ、前々から聞いてるから、野郎どもとは一緒くたにはしねぇことになってる。その辺りは抜かりはねぇ」
マスター「お前らの要望通り、手厚く『特別援助』しているぞ? 女・子供は何かと弱い立場になっちまうからな」
マスター「問題は、大多数の成人の男どもを、どう判別するかなんだよな~」
「うむうむ。それなら、応募してきたひとに推薦してもらえばいいんだよ」
マスター「推薦? どうやってだ?」
「あのね? 例えば、『この中で、自分以外で、やる気があって優しくて、他人を助けてると思う人物を3人選んでください』って聞くの」
「これを応募してきた全員に聞いてね? 選ばれた数が多かった順に採用すればいいの」
おにぃ「いいなそれ。スラムは狭いから、大体顔見知りだろうしな」
ねぇね「良い人の噂って、私たちにも聞こえてきたもんね」
マスター「なるほどな。分かった、参考にさせてもらうぜ」
そんな会話を交わした後、マスターさんタクシーに乗り込んだワタシたち3人とアイリーンさん。
【リアカー】に揺られながら辺りの様子を眺めていると、特に混雑している感じはなく、どうやら町は落ち着きを取り戻したみたいです。
そんなこんなで5分弱のツーリングの後、【ガレットのお店 ローラ】に到着なのでした。
ローラ「あら、おチビちゃんたち、いらっしゃ~い」
「「「こんにちは~」」」
マスター「邪魔するぜ~」
アイリーン「お邪魔しま~す」
ご挨拶が終わったら、早速訪問した目的、レイラさんの状態について聞き込み開始です。
「ローラおねえちゃん、レイラさんはあれからどうだったの? 大丈夫だった?」
ローラ「心配してくれてありがとう。みんなのおかげで、ピンピンしてるわ」
ローラ「実はねぇちゃん、昔から低血圧で、しかも胃腸も弱かったんだけど、それも良くなったみたいでね?」
ローラ「昨夜もスゴイ食欲だったし、今朝なんて私より早く起きて、しかも私の朝食まで食べちゃったのよ?」
ローラ「それに加えて、おチビちゃんからもらった【栄養剤】を、念のためだとか言って飲み始めてね?」
ローラ「それが効いちゃったみたいで、いつも以上に張り切っちゃってるの」
ローラ「隣領からの農畜産物が止まってる今が、絶好の売り込みチャンスだわ~、とか言っちゃってね?」
ローラ「今頃、元気に市場か商業ギルドを走り回ってると思うわ」
(病気だけかと思ったら、低血圧や胃腸にも効くんだ~)
(『簡易エリクサー』って、便利なんだね~)
「レイラさん、元気になってよかったね~」
ねぇね「そうだね~」
おにぃ「そうだな~」
そんな会話の後は、お店の奥の喫茶スペースで、雑談をしながらおいしいお菓子をいただきます。
いつもなら、ローラおねえちゃんのお店のモノをいただくのですが、でも今日は違います。
「おにぃ、アレを出してくださいな?」
おにぃ「はいよ~」
手際よくおにぃがリュックから取り出したのは、縦長の木箱。
昨日、【想像創造】でメアリーさんにプレゼントしたときに自分たち用にも確保しておいた、【高級カステラ】です。
「これはね? 【カステラ】っていうお菓子なの。しっとりふんわり甘くておいしんだ~」
ローラ「え? お菓子持ってきたの? あの、これでも一応、ウチのお店、お菓子屋さんなんですけど・・・」
「えっとね? この【カステラ】はね? 卵とはちみつ、そして【ホケミ】さんがあれば作れるの」
「それでね? ローラおねえちゃんの新しい商品の参考にならないかな~って思ったの」
「だからね? まずはいっしょに食~べましょ~?」
ローラ「おチビちゃん、ウチのために? いつもいつもホントありがとう」
そんな会話が行われている中、ねぇねは野草のお茶を用意したり、アイリーンさんはみんなの前にお店の奥から持ってきた食器やらコップやらを配膳しています。
勝手知ったる何とやら。
既にこのお店のほとんどを掌握しているワタシたちなのでした。
ほどなくしてはじまったワタシたちのおやつタイム。
「ん~。しっとりしていて甘くておいし~」 (*^~^*)
ねぇね「美味しいね~。ふんわりしていて優しい甘さだね~」
アイリーン「重くなくて上品な甘さね~。ちょっと苦みがあるこのお茶ともよく合うわ~」
おにぃ「うめぇ~。でも前に食べたパンケーキより、中がスカスカだよな」
マスター「甘くて上品で美味いことは間違いねぇんだが、一瞬で食い終わっちまったぜ。オレにはちっとばっかし物足りねぇな」
【カステラ】は女性陣には品の良い甘さが好評のようですが、男性陣には食べ応えというか、お腹いっぱいにならないところが減点対象みたいです。
ローラ「これはふっくら焼き上げるのが難しそうだね?」
ローラ「生地をそれなりに仕上げないといけないのかな?」
ローラ「それに、これだけの厚さに焼くとなると、特別な調理器具が必要かもしれないね?」
「あのね? 【ベビーカステラ】って言ってね? 小さく丸くして焼いてもおいしいよ?」
ローラ「へぇー、小さく丸くか~。そうだね、その方が商品として提供しやすそうだね」
そんな会話をしていると、お店の入り口の方から第三者の声がかかりました。
女性客「おーい、ローラちゃん。いつものクッキー、お~くれ~」
ローラ「は~い。毎度ありがと~」
どうやら常連さんがお買い物に来たみたいで、ローラおねえちゃんはすぐさま接客に向かいます。
ローラ「今日もクッキーの詰め合わせでいいですか?」
ローラ「ウチの店一番の売りは、パンケーキですよ?」
女性客「確かに昨日食べたパンケーキも食べ応えがあって美味しかったけど、アレは焼きたてのアツアツが一番でしょ?」
女性客「時間を気にせず口寂しいときに摘まめるクッキーが、私には一番ありがたいのよね~」
(あれれ? お店のお名前【ガレットのお店 ローラ】だったよね? ガレットが売りなんじゃないの?)
ローラおねえちゃんのパンケーキ推しの営業トークに、それは『看板に偽りあり』なんじゃないかと疑念を抱いていると、お客さんの口から聞き捨てならない言葉が聞こえてきました。
女性客「それにしてもどうなっちゃうんだろうねぇ。隣の領主さまが、この町を訴えたんでしょ?」
ローラ「訴えた?」
女性客「あら、聞いてない? 何でも隣の領でかなり病気が流行ってるらしくてね?」
女性客「その原因がこの町だって、隣の領主さまが難癖つけてきてるみたいなのよ」
女性客「しかもそれだけじゃなくてね? こちらが病気を故意に隣の領に広めたなんて言い出してるらしいじゃない」
女性客「病気の特効薬を隠し持っていたのがその証拠だ、何て言いがかりをつけてきてるらしいわよ?」
女性客「私ね? それを聞いて、隣の領主さまって、悪魔なのかと思ったわよ」
女性客「この町の住民に向かって、よくそんなことを言えたものだってね?」
女性客「逆恨みなのか腹いせなのか知らないけど、この町のことを少しでも知っていれば、数年前に流行ったあの病のことがあるから、そんなこと口が裂けても言えないのにねぇ?」
おにぃ「数年前の、流行り病・・・」
お客さんの最後の言葉に反応して、おにぃが沈痛な面持ちでつぶやきました。
ビーちゃん様からこの町では病気を抑え込むことができたと教えてもらっていたので、もう少しすれば全てが元通りになると楽観していましたが、どうやら雲行きが怪しくなってきました。
(お隣の領主さまがこの町を訴えたの?)
(ということは、ビーちゃん様のお父さんが訴えられたってことなのかな?)
(ビーちゃん様、困ってなければいいけど)
おともだちのビーちゃん様のことが心配になったワタシは、すかさずミニショルダーポーチから例の連絡手段、【トランシーバー】を取り出して、ワタシにできることがあれば協力しようと思いながら、その電源を入れるのでした。
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