第二試練43 21階 睡眠の間
21階 睡眠の間
《7時間以上睡眠をとること》
「眠れないのかい秋灯?」
時刻は深夜零時過ぎ。秋灯は気配を消しつつ一階のキッチンでお湯を沸かしていた。
ベッドに入ったのが22時過ぎだったので、2時間くらいは眠れたが、久しぶりに嫌な夢を見た。
重く巨大な門。表面に人の口や目などが象られ、歪な形をした羽の彫像が取り付けられている。
僅かに開かれた門の先は赤茶けた空と、無数の黒い影。
そんな世界に明音先輩が連れていかれる。自分は動くことができず、地面を這っているだけで何もできない。
昔に同じような夢を何度も見たが、門の向こう側に連れていかれるのが少女から明音先輩に変わっていた。
下の階《想痛の間》で過去を見させられたせいだと思うが、明音先輩が出てくるとは。
背中にぐっしょりと汗をかき、目を覚ました秋灯は眠れる気がしなかったので夜食を取ることに決めた。
「九装か。気配がないからびっくりしたぞ」
この建物はペンションのようなつくりで、一階が共同のキッチンやお風呂など。二階が客室となっている。
久しぶりに一人一つの個室とベッドが用意されていたので、お風呂や夕食をさっさと済ませ、あとは自由時間にしていた。
「なんだか眠れなくてね。それはカップ麺かい?私も一緒にいいかな」
秋灯の手元のカップ麺を見つける九装。
深夜のカップ麺は罪悪感があるけど、テンションが上がる。
九装の分を戸棚から取り出し,ヤカンに水を足す。
男二人。天井が高い木造のリビングでカップ麺を啜る。
明かりの光量を落としているため九装の顔がはっきりわからないが,妙に喜んでいる気がする。
「ありがとうな。高いレベルの部屋を引き受けてくれて」
「改まってなんだい。君がレベル4に入るから私も入らざるおえなくなっただけさ」
「それでも明音先輩や伊扇さんにあんまり痛い思いをさせたくなかったから」
「君は過保護だね。伊扇嬢は痛みに弱そうだけど,白峰嬢は大丈夫だろう」
「明音先輩の方が痛みに弱いよ。あの人は,ずっと無理をしているから」
食事を取りつつ、九装と会話を続ける。
お腹は満たされたが、まだ眠気を感じない。
「なぜそこまで白峰明音に固執するんだい?」
九装が唐突に聞いてくる。
今まではぐらかしてきたが、今日は少し喋りたい気分だ。
「昔に返しきれない恩を受けた。そして今度こそ守ると誓った」
「今度こそ、ね。含んだ言い方だね。それはレベル4の部屋で見た過去と関係しているのかな」
「見させられた過去は子供の頃のトラウマだよ。小さい時の俺の周りはろくな大人がいなかったから」
「君も家のことで苦労した口かい?」
九装もきっと家の期待や慣習などいろいろと背負って育ってきたのだろう。
才能がある分,それに見合う努力をし続けてきたのかもしれない。
「九装家ほどじゃないと思うけどそれなりにね」
「私は魔術については広く学んでいてね。固有術式はその家で秘匿されることが多いがそれ以外の経典術式,三次元状に構築可能な術式の知見は相当持っている。ただ,君が魔術擬きと呼ぶ魔術は見たことがない。私たちのような年齢で術式体系を生み出すのは相当な努力が必要だったと思う」
「まぁ、苦労はしたかな」
何を話し出すのかと思ったが、魔術擬きの感想を言われる。
確かに今流行っている術式とは考え方が違う。
自分の身の上話や魔術の知識など、いつも一歩引いた状態で話していたが,今日は九装も含めて口が軽い。
深夜のテンションとわずかな眠気で、脳みそが緩んでいるのかもしれない。
「私は同世代に努力でまず負けないという自負があった。家督や才能にあぐらをかいている親類縁者に努力を嘲笑されながらも鍛錬を積み上げてきた。ただ,君の術式からは私と近しい努力を感じたよ」
「それは光栄だけど。俺の術式はお前の魔術ほど強くないぞ」
「そうだね。残念ながら君からは術式構築の才能を全く感じない。《instant-bullet》も見たところせいぜい並の魔術以下の威力だろう」
上げて落としてくる。
確かにその通りだが、魔術師本人から欠点を突かれると何も言い返せない。
「ただ,あれは面白いよ。発想の出所がありふれた術式とは違う。魔術の知識はすでに体系化されていて、ここ百年くらい目新しい進歩がないが、あの技術は未完成だからまだまだ可能性がある。正直君から根掘り葉掘り聞き出して研究したいくらいだよ」
「お前って魔術オタクだったりする?」
「術式の収集癖は昔からあるね」
術式の収拾と九装は言うが、秋灯は昔から術式という概念がいまいち分からなかった。
脳みその中にあらかじめ入っているか、もしくはそこで組み立てるか。
魔術の使い方は何パターンかあるが、どの方法でも初めは頭の中で術式をこねくり回す。
術式そもそもが分からない秋灯は当たり前だが、術式の使い方も全く掴めなかった。
また現行の魔術師は経典魔術を最初から頭に入れているみたいだが、秋灯が同じように術式をダウンロードしたとしても使える気がしない。
そもそも《禄積の國》で術式を入れる領域も極端に狭いと言われていた。
「君を仲間に誘ったのは術式の目新しさとそして,君の努力に敬意を持ったからだ。それは分かっていて欲しいな」
「敬意を持ってるなら,橋を切断したやり方を教えてくれ」
「教えても構わないけど,どうせ君はできないよ」
私以外使えないからね、と九装がしたり顔で続ける。
確かに普通の魔術も使えない自分が九装家の術式を使えるとは思えない。
「俺でも使えそうな魔術ってない?」
「どうだろう。君は自分でも魔術が使えないか試しているのだろう。そして魔術擬きに行き着いた。それなら私が助言しても意味はないと思うけどね」
九装はおそらく魔術擬きについて忌避感を持たない珍しい魔術師だ。
それなら理解できていない術式理論や魔術擬きの改良について話し合いたい。正直油断できない部分もあるが。
秋灯の中で術式について議論したい欲求と手の内を明かすなという理性が戦っていた。
「なぜ魔術師は術式を物質的に表現すること。物に刻むことを忌避しているか知っているかい?」
「理論的には術式は三次元より少し上の3.5次元にあるから脳のイメージでしか組めない。その次元をわざと落としても性能が落ちるから、とかじゃないのか?」
「そうだね。学説ではその通り。でも地面に魔法陣を刻む儀式魔術もあるよね」
「あれはすごい広い土地と魔力に満ちた龍脈が必要だろ」
「でも理論的には立体,平面に術式を書き起こすことも可能だ。それでも今の魔術師はこぞって術式を書き記すこと,遺すことを嫌う。それはなぜか」
話の内容が魔術の歴史に替わる。
魔術の話に熱中しすぎて、明音先輩が聞いていないか心配になってきた。
「私の結論はこの忌避感は植え付けられたものだと考えている。やったのがどこの誰かは知らないが、今の世界では禁制とやらが解かれつつあるらしいし、私は術式表現について感じていた違和感をほとんど感じない」
「禁制は魔力がある土地とか人の魔力量を縛るだけじゃない?」
今まで確認した中で,禁制が徐々に解かれてることで本来なかった場所に巨大な樹木が現れたり山一つがいつのまにかできていたり。
また明音先輩のように急激に魔力に目覚める参加者も増えていっている。
「それも確認されているね。でもおそらくそれだけじゃない。人の無意識に刻まれた感情も縛られていたのだと思う。忌避感は神が人に植え付けたものだとね」
「もしそれが本当ならなんで縛る必要があるんだ?」
「さぁ。そこまでは私もわからないけど,神にとって不都合があったのかもしれない」
九装の仮説を聞くが,とても興味深い。
ここまで魔術や試練について話し合えたことは初めてだった。
秋灯と九装は自身の考えや集めた情報について,部分的には出し渋りながらも議論を交わしていった。
翌朝、何気なくreデバイスを確認したら九装の数値が50になっていた。
腹を割って話したことで好感度が上がったみたいだ。あいつは意外にちょろい。
ただ、特典もろもろを見たのと、なんとなくキモく感じたので秋灯は誰にも話さないことに決めた。
交友深度 一部を除いてほとんど変化なし
▶21階時点(九装のみ)
デバイス所有者:九装煉華 (九装←)
・九装が三人に向けられている交友深度
・九装のデバイスに表示
・1階→7階→14階→21階
■鐘ヶ江秋灯 ーーーー 20→23→30→39 ※秋灯はツンデレ
■白峰明音 ーー 7→14→14→20
■伊扇風穂野 ーー 5→7→16→21
・九装が三人に向けている交友深度(九装→)
・三人のデバイスに表示
・1階→7階→14階→21階
■鐘ヶ江秋灯 ーーーーー 23→27→36→50 ※50%www
■白峰明音 ーー 8→13→14→16
■伊扇風穂野 ーーー 15→18→22→25
注釈
・交友深度は30%くらいから上げることが難しくなる
・30以上から変わらず増加した秋灯、九装はお互いともツンデレ属性を持っている
・ホモ展開にはならない