第二試練28 北側防衛
「座標軸固定、完了.認識拡張、完了」
自分の身体を中心にして、草原に認識を拡げていく。
北側の草原は草の高さが腰付近までと少し高い。
背の低いゴブリンが身を屈めて進めば小さい身体をすっぽり隠せてしまう。
西側で戦ったときゴブリンが現れた距離は柵から大体1km弱なので、索敵の範囲をそこまでに留める。
明石海峡大橋を解凍した時に比べて広さは大したことないが、動いている標的を認識し続けるのはまだ慣れが必要だ。
「立体展開、完了。記憶開始、完了」
扇のような形で認識できる範囲を固定。
この中に入れば、小動物の大きさの生き物ならまず動きを感知できる。
「距離1km、1時の方向に5体現れました。サクッと倒してきてください」
「わかったわ!」
示した方向へ明音先輩が駆け出す。
南、東と二つの戦場で魔力を使い続けているが、纏っている魔力に澱みがない。
「明音先輩、声が聞こえていたら右手を挙げてください」
500mくらい進んだところで、声を張り上げる。
目視では赤い光が暗闇の中にぼんやり浮かんでいるだけだが、索敵の範囲内では先輩の姿をはっきり認識できる。
明音先輩が走りつつ右腕を上げた。ちゃんと聞こえているようだ。
「こちらでは明音先輩の位置を確認できています。ただ,俺は声を聞き取れないので注意してください。先輩もう少し20度くらい右です」
方向の修正を伝えつつ明音先輩がゴブリンの群れへ迫っていく。
ゴブリンが気づく前に、ほとんど間近の距離にいる。
速度をそのまま草原で身を屈めていたゴブリンの頭を踏み抜く明音先輩。
ガラス片が辺りに散らばるのと同時に他のゴブリンが起き上がるが、回し蹴りで大きくなぎ倒す。
残ったゴブリンの顎を打ち抜いていき、5体のゴブリンを瞬殺した。
ほんとに強いな。もう逆らわないようにしよう。
「明音先輩!そこから西の方角。9時の方向に15体です。3体ほど大きめの個体がいるので注意してください!」
声を張り上げると明音先輩が右腕を大きく振る。
1km先でも聞こえているみたいでよかった。
その後も赤色の光が現れたゴブリンを殴殺していく。
ゴブリンが現れたと同時に位置を捕捉されるので、身を隠しても全く意味がなかった。
ーーこれなら、柵の補強は余計だったかな。
計30体のゴブリンを倒しきり、少し気を緩める秋灯。
ずっと動き続けていたので眠気が襲ってくるが、欠伸を噛み殺しつつ草原の奥を眺める。
そういえば、今回は宿屋で仮眠を取らなかったので一日以上眠っていない。
明音先輩も伊扇もだいぶ疲れているので、これが終わったら流石にしっかり休みたい。
「は?!・・・大きい?それに武器も持っている?明音先輩!!先輩の周りにゴブリンが15体です!!!」
草原の奥、先輩の周りを囲むように15体のゴブリンが突然現れる。
もう課題が終わった気でいたのに、ここにきて異常事態だ。
現れた個体はこれまで見てきたゴブリンより二回りは大きく直立したヒグマ並みの身長がある。
全員甲冑のようなものを着込んでいて手には鉄製の棍棒を持っている。
「こんなの今まで出てこなかったぞ」
前回の戦闘では見ていない。ゴブリンは全部倒しきっていたが、こんな個体はいなかった。
明らかに今までのゴブリンと別の種類。ホブゴブリンとか上位種だろう。
「なっ?!近っ!!」
続けて秋灯がいる柵の周りにゴブリンが五体現れる。
こちらの個体も完全武装のマッチョなホブゴブリンだ。
「先輩ヘルプ!!!!こっちにも出た!!!!!へーるーぷーーーーー!!!」
条件反射で叫ぶ。
最初から柵の周りや人の近くに現れないはずなのに、一体どうなっているんだ。
叫びを聞いた明音先輩が囲みから出ようとするが、ホブゴブリンたちが一定の距離を開けつつ追随している。
ずんぐりむっくりな体形の癖に意外と機敏だ。
戦い方も消極的で、まるで足止めでもしているようだ。
どうする。明音先輩がここに来るまで何分かかる。
そもそも先輩はあの数に勝てるのか。
こっちのゴブリンはもう柵に手を掛けている。
柵の近くで最初から出てくるとか反則だろ。
明音先輩が手こずるようなら戦ってもまず勝てない。
予定外のことが起こって頭の中でいろいろな思考が錯綜する。
秋灯は一度大きく息を吸い、自分を落ち着かせる。
「明音先輩!!!!そっちのゴブリンに集中してください!!!!」
囲みから出ようと無理な戦い方をしている明音先輩。
現状見ている限り、普通に戦ったら今の明音先輩なら負けないだろう。
15体のホブゴブリンでも焦らなければ勝ってくれる。そう信じる。
「こっちは俺がなんとかします!!!でもできる限り早く来てください!!!!!」
5体のホブゴブリンが棍棒で軽々と柵を壊す。
瓦礫となった柵を押しのけて村へ入ろうとしているが、その背中に持っていたナイフを全力で投げた。