第二試練26 北側準備
「秋灯!いたぁぁぁぁあああああ!!」
「ちょ!?っと待って、止まれって、、、ぐへぇぇぇえええ」
村の北側。柵の周りを確認していた秋灯に明音が突っ込む。
速度を落とすことなく、タックルの姿勢で秋灯の鳩尾に頭を埋めた。
金網を補強するため持っていた金網を空中に放り出して地面に背中を打ち付ける。
下が芝生でよかった。アスファルトだったら骨が逝っていた。
「ぐはっ!痛い!びっくりするほど痛い!ゴブリンよりもずっと痛い!」
今回の課題はまだ無傷だったのに、ここにきて一番の致命傷だ。
これならゴブリンの持っている棍棒で殴られた方がいくらかましだ。
「ちょっと明音先輩、めちゃくちゃ痛いんですけど。というか起きてくださいよ」
鳩尾のあたりを頭でぐりぐりしてくる先輩。
無言のまま覆いかぶさっているが、そろそろどいてほしい。
「・・・大丈夫よね?」
さっきまで怒号のように叫んでいたのに、か細くて聞き取りづらい。
背中に触れるとわずかに身体が震えている。
「今ので無事じゃなくなったんですけど、とりあえず大丈夫ですよ。五体満足で生きてます」
「そう。ならいいわ」
「・・・・・・・あの、先輩どいて」
「黙ってなさい」
まだ起き上がるつもりがないのか、倒れ込んだまま動こうとしない。
鳩尾に頭を馴染ませながら、腕だけ器用に動かして身体を触ってくる。
「ちょっと・・・」
「動くな」
胸板や首、腕、肩と触れてくるが、身体に傷がないのか調べているみたいだ。
馬乗りになったままなので、肉食獣に捉えられた獲物の気分だ。
言われた通り身体から力を抜いて動かない秋灯。
下敷きにしている草が湿っていて早く立ちたかったが、もう諦めた。
とりあえず雌豹のマーキングが終わるまでこの階層の天井を眺めていることにする。
ーーなんか前にもあったよな、こんなこと。
まだ伊扇に出会っていない頃。
人擬きに初めて出会ったあと、こうやってしがみつかれたことがあった。
あの時は家具屋の天井を眺めていたが、今は夜空が映し出された天井を見ている。
ーー作り物には見えないな。
他の階では白一色だった天井に満点の夜空が浮かんでいる。
自分が今塔の中にいること、試練の最中だということを忘れそうだ。
大型の肉食獣に身体を検分されていることを除けば、すごく感動できる景色が広がっている。
時間が停止してからの夜空も綺麗だが、今映し出されている空も紫がかっていて綺麗だ。
月が雲で隠れているので、いっそう星の明かりが際立っている。
できれば伊扇の状況や夜襲の対応など話し合いたかったが、今の先輩に話しかけるのは躊躇われた。
時間にして3分くらい。ようやく満足したのか明音先輩が身体を起こす。
澄ました顔でズボンについた汚れを払っているが、耳が真っ赤になっているだろう。
どうせなら自分の方が土と草で汚れているので、手伝ってほしいなと秋灯は思った。
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「それで、なんで秋灯は無事なのよ?」
「いやいやなんでって。九装が来るまで頑張ったからですよ。村人も集めましたし、結構ギリギリでしたけどなんとか持ちこたえました」
さっきのことを無かったことにして聞いてくる明音先輩。
耳の赤みはまだ少し残っていた。
「今までのを見てたからすごく不安だったけど、頑張ったのね」
珍しく直球で褒めてくるが、少し心が痛い。
魔術擬きを使っていなければ、まず無事では済まなかった。
「そっちは大丈夫でした?南側は九装から聞きましたけど、伊扇さんは?」
「風穂野すごかったわよ。ゴブリンの群れを吹き飛ばしてたし、嵐みたいになってたわ」
伊扇の風の扱いは本当に上達したみたいだ。
出会った初めから威力だけはすごかったが、ゴブリンが少し不憫に感じる。
本人の性格が戦闘向きだったら、もっと活躍できていたかもしれない。
「というかあの伝言はなに?」
「伝言?なんのことです?」
「風穂野に、先輩ってツンデレなんですか?ぷーくすくす、って言われたんだけど?あんたが言えって言ったんでしょ!」
そういえば明音先輩が西側に来そうなら伝えてほしいと言ったが、そんな内容だったっけ。
伊扇には「なんか適当にカチンときそうなことを言っておけば大丈夫ですよ」と言った気はするが。
「殴ろうと思ったけど、さっき頭突きしたしチャラにしてあげるわ」
「えっと、ありがとうございます?」
なんか勝手に許されたが、一体何を言ったんだ。
そろそろ時間も迫ってきているので、一旦頭の隅に置いておくが、戦闘が終わったら伊扇に聞いてみよう。