第二試練25 東側防衛
「こ、れ、で!終わり!」
棍棒を片手に持ち、周りの個体より一回り大きいゴブリンの首を回し蹴りでへし折る。
骨を砕いた感触の後、緑色の身体がガラス片へ変わる。
これで東側のゴブリンは全て片付いた。
明音は膝に両手をついて呼吸を整える。
ずっと全力で動き続けていたので、流石に疲れた。
「明音さん、ありがとうございます!」
「ふぅーーーー。ありがと。意外と少なかったわね」
駆け寄ってきた風穂野からタオルと飲み物を受け取る。
高校の頃、部活の後に後輩からこんな風に渡されることが多かったっけ。
ずっと前の出来事のように感じるが、一カ月半くらい前は普通に高校生をしていたのでそれほど経っていない。
世界の時間が止まってから内容が濃くて、体感だともっと長い時間が経っている気がした。
「明音さんが来てくれたおかげで無事に終われました!す、すごいかっこよかったです!」
目をキラキラさせて褒めてくれる風穂野。
なんとなく高校にあったファンクラブーーいつの間にかできていたーーの一員と同じ目を向けられて居心地が悪い。
運動部の助っ人をするときなど、どこから聞きつけたのか、決まって応援に来てくれていたが、あの子たちの行動力はすごかった。
「風穂野もすごかったわよ。最初嵐でも起こってるかと思ったわよ」
明音が東側に到着した初めに目撃したのは、風穂野が巻き起こす突風と空に巻き上げられていくゴブリンたちだった。
草原の奥まですさまじい風が吹きあれ、柵に近づいたゴブリンは軒並み飛ばされる。
ゴブリンのほとんどは地面に落ちた衝撃で、ガラス片に変わっていた。
「えへ、へへへ」
恥ずかしがりつつ、照れている風穂野。こいつかわいいな。
前は下手に褒めると強く否定していたが、最近は照れるだけで素直に受け取ってくれる。
「それで、あの人たちは大丈夫?」
「えへへ。・・えとえと、風に巻き込みそうだったので、その・・」
柵にしがみついて震えながら風穂野を見つめる男が四人。
ガタイが良く野武士みたいな顔に見覚えがあるので村人だと思うが。
「まさか飛ばしてたり、、」
「い、いえ!秋灯さんからお借りした村の方は全員無事です!ただ飛ばしそうだったので柵に掴まってもらってました」
「そう。いろいろ無事でよかったわ」
村人を見ていると、どうにも普通の人のように考えてしまう。
秋灯も九装君もAIのように彼らを扱うが、子供を逃がしたり、死にたくないと叫んだり、ちゃんと生きている一つの命のように感じる。今もああやって柵に必死に掴まっているのできっと死にたくないのだろう。
「そういえば秋灯はどうかしら?村の人は集められたのよね?」
「はい。歴戦の詐欺師のような演説でした」
「詐欺師?」
風穂野が遠い目をしている。
「広場で一発ぶちかまします」とか言っていたけど、一体何をやったんだ。
「えとえと、とりあえずこの村で戦えそうな人は全員集められてて。秋灯さんの指示を聞いてくれそうなので大丈夫だと思います・・・たぶん」
「時間はどう?南側で九装君がはりきりすぎて、予定よりだいぶ前に倒しちゃったけど。あと私も」
「ここは少し早いかなくらいでした。でも秋灯さんのほうだと誤差が大きくなっているかも・・」
秋灯も時間に余裕をもって動いているはずなので、大丈夫だと思うが一度不安になると心配ががむくむく湧いてくる。
「秋灯のほうへ行ってみるわ!」
「だ、だめですよ。もうそろそろ北のほうでゴブリンが出てくるので西に回っている時間は、」
「だって前回の秋灯を見てたでしょ!あいつ五匹のゴブリンに袋叩きにあって、ちょっと半泣きになってたのよ!」
「そ、それは、私も見てましたけど」
薄赤色の魔力を身体の周りの纏うが、背中に風穂野が飛び付いてくる。
細い腕を首に回して両足でがっちり胴体にしがみついているが、風穂野一人の体重なら問題にならない。
あいつのことだ。逃げていればいいが、変に無理をする癖がある。
ゴブリンにぼこぼこにされていないだろうか。村人をかばって傷を負っていないだろうか。
「俺のことがそんなに心配なんですか?ツンデレな先輩ですね。って秋灯さんが言ってました!」
「なんて?」
動きを止める。
風穂野が何を言ったのか分からなかった。
「あ、秋灯さんが自分のほうに来そうになったら言えって。普段はツンツンなくせにこういう時はデレるんですか?俺のことが好きなんですか?ぷーくすくすって」
「あ?」
「ご、ごめんなさい!」
組み付いていた風穂野が一瞬で飛びのく。
地面の上で小鹿のように震えているが、こっちは怒りで身体が震える。
「えとえと、俺は余裕なんでちゃんと自分の仕事をしてくださいって」
「・・・・・・・・」
「えっと、秋灯さんも多分頑張っているし、でもでも死にそうだったら逃げるって言ってたので、、」
「ツンデレじゃないわ」
「えと、、」
「ツンデレじゃないわ、私」
「はいぃ」
秋灯の身を案じている後輩思いのただの先輩だ。
決してツンデレじゃない。
というか普段からそんなにツンツンしてもいない。
「ふぅーーーーー。ごめんなさい風穂野。ちょっと心配が爆発したわ」
長い深呼吸をして自分を落ち着かせる。
心配が怒りで相殺された。
「えと、はい。落ち着いてよかったです」
「でもあいつは次会ったら殴るわ」
次に会ったら殴ろう。鳩尾をぐーで。
頭を思い切り振って不安を払う。今は任された仕事に専念しよう。
「私は予定通り北側に行くわ」
「は、はい。気をつけてください。私もゴブリンが出てこないのを確認したら西側に向かってみます」
「うん、お願いね。風穂野も気をつけて」
まだ微妙に震えている風穂野に伝え、再び魔力を纏いなおす。
そういえば戦闘が始まってからずっと魔力を使っているが切れる気配がない。
どちらかと言うと身体のほうが疲れている。
「こ、怖かったですぅ」
明音が去った後、一人残された風穂野がゆっくり立ち上がる。
ゴブリンの戦闘よりずっと怖かった。