第二試練20 明音の猛攻
月明かりだけが照らす草原の中に赤色の軌跡が浮かび上がる。
淡く赤色に輝く明音の身体は、一直線にゴブリンの群れへ接敵する。
「どりゃぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」
速度を緩めずさらに加速し、群れの先頭のゴブリンの頭を拳で粉砕する。
頭を砕かれたゴブリンはガラス片が飛び散るようなエフェクトを残しその場から跡形もなく消滅する。
ゲームのような現象に現実味が薄いが、死体が残らないのは有難い。
誰でも生き物を殺すことに罪悪感を覚える。
現代人ならなおのこと、生き物の肉を抉り、拳で腹を突き破る感覚など想像しただけで手が震える。
ただ、このゴブリンたちは死体が残らないことから、生き物ではないらしい。
5階の《粘妖の間》にいたスライムと同じく明音はゴブリンが生き物ではないと確信していた。
「でりゃぁぁぁっぁぁああぁぁあああああ!!!」
先頭の三匹を回し蹴りで胴体ごと薙ぎ倒す。続けて、速度を殺さず奥のゴブリンに裏拳を放つ。
左足を軸に回転し進路を修正。ゴブリンが密集している方向へ舵を取る。
ちょうど明音の後ろ,松明を持ったゴブリンが迫っていたので,ついでに手刀で首を落とす。
落とした松明の火が草に燃え移り,辺りを照らす。
九装に自分の位置を示すにはちょうどいいと考え,構わず地面を蹴る。
ゴブリンの中には棍棒のような武器を持つものもいれば身体が他より一回り大きいものもいる。
一体一体それぞれ個体差があるみたいだが,今の明音には問題にならない。
これまで三回課題に挑戦し,戦うごとに魔力の扱い方を学んでいった。
魔力の強度,出力,右の胸から血流が流れるように魔力を身体に滲ませ,腕,肩,首,頭,背中,太もも,脚。
一点にとどめることなく循環させていく。
第一試練では経験することのなかった初めての戦闘。下の階でスライムは倒したがそれだけでは味わえなかった臨場感。
九装の魔力の扱い方を見たことも大きい。彼の魔力の扱い方は風穂野と違って緻密だった。
後方で遠くに向かって魔術を放っているが、九装まで到達するゴブリンもいる。
彼はそのゴブリンを手で払うように何気ない動作で一蹴する。
魔力を一瞬で纏い循環させ,より少ない魔力量で身体を強化する。
それは明音にとって自分の魔力の纏い方が雑であったと感じさせた。
明音がこの階層で九装に苛立っていた点は,考え方の違いが大半だが、自分の得意分野である身体強化において九装の方が数段上手いことを羨んでいた。
「ふん!せい!りゃぁぁぁ!!!」
思考を振り払うようにゴブリンに踵落としを入れる.
ゴブリンは堪らず頂点からの衝撃によってガラス片に変わっていく。
そのまま棍棒を振りかざそうとしているゴブリンの腕を掴み,ハンマー投げのようにぶん回す。
周りの群れを牽制しつつ,そのまま密集している一団に投げつける。
暗闇にガラス片がいくつも浮かび上がり,そして跡形もなく消えていく。
戦闘が開始して10分弱。途中から無駄な考えを置き去りに夢中で拳を振るう.
獣のように獰猛に,けれど直感的に合理的な動きをする。
戦闘が激しさを増すほど,明音の口元は無意識に吊り上がっていった.
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「凄まじいねぇ。まさかここまでとは」
赤い軌跡が戦場を駆け、橙色の松明がみるみると減っていく。
月明かりを反射したガラス片を一瞬残し,軌跡が通った後は何もない真っ暗な草原に戻る。
獣のように戦う明音の姿を遠くから眺めつつ,九装はつい感嘆を漏らす。
これまで三回の防衛において共に戦ってきたがここまでの戦闘狂ぶりではなかった。
魔力の強化はぎこちなさがすでに抜け,専門の魔術師のように効率よく魔力を纏っている。
まさか魔力に触れてから一月も経っていないとは思えない。
「元々才能はあったみたいだけど、やはり秋灯が心配なんじゃないか」
九装の目元は紫色に淡く光り,明音の姿だけでなく戦場全体を正確に把握していた。
「ふむ,けっこうゴブリンが現れてきたね」
余裕のある九装だが,彼の指先は忙しなく動き続けている。
ちょうど手のひらの上に紫色に輝く奇怪な紋様を描いていく。
それは立体的な球体の形に収まり,描かれた線や文字が複雑に絡み合った構造をしていた。
立体的な魔法陣。魔術を知らない人でも,見た人は大抵同じような感想を述べる。
芸術性を持つその魔方陣がさらに輝き,その中から手のひら大の炎の塊を吐き出す。
炎の球は明音の戦っている頭上を越え,草原のさらに奥へ向かう。
まだ松明の明かりがまばらで,ゴブリンの姿もはっきり見えないはずの集団へ炎の球が着弾する。
地面に触れたと同時に花火のように大きく拡がる。
それは現れたばかりのゴブリンを巻き込み,群一つを跡形もなく消し去った。
「ふむ,思ったより倒せないな。もう少し力を入れようか」
炎を射出した後,消えた魔方陣を再度構築する。
今度は指先で五個。立体の魔方陣が浮かび上がらせる。
「いけ」
抑揚のない声で五個の炎の塊を射出し,同じように遠くの群れに着弾する。
無抵抗に燃やされるゴブリンを一瞥しつつ間髪いれず同じように五個の魔方陣を構築し直す。
淡々とつまらない作業を片付けるように炎を射出していく九装。
その顔は無表情で秋灯達が知る顔とは別物だった。