第二試練16 四回目のリスタート
リスタート後、すぐに村まで向かう。
九装や明音先輩は軽く走っているつもりだが、魔力が使えない秋灯と体力のない伊扇にはつらい速度だ。
ゴブリンの襲撃があるのは深夜なので今からだと半日先になる。
村についてから宿屋に案内される流れは強制だが、その後の時間は自由に動ける。
村人と最低限会話をした後ーー村人は三回程度話すと同じことしか喋らなくなるーー防衛の用意を始める。
村の出入り口の封鎖と武器になる物の準備。そして村の外周にある柵の補強。
やることはいくらでもある。
「時間解凍がある程度マイナスになるのは仕方ないんじゃないかい?」
走りつつ九装が提案してくる。
時間解凍の回数がマイナス。つまり村人が数人犠牲になるのは仕方ないと言いたいのだろう。
「それはなに?あの人たちを犠牲にしろってこと?」
明音先輩や伊扇は村人全員を救うつもりだ。
NPCのような役割だが、見た目が人なので犠牲にしたくないのだろう。
「村人は全員で120人。これまで三回挑戦したが、必ず犠牲者が出てしまった。それに襲撃前に避難させておくことも守りやすいように一つの建物にかためておくこともできない」
昼の間は村人は基本初期位置からほとんど動くことがない。
一度明音先輩が子供のNPCを無理やり運ぼうとしたら、突然その場に固定されたように動かなくなった。
襲撃後であれば移動させられるが、ゴブリンの迎撃のため避難させる余裕がなかった。
「ゴブリンは最初一方向からしか攻めてこないが、時間経過とともに残り3方向からも攻めてくる。魔力が扱える私や白峰嬢は一人でも戦えるが、秋灯や伊扇さんはあまり戦闘が得意ではない。二人を一つの方角に置けたとしても必ずどこか一つの方角が手薄になる」
東西南北。最終的に四つの方角からゴブリンの群れが押し寄せる。
九装は魔術を使って戦えるし、明音先輩も魔力を纏えばまずゴブリンに負けることはない。
伊扇も攻撃手段は少ないが、突風を使えば牽制に使える。
問題は、攻撃手段が全くない秋灯だった。
一応戦闘を想定して第一試練の間に夜な夜な街を出歩き,拳銃や猟銃をできるだけ確保していたのだが,今は鳴門市のホテルに置かれたままだった。
祝賀会に持って行けばよかった。
「九装君は秋灯と風穂野が足手纏いだって言いたいの?」
13階についてから九装と明音先輩の口論が増えた。
考え方の違いか九装は現実的な話を。明音先輩は理想的な話をする。
要は村人をある程度犠牲にしてでも課題を終わらせたい九装と村人全員を助けないと気が済まない明音先輩。
どちらも間違っていないが,戦闘面で全く役に立っていない秋灯は正直いたたまれない。
「それは誤解だよ白峰嬢。私は二人を足手纏いなどと考えたことはないよ。ただ,明らかに課題のために設置されただけのNPC全てを助ける必要はないと言いたいだけさ」
二人の口論がヒートアップしてくる。
自然と走る速度が上がるが,秋灯と伊扇はついていくのがやっとだ。
「はぁはぁはぁ。す、すみません。私が、魔術を使えていたら・・・・」
秋灯と同じようにいたたまれなさを感じている少女が一人。
息切れと声の小ささで先頭を走る二人に全く聞こえていない。
「それでも生きてるでしょ!」
「だから、あれに命はないよ。人工知能と同じだ」
「でも血が通っているじゃない!ゴブリンに襲われたとき自分の子供を逃がそうとしてたわ。あの人たちにも命はあるのよ!」
「それはただの演出。そういうようにプログラムされているだけさ」
「でも、嫌なものは嫌なのよ!!」
秋灯としては課題を繰り返す度、殺されたはずの村人が普通に蘇っているため九装の言い分の方が納得できる。
ただ、村人がゴブリンに殺される姿はあまりにリアルだったため明音先輩の言い分も分からなくもない。
「秋灯!秋灯はどう思うの!?」
先輩からお呼びがかかる。
また九装の言葉に反論できなくなってきたのだろう。
口論するのは構わないが,あまり人を呼びつけないでほしい。
秋灯は走る速度を上げて二人に追いつく。
今日何回目だろうと思いつつ二人の仲裁に入った。
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走る速度を落とさせ伊扇が追いついてくるのを待ちながら二人を落ち着かせる。
二人とも自分の言い分を説明しようとするが,聞こえていたので制止する。
「一旦二人とも冷静になりましょう。明音先輩はともかく九装まで感情的になったら場がもたない」
「ともかくって何よ!」
「私は全くもって冷静だけどね。至極真っ当なことを言っただけさ」
この階で二人の交友深度が酷いことになっている気がする。
根っこの考え方が全く違うのかもしれない。
「とりあえず村人を全員救うか,何人か切り捨てて確実に守り切れる人数に絞るかという話ですが・・多分今回なら全員助けられるかもしれません」
「いや、秋灯。これまでそれが出来なかったから」
「今まで俺と伊扇さんは一緒に行動していましたがそれをやめます」
秋灯は自衛手段を持たず伊扇も戦闘面であまり役に立たない。
前回は村に入ってきたゴブリンをけん制するぐらいしかしていなかった。
「それは二人が危険じゃないかい?秋灯は前回の戦闘でゴブリン5体くらいに囲まれてギリギリだったじゃないか」
「5体じゃない,10体はいた。いや,8体くらいか。・・・一応そこら辺も考えているから,伊扇さんが追いついてきたら説明します」
ゴブリンは背丈が小学校低学年程度であり,知能に関しては猿など野生動物とほとんど変わらない。
手には基本なにも持っていないが,賢い個体は木片を武器にして所持している場合もある。
二、三体だったら成人男性は問題なく対処できるくらいの強さしかない。
正直野犬一匹の方が強いと感じる。
だが,問題はその数だ。
ゴブリンは群れで行動し,東西南北からそれぞれ村を襲撃してくる。
群れの数は攻めてくる方角によりばらつきがあるが,全体の総数は500体程度.
これまでの経験上,南側の群れが最も多く一番初めに村を襲撃してくる。
ついで,東,西側と襲撃され,最後に北側を攻められる。
概算であるが,南側が200体。
東と西側が100体と少し。
そして北側が50体前後。
ただ,北側のゴブリンに関しては闇夜に隠れるような擬態をしていて,本来緑色をしていた肌が黒褐色に変化している。松明も持っておらず、月明かりだけでは発見するのに遅れてしまう。
一回目と二回目の挑戦はゴブリンで溢れかえる村を守るのに手一杯だった。
前回の三回目では南側、防衛柵の外に明音先輩と九装を置いて村に入る前から撃退できた。
東と西の群れにも村に入ってくる前に迎撃することが出来たので村人の被害は少なかったが、北側の防衛まで手が回らなかった。
ただ、今回はゴブリンの群れの規模,攻めてくる方角,そしてどのように攻めてくるかまで把握できた。
襲撃の全容が分かったためあとは明音先輩と九装の二人を最適な位置に置ければ勝機はある。
「はぁはぁはぁ・・・・お、お待たせしました」
汗だくの伊扇が追い付いてきた。
呼吸を整えてもらいつつ、秋灯四人がその場にしゃがみ込む。
地面に簡単な地図を書きつつ秋灯が概要を話し始めた。