㉙第一試練終了
【第一試練 終末紀行】 試練期間終了のご連絡
2035年11月7日24:00をもちまして、第一試練《終末紀行》を終了とさせていただきます。
期間内に徳島県鳴門市へ到着した試練者の皆さま、試練達成おめでとうございます。
ささやかではありますが、後ほど祝賀会をご用意しておりますので暫くお待ちください。
また、期間内に徳島県鳴門市へ到達されなかった試練者の皆さま。
誠に残念ではありますが試練未達成となります。
以降の状況について別途ご連絡いたしますので、その場でお待ちください。
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初日から滞在しているホテルの一室。
秋灯が借りている広々とした和室の中、畳の上にヨガマットを敷き筋トレをしている明音。
指を真っすぐ突き立て腕立てを行い、額から汗が伝いマットの上にポトリと落ちる。
心配していた明音の体調だが、悪化することもなく四国に入ってから割とすぐに回復した。まだ魔力の使用に違和感があると言っているが、それよりも鈍った身体に不満があるのか、ずっと筋トレをいている。
「ほどほどにしといてくださいよ」という秋灯の苦言は、手をヒラヒラさせるだけで一蹴された。
その様子を、近くから心配そうに眺めている伊扇。
手にはどこから調達してきたのか、バケツのような容器を抱えその中にパン詰まりのフライドポテトが入っている。
鳴門市内に入ってから健康だったはずの伊扇だが自室に引きこもった。
特に体調を崩したわけではなく、市街を歩く試練者の数が多かったから。
本人は明音の看病をするためと言い張っていたが、明音のほうがまだ外に出ていた。
藺草の香る清涼感のある部屋に、むわっとする汗ときつい油の匂いが充満していく。
秋灯は部屋の奥、見晴らしのいい窓に近づき無言で開ける。
冷たい潮の香りが鼻を掠めて、濁った空気と入れ替わっていく。
「‥‥‥‥‥‥やっと一つ目か、」
闇夜に紛れる淡路島の先に視線を送り、小さく零す。
鳴門市まで辿り着かなかったの試練者はこれからどうなるのだろう。
その要因になり得た、明石海峡大橋の崩壊と解凍したまま放置した巨獣。
微塵も後悔はないが、それでも罪悪感のような感情がむくむくと湧く。
「‥‥‥‥‥‥‥ま、仕方ないよな」
頭を軽く振って気を散らす。
これから先、どうせ理不尽を課されることが多々ある。
他の試練者と直接対峙する場面だって絶対に出てくる。
一々干渉に浸っている余裕も余力もきっとない。
長い嘆息を吐いた後、秋灯は再度室内に視線を戻す。
未だ筋トレに勤しんでいる明音を見て、どこかほっとする表情をする。
「‥‥‥今度こそ」
口元だけを動かして、決意を確かめるように瞼を閉じる。
今度こそ――破ってしまった約束を守ろう。
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試練期間終了の通知が届いてから一時間後。
記載の通り、祝賀会とやらについて連絡があると思ったが、reデバイスは一向に鳴らない。
次の試練がいつ始まってもいいように動ける恰好で待機していたが、やることが無くて暇だ。
もう深夜の時間なので、連絡は明日なのかもしれない。
「あ、明音さん。まだそんなに動いちゃ‥‥」
「ずっと寝てたから鈍ってるのよ。それに今のうちに勘を取り戻しておかないと。風穂野も一緒にやる?」
「い、いや私は遠慮して、」
「最初は低負荷で慣らすといいわよ。普通の腕立ての姿勢が厳しいなら膝をついてやってもいいし」
指だけの腕立てから更に、倒立した姿勢で腕立てをしていた明音が筋トレ仲間を募る。
あんまり動きすぎると、第二試練に支障をきたしそうなのでほどほどにしてほしい。
熱心な勧誘に断れない性質の伊扇が折れる。
「ほら風穂野、まずは腕立ての姿勢をキープよ。関節を痛めるから肘は少しだけ曲げてあと二十秒」
「き、きついです。腕がプルップルッしますっ!」
「ほらあと十秒。‥‥‥まだできるわ。まだよ、まだ降ろしちゃだめ。まだよ!」
「も、もう無理っ!」
伊扇がべちゃりと床に崩れる。
十秒と言いつつその倍は経っていた気がするが、ジムの熱血トレーナーのような指導だ。
そのままプランクやら腹筋やらを一通りこなし、流石にこのままだと伊扇が使い物にならなくなるので助け舟を出す。
「先輩、筋トレよりも先に次の試練について話し合いたいんですが」
「いいけど、でも話すことって何かあるの?どうせ試練の内容は分からないんだし」
「それはそうですけど、現状の整理とあと祝賀会でどうするか話しておきたいです」
はいはいというように、明音が畳に突っ伏している伊扇を置き去りに近づいてくる。
「先輩の体調は良くなってますけど、魔力のほうはどうです?」
「ええと、まだ使いづらいわね。でも短時間なら使えそうよ」
「また橋の上の時みたく倒れられても困るので、使わないでください」
「分かってるわよ」
明音が唇を尖らせるが、釘を刺しておかないと勝手に使いかねない。
「他の試練者から聞いたんですが、急に魔力が使えるようになった人がちらほら出てきているみたいです。もし人と戦うことがあれば、相手が魔力を使える可能性があることを覚えておいてください」
「分かったわ。でもみんな使えるようになってきてるなんて、特別感が薄まるわね」
「先輩みたいに身体をゴリラのように強化できると思えませんが、もしかしたらそれくらいの人もいるかもしれません」
「ゴリラって何よ。私が魔力を使ったらゴリラなんて目じゃないわよ」
怒る矛先がズレている気がするが。
確かに魔力ありきならゴリラと殴り合いをしても普通に勝ちそうだ。
「‥‥でも橋を斬ったり壊したりできる人もいるのよね。私もそれくらいできるように鍛えないと」
拳をグッと握り、強く言い放つ明音。
その横で、少なくとも橋を崩壊させた人間はあなたよりずっと非力ですよと、秋灯は思う。
「とりあえず、魔力の使用はもう少し控えておいてください。緊急時以外は使わないように」
「‥‥むぅ、分かってるわよ」
再三の注意に拗ねたように答えるが、本当は魔力を使って全力で動きたいのだろう。
そっぽを向いた明音の後ろ、伊扇がしずしずと近づいてくる。
ようやく回復したらしい。
「あのあの、えと‥‥つ、次の試練、もし一緒にいられるようだったら、その、私も‥‥」
上ずったことで何を言い出すかと思ったが。
「当たり前でしょ!別れるなんていやよ。こんなに仲良くなれたのに」
「人数の指定がない限り、協力しましょう。それに今更別行動というのもなんか変ですし」
伊扇の顔がパッと明るくなる。
【微睡ノ世界】で強情なほど意思を示した彼女はどこにいったのか、まだまだ普段だと自信なさげだ。
最初こそ四国に着いたら分かれるつもりだったが、伊扇にはたくさん助けられた。
勿論突風やら大食漢な面で迷惑もかけられたが。
秋灯の抱いている願いは変わらないが、今は伊扇にも試練に敗退してほしくないと感じている。
「そもそも秋灯と一緒にいるのだって成り行きだったし、変に遠慮しなくていいわよ。お互い縁があったんだから大切にしましょう」
漢気のある言葉。
そういえば高校でも同性にモテていたっけ。
「とりあえず次の試練も挑めたら三人で行動しましょう。それと祝賀会では他の試練者もいると思うので気をつけてください。当たり障りない会話だったらいいですが、明音先輩と伊扇さんの二人が魔力を使えること、それと時間解凍の拡張についても洩らさないようお願いします。先輩は初対面の相手でもツンケンしない。伊扇さんは緊張して突風を出さない。いいですね?」
伊扇が明音の言葉に感動しているが、祝賀会について注意事項をつらつら述べていく。
二人とも会話や態度が不器用なので気を付けてほしい。
「‥‥むぅ、ツンケンなんてしないわよ」
「は、はい。気をつけますっ」
伊扇の色の良い声と対照的に、明音にガミガミ言いすぎてちょっと気落ちしてる。
――ヴゥー、ヴゥー、ヴゥー、ヴゥー、ヴゥー。
ちょうど一通りの確認を終えた所で、目覚ましのようなレーダー音が部屋に響く。
腕に納められたreデバイスが強く振動し、音を止めようと触れるがそれより早く画面が発光する。
「なによこれ⁉」
「きゃっですぅっ!」
デバイスの光が足元まで伸び、畳の床に光の円を描く。
見た目幾何学的な文様で、まるで何かの魔方陣のよう。
同じく明音、伊扇の足元にも光の円が伸びて、それ以上は光が強すぎて目を開けていられない。
「二人とも気を付けてっ!」
「くぅっ、まぶしっ!」
「ひゃぁぁあああっ!!」
耐えるように瞼をぎゅっと瞑り、光の円がひと際強い光を放つ。
身体が解けるような、不思議な浮遊感に包まれ。
光が納まり元の静夜の客室に戻るが、秋灯達三人の姿は無くなっていた。