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人の灯りが消えた世界で  作者: 糸間 ゆう
第一試練 終末紀行
30/204

⑭【閑話】秋灯独り

煌々と輝く月の光と蟲の羽音さえもない静謐に支配された街。

止まった世界を足早に駆ける人影が一つ。

膝を沈ませ柔らかく路面を踏むが、それでも衣擦れや靴音が辺りに響く。


明音と伊扇が寝たのを見計らい今日の宿である民家を出た。

伊扇が旅の仲間に加わり女子二人で部屋を使う様になってから、明音との同室が解消された。

【汚穢ノ世界】を出てから僅か数日間、少し惜しいなと思いつつ寝不足気味だったので有難い。


久しぶりに日課にしていた夜の街物色を再開した。日中調達していたキャンプグッズや工具、調理道具などまた荷物が増えてきているが、この先の試練で必要そうなものは出来る限り手に入れておきたい。


生き物の気配が消えた闇に佇む街を独り歩く。

まるで終わった世界に一人だけ取り残されたような、そんな感覚。


――久しぶり、だな。


ここ半月ほど四六時中明音と行動を共にしていた。

特段息苦しさは感じていないが、それでも男女ということもあってお互いに最低限の気は使っている。

ほんの少し、気疲れしていた部分があったかもしれない。

睡眠時間を削りつつもプラプラ歩いている今は驚くほど気楽だ。


そのまま軽い足取りで目当ての店に向かう。

雑居ビルの外壁に大きくGUNSHOPの文字。

ガラス窓から覗く店内は、壁のショーケースに陳列された木の取っ手と細長い鉄製の筒が数十本。

主にクレー射撃用の散弾銃や狩猟用のライフル銃が飾られている。


銃砲店。

どうしても今のうちに銃器を手に入れておきたかった。


この試練には平然とした顔で魔術師が参加している。

魔術とはいわば、取り出し自由な銃器を持っていることと同じだ。

場所を選ばず必要なのは術式と魔力、そしてそれを扱う技量。

たかだか売られている銃器一つで魔術師に対抗するのは至難だが無いよりはましだ。


このまま順調にいけば明音はいつか魔術が使えるようになるかもしれない。

身体強化を一瞬で習得したし、身体はかつての鍛錬を覚えている。

今のままでもあれだけ過大な魔力量なら身体強化のごり押しでも相当厄介だろう。

普通の一般人の試練者プレイヤーに後れを取ることはまずない。


ただ、本物の魔術師。家系の魔術を脳内に焼き付けた魔術師にはまだ勝てない。

少なくとも、彼女が一人で魔術師と戦えるようになるまでは守れるだけの備えをしておきたい。


銃砲店の店内を確認する。

認識できる範囲を伸ばし、奥に試射できるスペースもあるため意外と広い。


――何かいる?


店舗の座標を固定する直前。

集中していた範囲より外側だったため、はっきりと分からなかったが近くに何かいる。

認識の範囲をさらに広げ、暗闇に潜む何かを感じ取る。


――人の形だけど、中身がない?


裏の雑木林の中に人の形の何かを見つける。

【汚穢ノ世界】で何百と見た泥人形と同じような形。

ただ、中身がスカスカで泥と言うよりは霧に近い。


「‥‥‥‥汚穢ノ世界から出てきた?いや、別物か?」


疑問を口にするが、霧の人形《人擬き》が動き出す。

地面を這う様に移動し、ほとんど坂を滑り落ちるようにこちらに向かってくる。

樹木に身体が当たり一瞬形をなくすがすぐに元に戻る。


「動きは遅いけど、ここまで一分くらい‥‥‥」


秋灯はポケットを探り、短冊のような紙札を取り出す。

十数枚の紙片が折り重なり表面には暗い朱で幾何学的な文様が描かれている。


それを握り、霧の人形《人擬き》がいる方向へ走り出す。

銃砲店の横を通り過ぎ裏手の急な斜面を駆け、手にしていた紙札が僅かに白く発光する。

前方、ちょうど竹林から出てきたところで霧の人形《人擬き》を見つける。


「思ったより黒くないんだな」


泥人形は光を飲み込む様な黒々しさを持っていた。

だが目の前にいるそれは灰色に近く、僅かな月明かりを微かに反射している。


紙札とは逆の手で石を拾い霧の人形《人擬き》に投げつける。

顔と胴体に当たり形をぼやけさせるがすぐに元に戻る。


「液体というより気体に近いのか。なら‥‥」


霧の人形《人擬き》が両腕を上げ、縋りつくように迫る。

本来なら逃げる一択。だが、今は明音がいない。

たかだが一体程度に逃げる必要はない。


秋灯は紙札を握った右腕を霧の人形《人擬き》に差し向ける。


「魔術擬き《instant-bullet》」


小さな呟きと同時に紙札が発光。

そこから半透明な白い弾丸が射出され、霧の人形《人擬き》の鳩尾に当る。

そこだけぽっかり穴が開き、続けて四肢が形を保てず霧散していく。


「魔力をもつ攻撃なら効くんだな」


深く息を吐き、ついで完全にいなくなったことを確認する。


野生の汚穢。おそらく終末の世界に再現されたものではなく、現代にある本来魔術師が対処する人の穢れ。

普通なら山奥や大家の術師が管轄している土地くらいにしか現れないはずだが。


考えていると、今更右腕が震えてきて秋灯は苦笑いを零す。

恐怖ではなく、歓喜の感情。


今までうんともすんとも言わなかった魔術擬きが、ようやく使えるようになった。

まだまだ改良点は多いが自分の魔力量でも現象を引き出せる。

奇跡の縛りが緩んだ今の世界なら、これまで試せなかった仮説が実証できるかもしれない。


自分の密かな、そして長かった努力が実を結んだことに秋灯は静かに喜んだ。

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