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人の灯りが消えた世界で  作者: 糸間 ゆう
第四試練 句陶演説
204/204

⑬大家ノ集い《ナイン・ヘッズ》

球体のドームを支えるように円周にぐるりと配された扇状の階段。

その中層付近で腰を下ろし、青々しい空を眺める。


先ほど会場全体が緑に変わっていき、それを見終わらず出てきた。

一応この辺で九装と落ち合い仲間になるか否か答えを出すよう言われている。


「‥‥‥‥」


彼の演説は合理的で現実味があった。

まさか魔術を世間にばらす用意をしていたなんて想像もしていなかった。

試練なんてなくても、きっと【正しき世界】とやらのために動いたのだろう。


ただ、その先に待っているモノ。

明音のことを抜きにしても、その世界の先に興味を持てない。


「さて、どうやって誤魔化すか」


敵対も協調もしたくない。

これまで通り絶妙な距離感でいたい。

時々利用し利用される都合のいい関係でいたい。

が、きっとそうはならない。


なんとも億劫そうな顔で項垂れていると、後ろから呼ぶ声。


「お前が九装さんが言ってた秋灯って試練者プレイヤーかぁ?」


明らかに剣を含む声で振り返るか悩むが、一応見る。

そこには赤が混ざったツンツン頭と耳にピアス、手には指輪と装飾品で着飾った最近は珍しいオラオラ系の男性が立っていた。


「いえ、人違いです」


察して素知らぬふり。動揺はおくびにも出さない。


「あ?お前の事だろ。眠たそうな目と覇気のねぇーしみったれた顔。こっちは写真で知ってんぞ」

「ありゃ、そうなんですか」


ツンツン頭が不愉快そうに眉を上げる。

勝手に人の写真を撮っていて、あまつさえ他人に見せているなんて、九装の信用度が三下がった。


「なんでお前なんかを九装さんは仲間にしたがるんだ。こんなカスみてぇーな魔力の癖に」

「初対面の人をカス呼ばわりとは民度が知れますね」

「あ?嘗めてんのかぁ?」


さらっと言い返したつもりが、胸倉を掴まれる。

瞬間湯沸かし器みたいな人だなと至近距離で顔を見つめる。


「こんな雑魚にどうしてぇっ」

燈司とうじ!いい加減にしなさい!」


階段の上から更に駆け寄ってくる人影。

淡いグレーのブラウスに黒のタイトスカート。首に巻かれているスカーフと掛けている縁の濃い眼鏡で秘書然とした恰好の女性。その後ろからも人が近づいてくる気配があるが、宙づりにされているからよく見えない。


「煉華様のお客人です。無礼は許しません」

「ちっ、しゃしゃり出てくんなよ腰巾着」

「なんですって山猿が」


燈司と呼ばれた男性が手を離し、女性とメンチを切り合う。 

一瞬で蚊帳の外だが、乱れた襟元を直す。


「どういう状況?」

「‥‥‥‥‥あなたが秋灯?」

「うぉ!びっくりした」


小さく仰け反るが、音もなく隣に少女が立っていた。

目元まで隠れる薄蒼の髪と首元からひざ下まで覆うモコモコのダウンジャケット。

背格好は風穂野と同じくらい。歳も彼女と同じかそれより下だと感じる。


「どうやったらあんなに広い範囲を解凍できるの?ねぇどうやって?教えて?」

「えっと、何のことです?」

「クジョーから出来るって聞いてる。やってるとこも見た。だから教えて」


服の裾を思いっきり掴まれ、せがむように見上げてくる。


「えっと、そもそもあなたは何処の誰で?九装の知り合いみたいですけど」

「私はヒサメ。クジョーは私たちの当主。はい話した。だから教えて?どうやるの?ねえどうやるの?」

「いや、ちょっと‥‥」


何度も服を引っ張られて、意外と力が強くて身体を揺らされる。

このご時世に少女に恫喝されるとは、試練者プレイヤー間の争いは禁止されているはずだが。

規定よもっと仕事しろ。


「こらこら氷雨ひさめ、そんなに訊いてはダメだよ。秋灯が困ってるじゃないか」


聞き馴染のある声が階段の先から響く。

一段一段ゆっくり降りてきて、何が可笑しいのか含み笑いでこちらを見下ろす。


「クジョー。‥‥‥だってぇ」

「仲間になれば尋ねる機会もいくらでもあるさ。今は我慢だよ」

「んゔぅぅぅ‥‥‥‥分かった」


氷雨と呼ばれた少女が離れ、ずっと喧しかった男女の言い合いも止まる。

九装が現れて何やら緊張感が生まれた気がするが、そんな空気を読む気は無い。


「すまないね秋灯。この四人、後ろで黙ってる児樹いつきも含めて彼らは私の仲間だよ。ちょうどいいから紹介しておこうと思ってね」

「お前、もっと早く来いよ」

「されるがままの君は意外と面白かったよ。少女は苦手なのかい?」


九装の後ろ、羽織と袴を着て明後日の方向を向いている男性。なぜか目を瞑っていて腰に木刀を差しているが、一番影が薄い。


「ここにいるってことは試練をクリアしたんだな」

「無論だよ。というか聞いてなかったのかい?」

「途中で出てきた。お前の【願い】と【普遍】は聞けたからな」

「私としては全部聞いてほしかったのだけれど‥‥‥どうだったかい私の演説は?」


九装の背後に四人が並んで控え、それがいつもの事であるように気にせず会話を続けてくる。


「魔力を世間に公表しようとしてたって話。本当なのか?」

「本当だよ。それは私でなければできないし、世界にとっても必要だと感じていたからね」

「魔術師は非術師への秘匿義務があるだろ」

「そんなもの過去の因習さ。世界をより良く【正しき世界】にするためには魔力の公開は必須事項だよ」


泰然と言い放つ。

魔術師にとって、非魔術師への忌避感は拭えないはずなのに。

そのわだかまりを平然と越えていくのか。


「語ったことはごく一部さ。別に試練などなくとも私は世界を変えようとしていた。それを伝えたかっただけさ。‥‥それで、君は私の【願い】に共感してくれたかい?」

「そうだな。確かにお前はすごいやつだよ。俺が考えている以上に大物なんだろ」

「九装家の当主だからね。東関東の魔術師を統べるくらいには偉いさ」

「風穂野さんには分家って言ってなかったか?」

「あそこで明かしたら殊更警戒させてしまうからね。結局吹き飛ばされたけど」


ついこの前を思い出してか、九装の頬が下がる。


「【普遍】のほうは本気か?あれは、」

「限界値を識るということこそ最も合理的だ。そうすればだれも身の丈に合わない地位を望むことも、権威を笠に着ることも、己の才能に絶望することもなくなる。最初に聞くと拒否感はあるかもしれないが、やはり最も世界を良くできる答えだと自負しているよ」


こちらの言い分を察してか、先回りされる。


「うん、私の演説はきちんと伝わっているようだね。それで、私の仲間になる気はあるかい?いい加減色のいい返事を聞きたいんだけど」


普段よりも眼を開いて、視線で串刺しにしてくる。

今日は逃がさないみたいな雰囲気を感じて、ちょっと逃げたくなる。


「えーと、そうだなー。うーん、どうしよっかなー」

「‥‥君、まさかここまで来てはぐらかさないよね」


微かに苛立ちが含んだ声に苦笑いで返す。


「なんでそんなに俺を仲間にしたいのか、ずっと分かんないんだけどさ。俺は本当大したことないんだよ。お前らみたいに【願い】もないし、魔術も使えない。世界に自分の正しさを押し付ける気合もない」


全試練者プレイヤーに対する劣等感と魔術師に向ける憧れ。

子供のころから人でなしと扱われてきたから、世界を変える大願など湧きようがない。


「高く買ってくれてるのは嬉しいけど、俺はお前が考えているようなやつじゃない。それを俺の番で証明するよ」

「それはどういうことだい?」


九装の冷気を放つ笑みに、出来る限り余裕のある態度で返す。


「次は俺の演説を聞いてくれ。それでフェアだろ。その後に今日の続きを話そう」


内心これで誤魔化されてくれと願って言う。

数秒沈黙が続いて、九装の後ろから――主にツンツン赤頭と秘書っ子眼鏡から――殺気が飛んできて、やっぱ本気ダッシュで逃げようかなと思い始めた頃。


「‥‥‥いいだろう。君とは対等でいきたいからね」


長い金髪を掻き上げ、溜息の混ざる長い息。


「でも次で最後だ。私もこれ以上君に時間を与えられる余裕はないよ」


着ていたダークスーツを翻して、九装が階段を降りていく。

控えていた三人も同じように後をついていくが、その場に一人、少女が残る。


「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥」

「えっと、まだなにか?」

「まだ教えてもらってない」

「九装について行かなくていいの?」

「一人で帰れる」



服の裾を掴まれ、一緒に九装を見送る。

が、得体の知れない少女はもう間に合っている。


「九装ー!忘れ物だぞーー」


颯爽と去っていく九装の後を追って少女を届ける。

すごく微妙な顔をしていた。


――――――――――――――――――――

■大家ノ集い《ナイン・ヘッズ》:

九装が集めた大家当主、もしくは次期当主の集団。

みんな神器を持っているが認証されているわけではない。


帯姫京香おびひめきょうか:九装崇拝。ウォーハンマー振り回す系女史。

傘祭燈司かざまつりとうじ:九装を兄貴と慕う。昭和のヤンキー風。

花簪児樹かんざしいつき:侍に憧れるエセ武者。戦い方は忍者に近い。

勾久慈氷雨まがくじひさめ:ガチロリ。時間解凍の拡張が少しできる



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