咳き込む男
残虐表現あり。ご注意を
だが、かけよってみれば、いつも、中でいっしょに《つぶれる》はずの、妻がいない。
首をかしげながら、むこうで咳き込み続ける男に、声をかけようとしたが、男はその場にたおれこみ、咳をとめられないようで、苦しげにひろげた手で、地面をかいている。
あわてて腰の水筒をわたそうと近づいたとき、地をつかむようにもがく男の腕に、ぼつぼつとあらわれた白いものが、ふくれるようにでてくるのを目にした。
「 ―― 茸だと、すぐにさとりました・・・」
男の腕にでたその小さな茸たちは、なんだか、自分の妻がうつむいたような形をしている。
あまりにイヤで、ひとつつかんでとろうとしたら、咳き込む男が悲鳴をあげた。
そこで、つかんだ茸の根元になる部分が、男の腕としっかり『ついて』いるのに気付いた。
「そのまま腕が、みるまに茸におおいつくされて、髪の中や耳からも茸が生えだしました。 ・・・それでも、まだ咳き込んでるその人が、 ―― あまりに苦しそうだったので・・・・」
鉈を首にふりおろしてあげました
という声は静かで、ヒコイチは、耳にはいった言葉の意味がわからなかった。