後編
月曜日。
僕は前日ちゃんと夜に寝て全授業居眠りする事なく受けた。
内容は全く頭に入って来なかったが、板書は全てノートに書き写した。
これで家に帰って復習ができる。
そして寄り道せずにまっすぐに帰宅。
さっそく勉強に取り掛かろうとするも、久々に授業を真剣に受けた疲労で午後8時まで寝てしまった。
腹ごしらえのため、自転車でスーパーへ行き半額の惣菜弁当と助六寿司を食べた。
夕食後、テスト勉強を始めたが、1時間で集中力が切れてしまい、2時間ほどただぼぅ……としてしまい、0時に寝た。
結局、毎日こんな感じで一日一時間しか勉強できなかった。
放課後起き続ける事ができても、ついつい布団に横になり、スマホのSNSや動画を観てしまい時間を空費した。
具体的に頑張る目標ができたのに頑張れない。
僕は白湯子の事が愛おしくて恋の勇気に燃えているというのに、堕落に慣れた身体が言う事を聞かない。
僕には努力の才能がないと今、自覚した。
僕は何も成せない男なのだ。
○
二週間後。
定期テストが終わった。
試験の学年順位は下から30番目くらいだった。
いつも最下位だったので僕にしては健闘した方だった。
白湯子との交際は丁重にお断りされた。
きっぱり断られた方がいっそ清々しい。
そして白湯子がベランダに現れる事も二度となくなった。
僕の中で白湯子は想い人から幻となってしまった。
今は11月。
もう少しで雪が降り始める季節。
僕は今日も一人、ベランダで覚えたての缶チューハイを飲みながらタバコをふかす。
居場所のない僕を慰めてくれる人間はもうどこにもいない。
真の孤独だ。
全てがもうどうでもいい。
僕が毎日苦しんでいるように、周りの皆ももっと苦しめばいい。
しかし僕の思惑とは裏腹に、家族も学校の教師と同級生も皆楽しそうに人生を謳歌している。
全てが憎い。
学校が嫌いだ。
家族が嫌いだ。
教師が嫌いだ。
周りの大人達、社会全体、皆嫌いだ。
そんな不満をタバコの煙と共に肺に溜め込み、冷えた外気に燻らせた。
○
一週間後。
化学の授業中、担当教諭の渡部はこう言った。
「爆弾ってね。結構簡単に作れちゃうんだよな。そこにいる陰気な玖来夢なんかは家でこっそり爆弾作ってそうだよな。アハハハ」
わざわざ名指しで言う事ないだろう。
このパワハラ教師が!
屈辱的だった。
精神的苦痛だった。
いくら僕が日頃の授業態度が悪く、根暗そうだからと言ってこんな暴言は許せない!
しかし気弱な僕は何も言い返す勇気もなく、固唾を飲みながら「はぁ……いえ……そんな事は……」と返す事しかできなかった。
教師の発言に同調しクラスメイト達、とりわけいじめっ子達が「ガハハハ」と嘲笑う。
僕は悔しくて堪らなかった。
絶対に全員許さない。
殺してやる。
殺してやる!
殺してやる!!
○
その日の放課後。
僕は100円ショップでケース付きの果物ナイフを買った。
明日の化学の授業中にこれを振り回して、僕をバカにする奴ら全員を切りつけてやる!
僕の本当の恐ろしさ、うちに秘めた狂気を曝け出してやる。
少年院に入ったって構わない。
僕は爆弾なんて姑息な手段を使う男なんかじゃない。
僕はいつまでもお前達にやられっぱなしの男じゃないんだ。
○
果物ナイフを犯行道具に選んだのは、いくつか理由があった。
一つは持ち運びやすさ。
明日は荷物検査がないから、教室に全長12センチのぱっと見で木の棒を持ち込んでも目立たないしバレにくい。
2つは扱いやすさ。
机の中に隠した状態から指先一つでケースからナイフを取り出せる。
3つは刃渡りが小さいから思い切り振り回せる事。
武器が大き過ぎると、初心者はいざとなったなった時、ひよって思い切り振り回せないらしい。
ヤンキー漫画で学んだ。
家に帰って深夜になってから、布団の上でナイフを振り回す練習をした。
明日……明日だっ!
明日俺は変わる!
○
化学の授業中。
果物ナイフの持ち込みに無事成功した僕は、机の引き出しの中にナイフを忍ばせる。
授業を真剣に受けるふりをして渡部の隙を探す。
渡部は演習問題の板書を始めた。
僕は静かに音を立てずにスッ……と立ち上がり板書に集中している渡部の背後に忍び寄る。
そして右下腹部めがけて思い切りナイフを奥まで真っ直ぐ突き刺し引き離した。
「ぐはぁっ!」
ブシャァアアアッ。
渡部の脇腹から大量の血が吹き出してくる。
「「きゃああああっ!」」
クラスメイト達が悲鳴を上げて教室内は一気に騒然とした。
つかさず僕は普段からいじめている森田の背中を切り裂くようにナイフを振り下ろした。
「うわぁあああっ」
僕は森田の悲鳴を初めて聞いた。
次は森田の隣の席にいた黒崎の顔面を即座に切り付ける。
シュッ。
しかし黒崎に避けられて廊下側へ逃げられた。
逃げていく背中に向けてナイフを振り下ろした。
今度は背中を傷付ける事に成功した。
「ぎゃああああっ」
他のクラスメイト達は廊下へ一斉に逃げていった。
「あははははっあははははっ」
僕はナイフを振り回しながらクラスメイト達を無差別に追いかけ回した。
「ぎゃああああ助けてー!」
「殺されるー!」
フフフ。愉快だ。
これは今まで僕を蔑ろにしてきたお前らへの罰だ!
俺はやられっぱなしじゃない!
「てめぇら全員クソだ! 全員ぶっ殺してやる!うおおおおおっ」
そう叫んだ時だった。
バサッ。
何者かに背後から両上腕をガシッと掴まれて身動きが取れなくなった。
「クソッ離せ! ぶっ殺すぞ!」
「バカな真似はやめろ!」
俺を捕まえたのは隣のクラスで保健の授業をしていた屈強な体育教師だった。
「ナイフをしまえ。警察を呼ぶぞ!」
「呼んでみやがれ! 警察官も全員ぶっ殺してやる! 皆殺しだぁ!」
ビュッ!
バタンッ!
俺は体育教師に足を刈られて背負い投げされた。
ナイフは握りしめたままだが、右手首をガッチリ抑えられている。
「ナイフ持ち込んだくらいで俺を舐めんじゃねぇ!」
ブチ切れた黒崎が部活で使う金属バットで俺の頭を思い切り叩いた。
ゴンッっと鈍い音がした。
「よせ! 上堂はこのまま警察に突き出す」
体育教師が黒崎を咎めた。
しかしもう手遅れだった。
俺は頭の打ちどころが悪かったのか激痛とともに意識が遠のいていく。
結局、俺は負けたのだ。
何もかもに敗北したのだ。
俺はこのまま負け組のまま死ぬんだ。
ああ、さよなら人生。