天界の熾天使
地獄から天界へと移行していく。周囲の空間が地獄王を中心として、塗り替わってゆく。気付けば僕達は天界に立っている。目の前には大きな白亜の宮殿がそびえたっていた。
「空間の侵食行為もここらが限度のようだ」
地獄王は言った。まばゆい光に包まれた、甘い匂いのする雲海。
「正面突破で」
ビッキーは無表情でそう言った。お前僕にここの兵士を皆殺しにさせるつもりか?
「私が前を歩こう。そうならないために、私がいる」
水が流れる花園を突っ切って、幅が100メートルはあるかってぐらいの門の左右に兵士が居た。もちろん、翼がある。兜を被っていて顔は見えない。鎧を着込み、戦闘を想定したいでたちになっている。
「入って構わないか?」
どでかい門の白金の柵の前までやってきた。地獄王は兵士に向かって言った。英語のようだけど、英語じゃない、古の言語だろうか。
「どうぞ」
兵士が答えると、白銀の柵が上に上がっていった。正面玄関前の巨大な庭園が再び現れる。地獄で似たような風景を見たっけ。
「おや」
天使が一人、中央に立っている。
「近づいたら会話イベント始まって攻撃してきてバトルパートっぽい感じですねぇ。マッキー面倒だから両目潰して」
ビッキーはまたしても物騒な事で時短を図ろうとしてる。
「あれ私より強そう。あらやだ。ひょっとして私ってここじゃ戦力にならない?私のレベル低すぎ?」
「馬鹿を言うな。熾天使の一人だ。誰でも名前を知ってるようなヤツだぞ。最高戦力の一人だ」
兜から見える意志の力は、のこのこと歩いて近づく僕達を睨んでいる。
「…」
確かに纏っている魔力は凄まじいものがあるように感じる。が。ただそれだけで、簡単に言ってしまえば、すっごいなぁって感想で終ってしまいそうだ。
「なんかさ。業を成しに天界までやってきたのに、どうだろうか…」
「なにそれ?」
「命懸けの危機意識に欠けてる…。絶対的な暴力の自信があると、どうしたって、落ち着いてしまうよね」
「私は今ね。天使側について、今ここで東雲君を滅ぼそうか考えてるが、ここらの軍勢で闘っても、勝てるヴィジョンがまるで見えないんだ」
「まだそんな事考えてる地獄の王様に呆れますね」
「千年後、一万年後、百万年後、全生命を滅ぼそうとする魔王になり替わる可能性があるからね」
「千年後より、明日の事。明日の事より今日の事でしょ。そもそも、そういう問題を背負う必要は無いんじゃないかな。その時そうなったら、その時そうなった時の時代に任せればいい」
「僕が闇落ちする前提で会話するの止めて貰えるかな…。せめてそういうの本人が居ないところでやってよね」
「…」
熾天使との距離まで、100メートルを切った。
「ところで東雲君。あの天使が攻撃してきたらどうする?反撃するかね?」
殺すかって事だろうけど。
「まぁ…。そうですね」
四肢切断ぐらいなら十分治癒出来そうだし。
「私が少し話してこようか」
「寝返るつもりでしょ」
「積もる話もあるからね」
「どれぐらい?」
「一年とはいわない、精々一日、二日…」
とんでもない事を言われた。こんな場所で話し込んでる間、僕達にここで待ってろって言うのか。
「あ。ちょっと待って。私がやりたいです」
ビッキーは言った。ここゲーセンじゃないんだけど。
「やめておけ」
「今この瞬間を逃すと、未来永劫、天使の最大役職の最大戦力と闘える場面なんて無いでしょう?最悪負けてもマッキーが助けてくれるし」
「助けるけど、なんだかなぁ。あのね。僕達はここに遊びに来てるんじゃないんだよ?勝ちに来てるんだ」
「いいでしょう?究極闘気剥き出しの戦いなんて、今後やんないですし。闘ってるときって、アドレナリンがドバドバ出て、最高にハイになれるんですおぉ」
「…」
気持ちはちょっぴり分かってしまう僕も僕だけど。
「可動速度が人間とはまるで異なる。が。君が死体の壁を霧散させた能力を使えば話は変わってくだろう」
「でしょ?」
何がでしょなのかが分からないけど、闘いは遊びじゃない。
「しかしながら、私達の目的は、終末を回避する一点だ。あの熾天使から情報を引き出せれば、私達の今後に役に立つだろう。ここから先は私一人で行く。これ以上は、熾天使の領域になる。勝手に近づく事は…」
それを聞いたビッキーは走って待ち構えている熾天使に向かっていった。
「あまりにも若すぎる…」
地獄王はぽつりと言った。
「ウソだろ…」
マジでやりやがったと思った。あいつ大空の女王とか言ってたのに、一皮向けば、そこらへんの駅でたむろしてる女子高生みたいだぞ。それとも、アレすらまだ猫被ってたのか。
「…」
ビッキーはカリスマでドレスを出してる。臨戦状態に入った熾天使は手の中でオーラを爆発させ、それが槍のような形状を伴い、勢いのままビッキー目掛けて攻撃した。間違いなく心臓目掛けて貫かれる攻撃力は、ビッキーのカウンター能力で自分自身に跳ね返り、結果として、熾天使は片膝をついた。
「チェックメイト」
すっごい悪い顔をしたビッキーは、目の前の熾天使に、操り人形の棒を突き刺した。
「初見殺しって怖いなぁ…」
「あっ…」