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地獄の次元超越者

久しぶりの睡眠だった。まるで小学校の夏休みの朝起きた時に感じる心のワクワク感でいっぱい。さぁこれから人生を変えるような大冒険が始まるぞ。船出の時刻で、最高の一日が今始まる。そんな気分になった。最高の睡眠で一日のスタートを切れる、最高の瞬間。目覚めた時はそんな気分で、今の状況とは無関係に、心が躍動感のまま躍っている。


「おはよう」


ビッキーは眉をひそめながら不格好な顔、絶対に家族以外に見せちゃいけない女の子の顔のまま紫煙をゆらしていた。タバコは結局気に入ったらしい。


「変な夢見た…」


そして顔をぼりぼりと掻く。


「どんな?」


「覚えてない」


そして煙を吐き出す。


「そろそろ時間か」


ビッキーはそう言うと立ち上がって手をかざすと、大きな和室に不似合いな幅二メートルはあるぐらいの大きな観音開きの門を出現させた。


「外への門。そっちは結構寝てたね」


「そうなんだ。どれぐらい寝てた?」


「15時間以上寝てた」


「え」


そんなに寝たのはハシカにかかった時以来だ。


「少しゆっくりして、覚悟が決まったら行きましょう」


水を出現させてごくごくと喉をうるおす。最高だ。軟水。ボルヴィックみたいなまろやかな飲みやすさ。


「行きましょうか」


少しだけゆっくりしてから、扉を開けた。門の先は正体不明の超デカい生物の骨の上。やっぱりそこには骸骨が椅子に腰かけて座っていた。


「十分休めたようだね」


「おかげさまで」


「現実に戻ってきたくない人だっているような場所ですよ。あそこは」


僕が言うと。


「別に一日の定義は決まってない。24時間程度だろうが、一年だろうが、300年だろうがね。君達の準備には、それだけ必要な分だけ、待つつもりだったよ」


そんな事を言われた。


「全知全能も、人間の心のままでは飽きてしまう。君達人類の搭載している脳、魂では、ね。いずれにせよ。概ね想定通りだ。早速技を伝授しよう」


地獄王がそう言うと、立ち上がった。


「自我と物。物体の周囲にある存在。それを理解すれば簡単な事だ。簡単なジャンプが出来るなら、容易いものになるだろう」


地獄王は手のひらをかざして、高さがマンション八階ぐらいの巨大なドアを形作った。


「空を理解する。感覚的に」


見た事も無いクラゲと魚を足して三で割ったような生物の群れが、地獄を横行していった。


「気体、酸素、二酸化炭素、そういう物質の他に、電磁波、空間には他に何がある?」


「重力」


ビッキーが答えた。


「重力。良いね。ただ、これは少し根本からかけ離れた存在だから除外してもいい。これは結果の現象というだけだ」


「魔力、とか」


「良いね。そう、魔力マナ、マナはエーテルと言い換えても良い」


「光」


「素晴らしい。あと一歩のところまできてる。自分の周囲にはそれらの物質、波がまとわりついている。他にも、想いの力、念なんかもある。それらを一つ、一つ、取り除いていく作業だ。一つずつ、自分の周囲から消していく。一つ、二つ、三つとね」


地獄の王がオーラを出した。その輝きは、紛う事無い、純白の光そのもの。


「最後に薄い膜を感じるはずだ。その先の世界がやがて視えてくる。分かってくる、空間超越と同様に」


巨大なドアには、幾つもの文字で埋め尽くされていた。空間を形成する夥しい量の物質、波の名前。


「そして、それを突破する。私の場合はドアになる」


ドアが突然開かれた。上空から見たナスカの地上絵が見える。


「私は制限で次元の移動はできない。地獄に縛られている契約だ。だが、君ならできるだろう。やってごらん。見よう見真似でやってみて」


小さいドアを想像する。空間が歪な形に変わって、かろうじて空間の先端がドアノブ状に捻じれた。僕はそのドアノブをぎゅっと握る。


「…重い」


「その通り。次元と次元の壁を突破するのだ。誰もが出来る芸当ではない。膂力が必要なのだよ」


力いっぱいにドアノブを回すと、念じていた僕の部屋につながった。


「うっそ…」


閉め切った夏の部屋特有の匂いが飛び出てくる。油蝉の大合唱、夏の空気が鼻に吸い込まれてく。大好きな夏と、太陽の光、あの夏の日々を過ごした僕の部屋から。


「私は無理そう」


ビッキーの舌打ちが聞こえてきた。


「もう少しレベル上げが必要みたいだね」


冗談とも呑気とも取れる言葉が聞こえてきた。けど、僕の目の前には僕の部屋が見える。


「出来たようだね。その感覚を大切にすればいい。きっと何時だって、帰ってこれるようになる」


ドアを閉める。すると、元通りの地獄。そうすると、不安になってきた。さっきまであった、間違いなく僕の普通の一般の日常が流れていたのだ。閉めるとそこは、もう、二度と手が届かないみたいで。もう一度ドアノブをイメージしてから、掴んだ。


「やっぱり僕の部屋だ」


日常が流れるべき、僕の人生の大半を過ごした部屋が見える。涙が出てくる。


「強烈なイメージは、生きている限り、君自身が君自身であることを辞めない限り、それは君の証明そのもの。慣れてくると、別の風景も行けるようになる。が。あまり多くを体験すると混乱してしまうからね。それでもう十分だろう」


「はい」


もう二度と戻ってこれないかもしれないと思ってた部屋が、いつでも帰ってこれる部屋になったのが、嬉しかった。心が喜ぶ。僕の人生のスタート地点。僕の生涯始まりの場所。


「ねぇ」


ビッキーが言った。


「何?」


「…なんでもない」


「なんだよ」


「ちょっとからかおうと思ったけど、泣きっ面に蜂もあんまりだなって思っただけ」


泣いてた。懐かしくて、あの、自分の匂いが。もう戻れるか分からないあの場所が出てきて。僕が数多くのゲームとかマンガとかアニメ観て泣いた場所。だから、マジで泣いてた。


「目的は、あと少しだ。必要なら地上へ戻ってやり残したことが無いか確認してもいい。間違いなく君は難なく目的を果たす。しかしながら、君にも心残りがあるかもしれない。まだ時間はある」


地獄王がそう言ってくれた。


「つまり、ラスボス前の最終セーブポイントみたいなものですねぇ。どうします?そこでしか発生しないイベントが目白押しですよぉ?」


「僕はここに、ゲームしに来たんじゃない」


もう、十分。心は決まってる。


「天界へ行きましょう。黙示録を止める」

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