地獄の音楽家
ビッキーの操作しているパソコンの中身は地獄に存在するすべての魂を経由した出力を生み出す装置となってる。だから、過去の人物の史実がウィキペディアのように描かれていたり、本人が書き記していたりする。誰が地獄に落ちる結果になったのかは正直どうでもいいし、あまり僕らとの目的には関係が無い。ただ少し気になった事があった。
「音楽ファイルとかあるんだ」
音楽は好きだ。孤独を癒す最良の薬。人類の文化の極致。親がバンドマンで世界を飛び回ってるっていうのもあるけど、今では自分から進んで聞いてる。最近はジャズばかりだけど。
「気になる?」
「ちょっとだけ」
「じゃあちょっとだけ」
音楽ファイルの一番上、至高の音楽。おススメ度最優先。なかなか気骨のあるそのまんまのタイトル。ジョンコルトレーンのアルバムに直接対決を申し込んでいるのかな。
「どれ…」
ちょっと音楽ファイルを開いただけで、つれていかれた。あるべきはずだと思った音楽のその先の世界へ。リズムとリズムが僕の脳髄に刻み込まれる。人間の到達点の一つ。心が洗われるようだ。生きていて良かったと喜ぶ。
「…あ」
ビッキーが止めた。
「マッキー。今心を奪われたでしょう」
「そうだね…」
「それ、弱点だから」
ぐさりと来る。
「ハーモニーの重なりで魂が震えるのは分かるけど、マッキーの場合、感動しすぎ。忘我状態だと、本当に簡単にやられちゃいますからね」
「う、うん」
そうかもしれない。ただ、凄く良かった。まだ鳥肌が立っていた。
「きっとこの音楽は、名高い音楽家が作り上げた作品なのでしょう。ずっとただそれだけを、ひたすらに。悪魔なのか地獄に落ちたモノなのかは分からない。でも、ひょっとしたら、このパソコンの中には、ショパンやモールァルト、ベートーベン。誰でも知ってる音楽家の作り上げた作品が詰まってるのかもしれない」
喉元が鳴る。週刊少年ジャンプが土曜日に売られてる小さい駄菓子屋を見つけたような禁忌の予感に震える。
「でも、これはここで留めておくべきなんです。私達は生者のまま、そこに到達しなければならない。マッキーがこれを望むなら、きっとここは天国で、地獄に縛り続ける結果になると思うんです。あとちょっと、もうちょっとの永遠の終わらない快楽を、ずっと貪り続ける存在となるんですよ」
そして怖い感覚に襲われた。ビッキーの言う事はいちいちもっともで、そうかもしれないと思う気持ちやそうだと思うという気持ちが強くなる。否定は出来ない。
「麻薬は一度軽い気持ちでやってしまうと、人生が終わってしまう結果になってしまう。マッキーの、今の目的と、この音楽は、関係はありませんよね?」
「そうだね、ないね…」
「全てが終わってから、その時にまた改めてここに来ればいい。まぁそう心配せずとも、いずれはここにお世話になるんですから」
「怖いなぁ」
地獄の芸術家達は、今も尚、作品と向き合っているのだと考えるとちょっと怖くなってくる。
「ビッキーは何調べてるの?」
「私はヴィクトリア家についていろいろと。記憶と史実の照合作業ってとこですね。概ね合致してます」
「へぇ」
布団にゴロンと横になる。
「アイアンフォートレス」
僕達の周囲に黒鉄で出来た壁が張り巡らされた。
「頭使ったら眠くなってきちゃった。これは私の侵食領域。鉄壁は折り紙付きですし、万一ムゲンクラスのマジキチが出てきてもすぐに起きれば対処は可能でしょう。その時はマッキーが」
そう言うと自分はベッドを出して勝手にもぐっていった。一分もしない内にいびきが聞こえ始める。
「そういう特技欲しいなぁ…」
普通寝ようと思っても眠れないよね。修学旅行で最後まで起きてるタイプだっていうのに。別に起きてろとは言わないけど、こうまで清々しく寝入ったら、なんか器の違いを見せつけられてるようだ。
「…」
目をつむる。やがて歯ぎしりも聞こえてきたけど、もう慣れてる。