第九話 乱雑した女子パーティ
昨日の今日でまだ苦い思い出が残ってる。最悪の連続がまだ続いてるのだ。ついさっき小林さんに殺されそうになってから24時間も経ってないんだぞ。それがどうしてのこのこと、僕のリビングでくつろいでるんだ。しかも友達二人と妹連れて。パーティピーポーなのかな?
「実はさ。さえちゃんが」
さえちゃんというのは中学三年生の妹。小林冴子。僕が小林さんのお小遣い稼ぎのダシに使われた中坊だ。実はこの中坊、僕より背が1センチ高い。公式な記録だと僕の身長は170センチになってるけど、本当は169センチしかない。この中坊は170センチである。ちなみに胸はAサイズだったと聞いた。僕が内心、中坊と呼んでるのは、この女性特有の特徴が無いためであるからかもしれない。女性っぽさが少ないので、割と普通に接する事ができる。
「東雲君の家にお昼に伺ってたらさ。なんか三人組の女の人がやってきて、上がって待ってなよって優しく言われたらしいんだよね」
サークルの仲間かもしれない。余計な事をしたんじゃあないか?
「一人は真夏なのに長袖してて、優しそうな人は真昼間にビール片手で、もう一人はスーツ姿だって」
後藤さんと佐々木さんと永井さんか。全員独り暮らしが多分な僕を心配してちょくちょく顔を出しにきてくれる。っていうか、実は学校行ってる間の一軒家で盛り上がりたいだけなんじゃないかって気もするけど。あの人達が本格的に出てきたらバトルパート入ったって思った方がいいな。割とマジで。
「それじゃバンドのメンバーを紹介するぜ」
ちらりとテーブルを見た。チューハイの缶がいくつも転がってる。しかもアルコール度数が高めのやつ。他人の家にあがって、それか。いい神経してんな、君達。
「清楚そーなのが松里ちゃん。パソコン部所属でマスべジャンキー。編集担当。軽そうなのが清水。いろいろヤってそうだけど実際ヤってたらしいけど、さっき確認したら大丈夫だった子。雑用担当」
随分やべーバンド紹介だ。演奏するのはクリームとかジミーヘンドリックスかな?
「お金必要で…宜しくお願いします」
「あ。どうも。東雲末樹です」
「こっちもー。タンバリンとかわいわい系。っらしくぅ!」
「…よろしくぅう!」
渋谷系か。ちなみに都内の人間は新宿系、渋谷系、原宿系に分かれる。人間的なのは新宿系。飛んでるのは渋谷系。お洒落に人生懸けてるマジキチは原宿系。この原宿系だけは関わると人生壊れるってサークルメンバーの共通認識。僕も若干ハイになってるらしく、僕らしくなく相手に合わせた返しをやっちゃってるし。
「あ。チャンネル登録は連絡して手順踏んだら復帰してくれたから。このメンバーに加えて橘先生を顧問に据えて部活内容にするつもり。全体の3割が東雲君の取り分という部活動プール金引いて、私が二割。残り五割をそれから部活動メンバーで均等に割ってく感じにするから」
「…僕入らないからね?」
「こういうのって一発屋芸人と一緒で稼げるうちに稼がなきゃいけないんだよ。今が旬。今しかないってこと。東雲君は俳優みたいな感じで、撮影は十分以内でやっちゃうからさ。毎日投稿」
「絶対十分で終わらないよね。まぁいいけどさ。わかった」
「東雲君!」
「な、なんですか。えっと。松里さん」
「お金の魔力にとりつかれたわけじゃないのですが!」
「はい」
「ずっと前から好きでした!」
「えええ!?!??」
「本当はお金の魔力にとりつかれてるんです…」
「っていうか出来上がってるだけだよね」
リビングの薬棚からアルコール用の薬を持ってテーブルに置いた。
「ちゃんと分量用量を守ってね」
「あ。今日泊っていっていい?」
なんかサークルのノリみたいになっちゃってるな。さすがにこの人数なら逆に安心か。
「いいけど…。一つだけ条件があるんだ」
「なに?5P?」
「6Pチーズかな?浴室もトイレも使ってもらってかまわないけど。出て行く時、浴室とトイレもちゃんと掃除すること。これが条件。破ったら多分、小林さんの考えてる最悪の二倍の災厄が訪れるからね」
「女子にそんなことやらせんの!?」
「聖域なんだよ。二つとも」
本来、部外者を家にあがらせること自体、ありえない話なんだけど。
「これがのめないなら、この家の敷居は跨げない」
「あ。私やりますから」
中坊が言ってくれる。…こーゆーのってちょっと性格分かっちゃうな。中坊のくせに、できてるなぁ。姉と違って。
「先輩方はお気になさらず」
「悪ぃーねー小林妹~~~デカいのは心もだな~~」
「じゃあ二人でぴかぴかにしましょうか」
松里さんが再びやべーヤツのプルトップを開けながら言う。誰か止めろよ。
「それならいいから。入浴剤とか。まぁ冷蔵庫の中身とかお菓子もそっちの棚に入ってるヤツあるから。自由に使ってどうぞ」
「神対応かよ。東雲君。すげーな…」
「余裕無さ過ぎてもう逆に、真正面から受け止めて対応してるだけです…」
「惚れた!仕方がない。初エッチはお前にやろう」
「いらないから!あのね!僕はその手のはダメなの!特にこういう女子グループとはね。そういう事だから。あ。二階には上がらないでね」
「あー。大丈夫大丈夫ー。三人組も二階にだけは上がるなって言ってたらしいから」
「ええ。それを言われてちゃんと守ってるので大丈夫ですよ」
小林妹。中坊。中坊のくせに。信頼度が一定数を超えたぞ。姉と違って。
「ならいいよ。それじゃ。僕浴室使うから」
「仕方ないナー。仕方ない。じゃあ私が流しましょう。男子の背中。背中。男子!男子!!男子の!!!背中!」
「へんな薬っぽいの飲んでないよね?飛行機用のザナックス使ってないよね?」
「大丈夫だって。ザナックス?」
「いや。いいんならいいんだ」
親が僕に内緒でコカインとかクラックとかメタンフェタミンとか置いてる可能性もあるんだよな。コーンから奪い取ったギターには大量に大麻が入ってたって言うし。プライベートジェットじゃなければ終身刑もんだったらしいし。女子高生と中坊がリビングでパーティって、なんか怖いなぁ。
「最悪。ちゃんと救急車は呼んでね」
「どんな最悪だよ!東雲くーん受けるんだー!」
「大丈夫大丈夫」
「それじゃ。あとはお楽しみに」
リビングから出て行って浴室に行き、浴槽にお湯を溜める。
「はぁ…」
いっぱいいっぱいだよ。
「きっついなぁ…」
ゆずを贅沢に大量に振りかける。今日ぐらいこれぐらい許されるだろう。
「東雲君」
ノックされた。小林さんである。
「…」
開けたくねー!!!
「なに?」
「ちょっと話があるから」
「後でいい?」
「込み入った話だから。その。色々と」
「すぐ終わる?」
「お湯が溜まる前に終わらせるから」
信用度がゼロどころかマイナスに突入した小林さんだ。しかしながら。話したい事があるらしいので、聞いてあげなきゃいけないだろう。この家の主は現状僕だし。
「なに?」
ドアを開けてから言う。ちゃんと距離を作る。こういう密室で距離を詰められたらヤバイ。恋愛趣味レーションにおけるゾーンの一つ。ラッキースケベも恋愛交渉も相談もどすけべシーンも。浴室で起こるのだ。距離を取らないなんてありえない。この距離を潰されないように身構える。
「あのさ。ちょっと。謝りたくて」
「そうなんだ。言っておくけど、謝罪は受け入れるよ。受け入れるだけだから。それに、ビジネスがしたいならすればいいよ。ちょっとぐらいなら協力するスタンスは変わらない。昨日みたいなひどい事があったとしてもね」
「うん。えっとさ。あれから少し考えたんだ。だから。一応、手の内は伝え置かないとなって」
「どういうこと?」
「あのさ。私が自分のオーラを他人に包めたらどうなるのかって勢いで言ってたよね」
「ああ」
すげー勢いで言ってましたね。
「スーパーの浴槽に入ってる魚で実験した」
「ええ?」
スゴイことやるなこの人。
「そしたら、自分が動かしたい方向へ向かうように、操れた」
「へ。へぇ~~」
「これが窒息するとか死因に直結するものじゃないから、次は野良猫で試しても、同じような結果が得られた」
「ふーん………」
あの場で捕まってたら、マジで終わってたわけか。やべーよ。一撃必殺。
「人間にも試したいけど、まだなんだけどね。多分、完全催眠みたいな感じで操れると思う。多分だけどね」
「うッ」
「まだテストはしてないから。それと。東雲君。ごめんなさい。こういう時って、土下座すればいいのかな?」
そう言うと小林さんが足を床についた。
「ちょ!ちょっと!やめてよ!いーって!」
小林さんの腕をつかんで引き上げる。
「言っとくけど、今の状況、東雲君。分かってる?」
声のトーンを落とされて、思わず後ずさりをした。
「東雲君は優しいし馬鹿なんだよ。だから、誰かが支えてあげないと。きっと、東雲君はすっごい事になっちゃう気がする。多分、私が思う以上に。頭を冷やして、さえちゃんとあれからよく話し合ったんだ」
「そうなんだ」
「松里と清水は、ちょっと私のわがまま。このままじゃ堕ちてきそうな子だからさ。悪い子だったから、ちょっとは良い子にならないと。あは!そーゆーことだから!そろそろお湯が張りそうだよね。何か必要だったら、電話かけてくれるとすぐ行くから。話も…聞くし。それじゃ」
「ありがと」
ドアを開けると、松里さん清水さんに中坊が倒れ込んできた。
「忍者かよッ!全然気付かなかったよ!」
「そう?私は気付いてたけど…」
「なんだよ!密室でこそこそ!やれよ!いくとこまでやれよ!いっちまえよ!ただれたかんけー!」
「やんねーよ!アメリカドラマじゃないんだから!」
「冴子ちゃんまで聞き耳立ててたのショックだな…」
信頼度マイナス一点だよ。
「いえ。姉の行動次第ではドアを突き破るつもりでしたよ。火災時の緊急用の斧もありますし」
信頼度プラス五点だよ!
「シャイニングみたいに?」
「いや。頭に当たったら危ないので、下の方から。最悪足を切るぐらいで」
「信用してほしいなぁ…」
「お姉ちゃん信用するのにはちょっとかかるなぁ」
「東雲くーん。えーぶいある?なんでもいーよ」
「無いよ!それやったらマジで怒るからね!」
それから四人を浴室から追い出すと、ようやく一人きりの時間になれた。ゆずたっぷりの香りが気持ちよく、窓も全開。丁度良い風が蝉の音とともにはいってくる。
「なんだよ…」
ちょっとぐらいは、自分でも悪くないかもって思ってる自分もいる。そんな事を自分自身が認めてるところが驚いた。多少、ちょっとぐらいは、心が強くなってる気がする。
「もう夏か」
浴室から出た後は一旦ログインしてミルフィーに半ば一方的にもう限界だからと伝えて宿に戻って部屋でログアウト。そのまま今夜は部屋で眠る。夢で月を見た。その月は大きく、町並みがあった。月の裏側ってこんなになってるのか。なんてバカなことを思う。
「もう昼じゃん…」
ぐっすり熟睡してしまった。
「やば!」
おそるおそる一階へ行ってみると、案の定、四人とも雑魚寝してるし。
「…」
生々しい感じがした。一瞬ちらっと見るだけに留めておいた。女性への幻想は死ぬまで持ち続けたい。