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第八十二話 地獄のアーティスト

ジャンプについて簡単な講義をグレイ型の地獄の男爵から受けた。僕と世界の境界線である薄い皮膚。その先には空間があって、無数の物質が存在してる。手のひらを突き出すと、そこあるのは空間。目線の先にある噴水と空間があってから、僕が立っている。


「空間をぶち抜くイメージ。達人になるとすり抜けたりできるようになるんだ。強者の意志に、場所は無関係になってくる。普通ドラゴンレベルなら、出来て当然なんだけど、君の場合いろいろとかなりすっとばしてその強さに到達してるよね」


宇宙人型のグレイみたいなアバターが言う。友達みたいな口調で宇宙人の顔で喋るんだから奇妙この上ない。でももう、慣れた。


「わかった」


空間と空間をぶち抜いて、手のひらが噴水の淵に触れた。


「簡単でしょ?」


「…」


自転車に乗る感覚に似てるかもしれない。ありえないとか、傍目から見ると無理そうとか思ってても、やってみるようになってからはどうってことはない事。ただ、自転車に乗ってる写真を見て、どうして乗ってるんだろうとか、ありえないとか、思ってるのと同じだった。自転車が走ってる静止画を見て、こんな細い車輪によく乗れてるなと感心する人は居ない。自転車が走る事と、空間をぶち抜く事が同じように考えられるのは、おかしい理屈かもしれないけど。


「…空間を破るんじゃなくって、捻じ曲げる事も出来るんだ」


「更に先になると、次元と次元の間も移動できるようになるらしいよ」


「本当に、意志に対して場所が問題にならなくなるね…」


結構怖い事のような気もする。


「ちゃんと学べば、一瞬で移動して、さくっと終わらせて、また戻る。君は1分かけてできる事を、一週間使ってやろうとしてるんじゃないかな」


なんて事も言われる。そりゃ、そうなったら、もはや全知全能。どこでも好きな場所に行けるなんて、本当に超越してる。


「空間に負荷をかけすぎると、空間に裂け目が出来て、修復不可能な問題に発展しちゃう事もあるけどね」


「とんでもない問題がやっぱりあるじゃないですか!」


「でも、やたらめったらに出鱈目に力を行使したりしないタイプだから問題無いよ。勇者様っていうのは、やっぱりその辺のバランス感覚も必要だからね。じゃないと次のラスボスになっちゃうし」


身に覚えがあるので、笑ってごまかす。


「逃げる手段でこれほど効率が良い逃げ方も無いんだ」


「ありがとうございます」


一応視線の中なら空間をぶち抜くというよりも、空間を切ってその隙間に入って移動できるようにはなった。


「ほっほっと」


空間と空間の間を裂いて、体をねじって移動する。


「ほいっと」


「感覚を掴めば、視線の先だけじゃなくって、なんとなくの場所でも移動できるようになる。あんまり気合を込めずに空間だけ。ドラゴン変化モードで力強くやったら、次元と次元の間に裂け目が出来てしまうかも。次元と次元の裂け目は宇宙みたいなところに出るらしいよ。本に書いてあったけど、一度別次元に出てしまえば、元の次元に戻るのは大変なんだって。そういう時こそ、Realのサーバー移動機能を使えば簡単に帰ってこれるみたいだけど。漂流者の冒険家は、そうやって帰還できたんだって」


「へぇ。ちょっと怖い話ですね…」


「大空の下で生きてると、大気があって実感が薄れるかもしれないけど、地球は宇宙に隣接してるからね。そういう意味じゃ、慣れてくるのかもね」


すっごいスケールの大きい話だ。


「夜の田舎の満天の星空に吸い込まれそうな怖さって意味ですか?」


「そういう感覚。重力があるから、なんとかなってるけど、力が強いとどうしても、物理法則を軽く見ちゃうからね。なんでもかんでも自分本位で自己中心的な考えになっちゃうと、狂気に囚われてしまうかも」


「こわっ」


あらゆる事が自分本位で、自分とその他で二分してしまうと、なんかそれってすっごい恐ろしいように感じてしまう。むしろ、その恐怖こそが狂気なのか。脳みその中の事を考えたりするようで、ドグラマグラみたいになってちょっと怖い感じになる。


「冗談だよ」


「冗談になってないんですけど」


グレイ型の地獄の住人に案内されて、城の本丸を突っ切って中庭に出た。中庭は墓地のように、オベリスクというか、モノリスというか、石の棒が乱雑に突き刺さっていた。ちゃんと整ってるのではなく、斜めに突き刺さってたりしてる。


「うっわ」


「落下する魂を見て模写出来なかった失敗作。人間の生き様に触れて追体験するのが趣味なんだ。ゲームみたいで面白いんだよ」


「へぇ…そうなんですか」


よくわからない。


「落下する魂、ですか」


「表現の一つだよ。死んで魂が浮かび上がる時、それが人間としての力が大きければ大きいほど光り輝く。光り輝くっていうのは比喩。目立つんだ。空が流れ星のように煌めく。その一瞬を模写するんだよ」


「見るだけで、その人の人生が一瞬で分かるんですか?」


「想いを馳せる事が出来るんだ。美術館に行ったら、絵画を見て美しいって思うだろ?絵画を一つ描くのは何年か何時間か、滅茶苦茶手間暇かかるけど、見て楽しむのは一瞬だ。それと似たようなものだね」


「そうなんですか…」


「絵画を見るのも、筆のタッチ、どういう絵の具を使ったのか、利き腕はどっちか、いつ描いたのか、抽象画か具象画か、男だろうか女だろうか、どんな気持ちで描いたのか?絵画じゃなくっていいよ。ゲームでも、マンガでも、なんでも。それに触れると、なんだかその人のひととなりが分かってくるような気持ちになれるんだ」


「うーん」


僕は唸った。


「納得出来てないようだね」


「僕の両親は音楽家でバンドマンやってるんですけど、それは危険ですね」


「へぇ。どういう意味?」


「素晴らしい音楽を作る人間が素晴らしい人間とは限られない」


「そうなの?」


「絶対そうです。クズに限って滅茶苦茶良い曲書いたりするんですよ」


「…へぇ。そうなんだ。それは知らなかったな。そういうこともあるんだ」


グレイは感心したように頷いた。


「いいですか。音楽作ってるヤツなんてまともヤツは居ないんです。全員借金があって堕落した最低な人間だと思ってれば間違いないです」


「君両親音楽家とか言ってなかったっけ?」


「思ってる分には。ですよ。それで実際良い人ならラッキーだってことです」


「そういうものなんだ?」


「音楽に限った話をさせてもらいましたけど、この説は折り紙付きです」


「ドビュッシーの月の光なんて最高だと思うけど」


「サイコ野郎ですよ。多分この辺にいるんじゃないですかね」


「君結構スゴイ事言うな。これ以上例を挙げると音楽鑑賞に支障が出そうなんでもう言わないけど、そういうものなんだろうか」


「音楽に限っては。そう思っておいた方が無難ですよ。特にロックバンドとかは、もう、人格だとか倫理だとかを期待しちゃダメです」


「そ、そうなんだ」


「残念ながらそうなんですよ。僕の両親なんてヤク中ですよ」


「そ、そうなんだ。それ以上自分の両親を悪く言うべきじゃないかな」


「だから見ただけじゃ分からないんですよ。人間って。どれだけ邪悪で醜悪だとしても、上手に包み隠すように見えないですから」


「君の話を聞いてると、人間って実はとんでもないヤツなんじゃないかって聞こえてくるよ」


そりゃ、殺されそうになったり、好きになられて恐喝されたり、好きになられて世界を道連れにされそうになったり、勝手に地獄に落とされたりで、いろいろ大変なんだ。でも。


「でも、そういうのを含めて人間なんですよね。きっと、あなたは、人間の素晴らしい面ばかりを見過ぎてますから。一応、伝えておきます」


あの素晴らしい庭園は、本当に見事なものだった。きっと人間の良さに想いを馳せていたのだろう。


「人間の事は、本でしか知らないからね。そう言われると、ちょっとぞっとするね」


「でも、大切な人がそんな人間の中にいるんですよ。自分の一生と死を捧げるに値する人間が、絶対に存在してる。自分の一生は、自分の全て、自分の死よりも尊いと考える事が出来る存在。だから人間って、良いんですよ」


「まさか」


そう言うとグレイ型の地獄の住人は鼻で笑った。


「それはありえないね」


「…そうかもしれない。でも、そう考えると、頑張って生きようって気になってくるんです。少なくとも僕は、そう考えないとやってられないですから」


「君だけじゃないのかな?」


「案外全員思ってるかもですよ。人間全部」


「まさか。自分の一生と死と並ぶものなんて、存在できるはずがない」


「あったら最高じゃないですか」


「うーん。寿命は無い完璧な生命と、有限の命を持つ動物の群体との違いだなぁ…」


そう言うとグレイ型住人は、成人ぐらいの大きさのオベリスクに手をかざすと、そのオベリスクは性器だらけの肉の塊へと変貌を遂げた。


「なるほどなぁ…」


グレイ型住人は再び手をかざす。そうすると白いグロテスクな性器だらけの怪物は魔力となってグレイ型住人の手のひらに吸い込まれていった。


「人間って大変なんだね…」


そう言われた。本当に、ぽつりと。


「人間って大変なんですよ…」


そう言った。でも君は知らないだろう。人間って君が思ってる倍ぐらいは大変なんだから。


「さて。冗談は終わりだ。この中庭にゲートを創るよ」


全然冗談じゃないんですけど。本気マジなんですけど。


「ありがとうございます…」


この人どこから冗談だと思ってたんだろ。

「うん」


目も覚めて完全に立ち直ったビッキーは車の外に出て、マネキンだらけの庭園を凝視した。


「すごいですねぇ。遊園地みたいですよぉ」


ぱあっと目を輝かせたビッキーは言った。


「地獄の………ディズ」

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