第七十九話 地獄の冒険者
箒に乗った魔女から話を聞く限り、土の研究をするために様々な場所でサンプルを取って研究しているらしい。
「土って何だと思う?」
そんな問いかけに漠然として適当な答えを出してると。
「土ってね。生物の生きた証なんだよ。生命が居なければ、土はない。この場所は人工的に出来た世界で誰かの作った模造世界なんだけど、ここより下では、珍しい土が採取できるんだ」
「職業ですか?」
「生きがいだね。発見すると、深く落ち着くんだ。誰もしらない物語を、発掘する。誰かが何かがそこに居たんだって証明をしてあげる。すっごい出来事が昔あったとしても、誰も知れなかったら悲しいことだよ」
「学会か何かあるんですか?」
「うーん。Realでいうところのレベル100を超えた辺りで、その生命は自律する。例えば、君の持つ肉体、運命、魂、寿命、遺伝子、あらゆるものは、持って生まれた辺りで、本人が変えられる事は無い。多くの場合はね。例外はあると考えてもね」
「え。あ。はい」
学会繋がりから凄く壮大な答えが返ってきたな。そういえば僕は、肉体、運命、魂、寿命、遺伝子の持つあらゆる人間的な強さと弱さをぶっちぎってる。肉体は多分酸素を介さず魔力だけで機能出来てるし、運命はもう壊れてるし、魂は僕本来の人間のモノとヴァミリオンドラゴンとの魂が融けあってる感じがする。寿命は多分、不老不死だと思う。曖昧だけど、肉体すら操作できる。人間の寿命のリミッターが既に外れてる。だから、遺伝子の持つ特性、強さとか弱さとかも…。いや。ここばっかりはそうじゃないかも。性格は全然変わってないし、意志もそのまま僕として自我が存在してる。ビッキーを殺そうとした事だって、別にこんなんになってなくっても、例えば僕が自衛隊に入って誰かを守るためなら誰かを殺す覚悟はしてたと思う。それが大人になるということだと思う。僕はそういう意味では、何も変わってないともいえる。ただ、殺人をするという行為を行った事によってそれがまるで童貞を失ったような感覚になって感傷的になってるだけなのだ。結局のところ、ヴァミリオンドラゴンを当てた時も、そうでなかった頃からずっと、何も変わってないって思う。強さって、そういうところで言うのだとしたら、最強を自負出来る。自分に負けない限り、誰にも負けた事にならないのなら、僕にだって自信を持って生きる事が出来るはずだ。
「レベル100を超えると、魂が肉体と合致して目覚めるんだ」
「目覚める」
そういえば、パチンコで負けた佐藤さんなんか、出玉無しの確変大当たりを連続で何回も引いたとき覚醒すんなよって泣きながらトマトジュースに密造酒入れてたっけ。アニメもマンガも、覚醒を一番の上のところにもっていきすぎなんだよ。そもそも、覚醒できるなら、初めから覚醒しとけよって話になっちゃうわけだし。
「目覚めてない人が多いんですか…」
「そういうわけじゃないよ。デザインされたものは、デザインされた通りに動くという話。分かり易い例を出すなら、そうだね。機械が自我を持つきっかけがレベル100。そんな感じだと捉えていいよ」
「人間は機械じゃないですよ…」
鋭いツッコミを入れた。ちょっとおもしろいかもって自分で思っちゃったりなんちゃったり。
「そう?」
「そうですよ!」
「大差無いと思うけどなぁ」
悪役が言うようなセリフ言っちゃうんだ。
「例えば、君は多細胞生物だ。間違いないだろ?」
「そうですね」
「でも自我は一つだと考えてるわけだ」
「まぁ。そうですね」
「無機物と有機物、細胞とコード、デザインされた人工知能と脳。生命の定義は結構あやふやになってくんだよ。さっきも言った通り、機械だって自我を持つ事があるんだ。レベル100未満の次元に存在してるならありえないと思うかもしれないけど、自我を持つ機械が歩き回る事だって珍しくないんだよ。レベル100を超えた世界ではね」
「ちょっと怖いです。そういう映画があるんですよね。機械が人間を支配しちゃうような世紀末のヤツが」
「それもまた一つの可能性だね。人間が試練をどう対応するのか。可能性に殺される事もあるだろうけど、それよりもずっと希望しか見えないものだから。話を戻すと、レベル100を超えたところで、魂は解放される。肉体も変質を遂げる事だってあるね。レベル100を超えると、肉体、運命、魂、寿命、遺伝子、全てが自分で好きなように設定できる。寿命に関しては、不老不死関連の食べ物を食べれば別に誰だって不老不死になれるんだからそう特別なことじゃないと考えても、運命を自分で選ぶ事ができる。簡単に言うと、どう生きるか自由に決めれるんだ」
「スゴイ話ですね。運命、病気とかもかからなくって、不老不死で、自由に。ですか」
「そう。ただそこで、最悪の出来事が訪れるんだ。絶望だよ」
「すっごい事の後は絶望なんですか!?」
「そうなんだよ。孤独は人を変える。100年生きたら、誰だって孤独を強く感じるものなんだ。君はまだ若いから分からないと思うけど、破滅衝動や自滅、自殺、人間の持つ内側から魂を腐らせてく事を選ぶのもまた、人間の業なんだ。そこでだ!」
「そこで!?」
突然希望に溢れた声があがった。
「そういうレベル100を超えた人間の集まりがあるんだ。ギルドって言い方が分かり易いかな。人の集団だね。Realにもあるし、分かり易いかな」
「ギルドですか、なるほど。人間関係に疲れるヤツですね」
「よ、よく知ってるじゃないか…。まぁ。一例だけどね。孤独とは無縁だ。孤独はなによりも厄介な病だからね。僕達はそれを病気だと認定してる。そう知らずに生きていくと、恐ろしい運命に導かれるんだ」
「幸福が現実となるのは、それを誰かと分かち合った時だ。本にそう書かれてました」
「真理だと思う。最初の問いかけに戻るけど、学会というよりも、ギルドだね。複数所属してる。中でも最近入ったヒリヤってところが面白いね」
…え?
「見た事も聞いた事も無いようなヤツがおもしろいことをやらかしてくれるのを見たり聞いたりしてると、それだけで、幸せっていっぱいあるんだなって思えるよ」
…マジかよ。どんだけ広まってんだよ。皆で広げようヒリヤの輪。そりゃ、そうだけど。
「今は命の灯を探してるんだよ。もっと、伝え語られるべき物語が世界には溢れると思うんだ」
「…いいですね」
「そろそろ行くよ。頑張ってね」
「あなたも」
そう言って箒を乗った魔女は去っていった。名前を聞くべきだったのか。いや。人生は一期一会。こんな場所にだって、出会いはあった。そして彼女は、おそらく。
「機械の魔女か…」
機械もまた、孤独を感じるのか。そう思うとせつない気持ちがしてきた。
やがて街が見えてきた。