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第七十八話 地獄のオーケストラ

車の前方で空間がピりつくような気配がした。わずかな間の後にうねりの波動が駆け抜けていく。まるで大音量の車の衝突音のような生命の危機を感じさせるような体験だった。横目で助手席を見ると、ビッキーの歯ぎしりが止まった。さすがにこれは、見逃せないだろう。前方には奇妙なドアが出現している。


「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃがああああぐうううううううううううう」


「…」


よほど疲れてたのだろう。熟睡は終わらないらしい。改めてよくドアを見る。500メートル先程度にぽつんと出現したドアは、中央にハートマークが描かれてる。思わずどきんとする。異常事態に変わらない日常が走ってる。例えば、アサルトライフルにキテ―ちゃんとかミッヒーの飾りをつけてるような感じだ。ヤバイものに更にヤバイものを足してしまうと、それはもう掛け算になっちゃう現実の数学の不思議。


「…ビッキー」


「ぐぎぎぎぎぎぎぎいいいがああああああああああ」


ドアから目を離せない。ドアに釘付けだ。一秒でも目を離したら、ダメージを食らう。ムゲンさんもビッキーもラフィアも、それぐらいのことはやってのけるだろう。心臓の鼓動が早くなってきた。ばいぶすがあがるっていうのはそういう事か?最近流行りのちまたのやつ。


「ビッキー!!!」


「ぐぎぎぎぎ」


右手で体を揺すった。


「があああああああ」


「…ウソだろ」


マジで寝てる。ガチで寝てる。こいつマジだ。目の前に突然ドアが出てきたことより、ビッキーがこの状況で起きてない事の方が遥かに驚きだ。ちらっと見ても、それがタヌキ寝入りじゃないのが分かる。ビッキーの流れる魔力は、何の緊張感も無い。何の乱れも無い。心拍数も一定。顔はなんだか気持ちよさそうなのがちょっと軽くイラっとくる。大物かよ。


「…」


車を停止させる。距離は400メートル。誰かが来るのか。でも、ドアが出現してもう20秒は経過してるぞ。早く来い。敵か味方か、そうでなくっても。それとも、僕達が移動するためのドアなのか?僕達の移動手段か?それにしては、来賓用にしては、デザインが少女趣味だぞ。ハートって何だよ。ハート。心臓。ラブリー。いや。深い意味が込められてるのか。ドアを開くと寿命半分で好きな場所に移動できるオブジェクトか?未知数の存在に、戦々恐々としながらも。


「…近寄ってみるか」


それとも、ドアが爆弾の可能性もあるな。ドア見た目の核兵器や高レベルの敵性病原体なら、即死もありえる。が。何かが起こる瞬間、僕なら逃げれる。


「ドラゴン変化もしておくか…」


肉体にドラゴンの血を入れる。僕の魔力で造った白のローブがぱっつんぱっつんになってしまう。これ小学生の頃だったら絶対笑われるな。そんなことを考える。ドア付近まで車を寄せてみた。


「…」


ドアが開いた。小さなおもちゃ。ブリキ人形がぞろぞろと出てきた。


「ぐぎぎぎぎいいいぎいいぎいいいい」


「…」


隣のヤツの方が怖い気がしてきた。


「…」


ブリキ人形がぞろぞろと出てきて、何かを出した。


「…」


それぞれがフルートやドラム、ヴァイオリンみたいなものやピアノだったり。一斉にそれらが演奏されハーモニーになってゆく。


「ピンクフロイドの原子心母か…」


アトムハートマザーを直訳のままの邦題でジャケットが牛さん。インパクト抜群のロックというよりジャズ。


「…いいね」


ちょっと待ってよ。もしかして、原子心母って20分以上あるぞ。ずっとこのままあと20分弱聞いてないといけないのか?


「…」


ちゃんとシンセサイザー係もいるのか。っていうか40センチ程度のブリキ人形のピアノとかヴァイオリンとか、職人の業が光るな。


「…」


ちゃんとコーラスも歌う人形も居て、たっぷり20分の演奏を聞いてブリキ人形は帰って行った。


「生の演奏はやっぱり違うなぁ…」


完璧にコピーしてる。重低音が心臓まで響いてたし。これもしかして、歓迎されてる?


「…」


言語が通用しないから音楽で挨拶された?ひょっとして?そういう習慣が地獄にあるのか?ここの伝統で基礎的な社交辞令の一つなのか?


「うーん」


だとしたらここで僕も何かしなくちゃいけないのか?そんなことを考えるとドアがうっすらと消えていった。


「…」


魔力の反応は無かった。オーラも見えてない。あれは間違いなくただの物質だった。最初から最後までゼンマイ仕掛けだと思う。


「ピンクフロイドかぁ…」


渋すぎる。んー。クイーンも好きそうだなぁ。ボヘミアンラプソディーとか。歌えって言われたら歌えるけど、期待はしないでほしい。っていうか英語。英語かぁ。日常会話ぐらいならなんとか。


「ぐぎぎぎ」


ビッキーは寝てるし。


「!」


一瞬、魔力の反応を察知した。僕の隣。空間のうねりも。


「アレは歓迎の挨拶だよ」


箒に乗った魔女がいた。


「ここはエリゴスの領域だからね。ちなみにあれをぶっ壊したりするとバトルモード突入してたよ」


耳を介さず脳まで響く不思議なリズムが頭に流れた。


「君達漂流者だろ?」


「えーっと、違います」


僕が言うとその魔女っぽいものはうんうんと唸った後に言う。


「驚いたね。明確な目的を持ってこの場所にやってきたのかな?」


「ええ。そうです。地獄の王様に会いに来ました。この先ですよね?」


「ほおお。違うけど、正解。地獄の主要な街には特別なゲートで繋がってる。この先はバアルの支配してる街がある。うん?君達、見たとこ相当強そうなマナを纏ってるけど、空間移動は出来ないのかな?」


「そういうのはまだ完璧に覚えてないので、多分やれって言われたらやれると思いますけど。僕達はマッキーとビッキーです。簡単な自己紹介ですけど」


「なるほど。ナチュラルボーンキラーズみたいに悪者だね。出会ったヤツらを手あたり次第に殺害してく残虐なのかな?」


「なわけないよ!」


「お笑い芸人?」


「違いますよ!」


「人は皆すべからくコメディアンなんだよね。ボケとツッコミを繰り返すんだ」


なるほど。確かにそうかもしれない。


「そう言われると、確かに。そういう一面もあるかもしれませんね。でも、僕達は芸人じゃないって否定しますよ」


「わかった。アベック?」


「違う!」


「お姫様と従者?」


「惜しい…」


「不倫関係とか?」


「全然違うよ!友達だよ!」


「ぐぎぎぎいい」


「この子起きないね。君の友達脳みそがどこか壊れてるのかな?」


ちらっと横目で見て熟睡を確認してから。


「あんまりそういう事言わないであげてください。そういうのって、自分で気付くとすっごく傷つくから…」


「そうかい。で。友達か。どこかで出会ったんだい?」


「そういうこと聞きます!?」


「納得してないからね」


「Realです」


「おいおいあの殺人ゲームとかやるなんて冗談だろ?あそこで死んだら魂もちゃんと死ねるよ?」


この箒に乗った魔女、Real知ってるのか。しかも、それってレジェンドルールのことじゃないか。


「君達ひょっとしてレベル100未満か?」


「レベル20です」


「レベル20」


「Realのレベルですけど」


「私はレベル190だけど、怖くてたまらないね。プレイヤーキラーによる簒奪が後を絶たない。レベル100になる前に辞めるべきだね」


「そうなんですか」


なんか、そういう人との評価を聞いて、変な気持ちになる。そうか。そういう感じなのか。レベル190の人達がやってるゲームプレイ評価。


「この次元は強いのになると、レベル600を超えてくるね。君達の目的を聞く前に、帰る事をおススメするよ」


「ありがたい忠告、身に沁みます。えっと、どうしてあなたは僕達の前に出てくれたんですか?」


「冒険者のよしみでね。助け合わなくっちゃ。それに、ここの連中はそう面白いヤツらじゃないし」


「そうですか。本当にありがとうございます。時間大丈夫ですか?」


「たっぷりあるよ」


「今から最短で王様に面会したいんですけど、どうすればいいですかね」


そう言うと箒に乗った魔女はぐるぐると二周回った。


「君達ではそれはかなわないよ」


「大丈夫です。本気出せばレベル1000いきますから」


「ぐぎぎぎいいい」


そう言うと箒に乗った魔女は爆笑した。腹を抱えてびゅんびゅん箒に乗って回りながら指差された。


「今の面白い。だからね。最後の忠告だ。戻れるのなら、戻った方がいい。君達が来るべき場所じゃないからね」


「うーん」


僕は指先に魔力を込めた。人差し指に魔力を集中する。


「ほら。こんなこともできるんですよ?」


そう言うと更に声を張り上げて爆笑してる。


「さいこー!君ってやっぱり芸人だよ~!」


「…」


これ一つ放てばそこらへんが木っ端微塵になるぐらいなんですけど。

ビッキーはお腹をぼりぼり掻いて、更なる夢の中へ。

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