第八話 心の火を燃やすヒト
なんか妙な夢を見てしまった。手を伸ばして、僕が天使というよりも、黒い翼の女の子を助けている。王道ファンタジーでありがちな夢。
「…」
「起きましたか~?」
もこもこに起こされたようだった。頭がまだ、ぼうっとしてる。
「あっ…。うん」
妙な夢だったな。そういえば、月曜日にはまた人助けしないと。小林さんの動画に手を貸さなければいけない。
「これくわえてください~」
でっかいシェイクみたいな飲み物を渡された。何味だろうか。まだ頭がぼうっとする。
「…!?」
え?なんだこれ。一気に目が覚めたぞ。っつーかこれ、甘いメロン味の煙だ。
「一気に目が覚めたよ!?なにこれ!?」
「さっさとレベル上げ行きますよ~」
僕の質問には答えずに、もこもこの手っぽいものが僕の手を取り吸着して引っ張ってく。
「モーリーはログインしてないようなのでペアでレベル上げしますよ~」
「そうなんだ」
残念だ。用事か。時計を見ると、既に13時を超えてる。
「え?九時に集合じゃなかったっけ?起こさなかったの!?」
「マッキーが熟睡してましたし~モーリーもログインしてなかったので待機してましたよ~」
起こしてくれれば良かったのに。こういうところって、性格が見えてくる。
「っていうか四時間も待ってたの!?」
「書類仕事とかありますし~。お気遣いなく~」
「…」
小林さんはすっごいがっついてきたけど、ミルフィーさんすっごいまったり攻めてくるんだな。
「ねぇあのさ」
立ち上がって、カーテンを開けると、窓の正面からは陽の光で煌めく一面のクリスタルの町並みが一望できた。息をのむ美しさだ。風がよく通る町。
「…なんでシークレット賞欲しいの?」
「欲しくない人なんていませんよ~」
「ミルフィーさんは、すっごいレベルも高そうだし、お金だって不自由してないし、ヒマそうだし。そんな人が、シークレット賞をどうして欲しいのか気になるよ。こんな、あるかどうか分からないような賭けをするような真似までして」
「ん~。恩人が欲しがってるからですね~」
「へー。ミルフィーさん恩人がいるんだ」
「いますよ~」
「どんな恩があるの?」
「Realをする前は私太ってて引きこもっててどうしようもなかったんですよ~。そんな時おねえたまと出会ってから人生が上向きにかわったんです~。その恩に報いたいんです~」
「そうなんだ」
なんか、すごい真っ当な理由だ。多分、これ以上無いってぐらい、美しい理由だと思える。
「なんか。ちょっと分かるな。その気持ち」
「だったら私に渡してください~」
「できないに決まってんでしょ」
多分ミルフィーさん僕のサークル仲間と気が合いそうだな。
「ごめん。あんまり気安く聞いてない話じゃなかったね」
「かまいませんよ~。今の内に親しくなって好感度を上げちゃう作戦ですね~」
「それ言ってる時点で大分効力薄くなってるからね」
ボーエンのガラスの街道を歩き、街はずれまでやってきた。周囲は平原で見渡せ、モンスターらしいモンスターは見当たらない。風が気持ちいい。
「低レベルだと、簡単な運動でも上がりやすくなるんですよ~」
「そうなんだ。てっきり、無防備な小さいモンスターを一方的に殺戮してくのかと思ったよ」
「そんなことやって楽しいんですか~?」
「レベル上げの作業ってそういうものじゃないかな…」
「外より内ですね~。今日はレベルアップしやすくなる体づくりをやりますよ~」
武器を振り回して、破壊衝動のおもむくまま攻撃するだけの作業かと思ったけど。意外な事言われてる。
「運動でレベルアップしやすくなる…ね。どういうことです?」
「ため口でいいですよ~。一応、これも師弟という事ですが~。まったりやってきますよ~」
師匠と弟子関係になるが、ため口でもかまわないという事なんだろうけど。教えてもらうという行為自体に何か意味合いがあるのだろうか。
「本来なら資産家のReal案内は結構手数料頂くのですが今回は特別に無料コースですよ~」
「資産家!?そもそもミルフィーさんの講習にそんな価値あんの!?」
そういえば社会人だったな。ミルフィーさん。
「ミルフィーでいいですよ~。さん付けしなくて~」
「オーケー。で。どうするの?」
「先ず、オーラ出してください~」
オーラ。体内の魔力を高めて対外に出す技術。
「うぬぬ…」
結構頑張ってるけど、そんなに出ない。出ないけど、確かに感じる。体温の上昇と心拍数の増加。
「ふむふむ~。ちなみに最終的はこんな感じになります~」
ミルフィーさんが燃えるように真っ赤な炎が立ち昇ってる。
「は?」
スーパーサイヤ人かな?
「接近戦以上の戦闘応酬はこんな感じで戦います~。ちなみに私のレベルが89で、火力攻撃特化に加えて低レベル帯のデバフ吸収します~」
レベル89。高いのか低いのか分からないけど、多分比較的高い方なんだろう。一般プレイヤーに比べて。
「マッキーには、これからオーラの拡充と持続時間の増加をやってもらいますよ~」
「超能力バトルマンガとかファンタジー関係は好きだからなんとなくわかるけど、それを最初にやるのかな?なんか結構上級者向けな感じがするんだけど」
「瞬発力の鍛錬ですね~。マッキーは今後いずれにせよプレイヤーキラーに追われるので、その対処法を身に着けておいて欲しいんです~」
そう言ってぴょこぴょこ飛ぶ。こんなうさちゃんに教えれるのか。
「攻撃への防衛は基礎の基礎で一番大切な事ですからね~。特にマッキーの場合は~」
「まぁ。死なない事って大切だもんね」
「これから私がマッキーのオーラを焼き尽くしていくので、踏ん張ってください~。はい両手を開いて垂直に突き出してください~」
「う、うん…」
「いきますよ~」
指示通りの姿で、魔力を展開した。それがマックス全力のベストな形で僕を覆い尽くすまで10秒以上が経過した。
「それじゃあ燃やしますよ~」
ミルフィー先生はいつの間に置いたのか台座の上に立ってから、僕の両手にパンチをした。猫パンチみたいな感じの一瞬の衝撃の後。
「かッは…」
目の前が真っ暗になった。
「…あれ?寝てる?」
「起きましたか~。またやりますよ~」
「ま、マジかよ…」
体を起こして立ち上がる。滅茶苦茶な疲労感があった。身体が、重い。
「その前にこれ飲んでください~」
ミルフィー先生の出してくれた滅茶苦茶美味しいハーブティーを飲むと、途端に元気になってきた。
「なにこれ!?」
「じゃあ続きしますよ~さっきと同じになってください~」
手のひらを出してはオーラを焼かれて倒れて立ち上がってを繰り返した。六回を超えた辺りから、ろくに喋れなくなってきた。
「…」
「そろそろ限界のようですね~。でもでもこれは確実に必要になる事ですから~。あと100回は続けますよ~」
「…嘘だろ……」
「事態はどんどん悪い方に転がってきますから~。最低限は覚えておいてくださいね~」
結局10回を超えた辺りで昼食の滅茶苦茶美味い肉を倒れ込んでる時に口の中に突っ込まれた。30回を超えてから、ろくに目も開けられない状態になって、誰かミルフィーの知り合いが来て全快させてもらった。
「…」
40回を超えた辺りで。
「…」
「一応今日はこの辺りで休憩ですね~」
「…」
無我の境地で、ただ言われるまま。やっていった。自分でも不思議に思うくらい。
「…」
「大分イイ感じに身体の方が慣れてきましたね~」
「…」
疲労困憊。極限マックス。限界を超えた限界だった。そもそも僕は何のためにこんなことをやってるんだっけか。
「ここは現実より100倍くらいマナの濃度が高いという計測がなされてます~」
「…」
「ちくっとしますよ~」
腕に違和感を感じた。
「…」
「…」
「…ちくっとしますよって何打ったんだよ!ってあれ?」
元気になってる。ちょっとくらくらっと酩酊してるみたいな感じはするけど。
「マッキーって割と意志は強い方なんですね~。40回超えても立ち上がる精神力はなかなか無いですよ~。ぱちぱちぱち~。いくら私がちょっと催眠効果を加えたとはいえ、驚きです~」
「催眠効果ってなんだよ!う…。なんか20回超えた辺りから、意識が離れてく感じしたし、なんかミルフィーの声通りに動かなくちゃいけないような気がしたし、っていうか。これでどういう効果があるの!?」
「それはログアウトした後のお楽しみですよ~」
「なんで!?」
最悪の冗談で返された。
「ちなみにモーリーは今日は用事でログインできないみたいです~。残念でした~」
「周りを見渡せば暗くなってるし」
「これから座学ですよ~」
「まだやんの!?」
「予定詰まってます」
「…あのさ!」
「なんですか~。ログアウトは認めませんよ~」
「なんかミルフィーの詠唱って場所言ってたじゃん」
「はい~」
「復讐するなら手を貸すよ」
「誰もが通る道ですから~。そんな怖いオーラ出さなくて結構ですよ~」
「ちょっと気になってた。心のどこかでさ。大丈夫なら、おせっかいだったね。…ごめん」
「まぁ~そんなに酷いものじゃなかったですから~。おデブには世界は厳しいんですよ~」
「僕はガリガリより少しふっくらしてた方がいいかな。ハァハァ…。一緒に人生を歩んでるとき、いっぱい食べてくれた方が、きっと幸せになるんだって思う…ハァハァ……。なんでこんなこと言ってんだろ」
勝手に口が、意図せず動いてる。頭が妙にクリアだった。ごろんと寝返りを打つ。夜空が怖い。目が闇に慣れてきた。もう夜だったのか。夕焼けを見逃しちゃったな。きついきついとは思ってる半面、どこか妙にハイになってくるところがあった。全力を出す。全部を出すって。これまでの人生で、やったことがなかった経験だった。
「私も少し疲れました~」
そう言ってミルフィーもごろんと横になったらしい。
「知り合いのヒーラーは?」
「大分前に帰りましたよ~。マッキー何回か意識飛んでましたからね~」
「普通止めるよね?」
「もう普通じゃなくなってるんで~」
星が妙に、怖いぐらいに綺麗だった。知らない星座の間を流星群が横切ってく。
「これはちょっとした運動とは言わないかな…」
「ちなみに時間はもう十一時過ぎてますけど大丈夫ですか~?」
「大丈夫…」
あれ?たしか。そーいや。
「ごめん。ちょっとログアウト」
「いってらっしゃい~」
「いってきます…」
ログアウトしてほっと一息をつく。妙な感じがする。現実なのに、まだゲームの延長線上にいるみたいだ。
「…」
なんとなしに腕を見てみる。じーっと見てるとそれがなんだか、湯気みたいなのが出てるような気さえしてくる。
「…いやマジで出てるぞ」
魔力を汲み取れるようになってるのか。現実世界で。そりゃこの世の中なんて…。おいおい世界のバランスはどうしたんだ?こんなのが出来るんならオリンピックはどうなるんだ?他人の一生を懸けて記録した偉大なるレコードが、こんなインチキだと僕でも突破できるってどうなんだ?
「…」
身の丈に合わない絶対的な力を手に入れたヤツってのは大抵ろくな死に方をしないっていうのが僕の結論だし、サークルの仲間との共通の認識になってる。殺されるか死んでしまうか。老衰は先ず、期待しない方がいい。これがたかだか金の力なら、高いだけの外車に乗り回されて事故って死ぬだけならまだ救いがある。こういう明らかにセカイ系のバランスを崩す超絶危険な力ってヤツは、僕個人じゃなく、周囲の人間も、社会だとか、世界だとか、下手打てば地球だってヤバくなる。この魔力を見に包むって行為自体、既に物理学を超越してるし。
「こういうので調子に乗れるような性格じゃないんだよな僕って…」
ヴァミリオンドラゴンを当てた時もそうだった。大切なのは、調和であって、僕も幸せならみんなも幸せ。幸せスパイラルっていうのが理想的な生き方なんだけど。自分だけヒャッハーしててもなあ。
「猫に小判なんだよなぁ…」
そーいや小林さんもやらかしてたっけ。
「小林さんみたいなタイプは危険なんだよなぁ…」
ちょっと相談しようかな。なんか自信なくなってきちゃった。モチベーションダダ下がりだよ。人生の醍醐味を味わうことかなわずに成功を収める。言葉は格好イイけど、割と絶望に近いとこにあるよな。こーゆーのって。
「幼稚園の頃におじいちゃんからお年玉貰いまくった感覚に似てるよね…。手に余るっていうかどーしろっつーのかっていうか…」
今日はツキコモリさんに会えなかったし。頭はなんだか甘い痺れを感じてるし。
「…」
今日は久しぶりにぐっすり寝よう。
「!」
そういえば。まさか。玄関先で小林さんが待機してるなんてことはないよな。
「確認っと…」
窓越しで見てみると誰も居ない。ほっとする。
「…」
よし。ひっさしぶりにたっぷりお湯張って入浴剤多めに入れちゃってどっぷりと楽しんじゃおうかな。ケータイには案の定いろいろ着信が入ってる。フリーメールの一覧にツキコモリさん名義のメールが一通届いてた。今日は用事があって時間が取れない日曜は接続するという旨の内容だった。日曜はずっとログインしてる予定です。また一緒にパーティしましょうという返信を返す。
「…」
マジ疲れた。今日はもう。ゆっくりしよ。
「…」
入浴剤。なにしようかな。ひのきの森?ラベンダー?ゆず?別府?函館?
「ゆずであったまろ…」
一階に降りたら。なんか。話声が聞こえる気がする。
「…」
「東雲くーん。お邪魔してっまーっす」
女の子が四人居た。
「なんでだよッ!?」
「男の人の家に入るの初めてだ…」
「私も」