第七十七話 地獄のドライバー
どんよりとした永遠の曇り空の下で、車を走らせる。無免許で運転していて、隣ではビッキーが煙をふかしてる。
「タバコって。ふぅ~。あんまりよくないですよねぇ」
「そうかもね」
時速100キロぐらいの速度を保ちつつ、荒野の果てを目指して進んでく。
「お腹減ったらどうしよっか」
僕は言う。
「私達の身体の構造は既に魔力が循環してますよぉ。脂肪からケトン体への変換作業が終わったら、直接マナが置き換わるはずですしぃ。ふぅ~~。ま。大丈夫です。ふー。気楽にいきましょー」
「なんでこんなとこ、車で走ってるか分かんなくなったよ」
地獄のドライヴ。文字通り、その通り。比喩じゃない、本当のドライヴ。
「いいんじゃないですかぁ?一般ぽーぽはぁ。人生の意味なんて考えなくたってぇ。問題なすのなすなすですよぉ」
ビッキーって語尾を伸ばすときって、心底どぉでもいいって思ってる時だよね。今大切な時なんだけどなぁ。
「魔力の反応が濃くなってきた。あと五時間ぐらいでなんとかなるかも。燃費を考えて100キロぐらいまで飛ばしてるけど、250キロぐらい出しちゃう?」
「のんびりやりましょぉ。ここってマリファナとかあります?」
「無いよ!」
「こういうのんびりとしたロードムービーやってるときって、大麻とかマリファナとかソフトドラッグは定番じゃないですかぁ」
「タバコで我慢しときなよ。ビッキーってそういうのやるの?」
「やれないからRealでやってんですよぉ。たまに人生どうでもよくって、やるせない時にはこういうのに頼りたくなるってのがあるんです。ふぅ。ほら。マッキーも」
「やんないよ!あ!駄目だって!ちょ!マジでやめろよ!間接キスとか最悪だから!」
「そこまで嫌がりますかぁ?」
「当たり前だのクラッカーだよ!ふざけんじゃねーっての。そーゆーとこ、シビアになんないと。ルーズなの駄目だって分かってんでしょ?」
「嫌がらせぇ」
ほんっと。もう。コイツは。
「性格最悪だね」
「今さらっすかぁ…。ふぅ。はぁ…。ふーっ。どこまでも、灰色の世界が続いてくばっかり。寂しいもんですね」
「そうだね。はあ。さっきまで殺そうとした相手と、地獄でドライヴって。人生は洒落が効いてるよまだ手に首の感触が残ってる」
「…実はちょっとだけ。マッキーの優しさには期待してたんですけどぉ。ちゃんと、痛みを受け入れる事が出来てぇなんだか安心しましたよ。ふーっ」
「世界ぶっ壊すヤツなんて、ちゃんと殺すに決まってるでしょ。やっぱり、子供のままではいられないんだ。大人になってく。ふつーの、成長。踏ん張ってんだよ、こっちもさぁ」
「まあ良かったんじゃないですかぁ?地獄に来れてぇ。支配の悪魔の支配の糸が切れてたのかもしれませんねぇ。地獄に送ったのは、案外彼だったりして」
「そうなの?」
「だってぇ。私達の倫理観って、彼の思想を反映させた結果じゃないですかぁ。十字教がベースとなってるのが世界ですよぉ。一夫一妻だしぃ。ふー。にが。これフィルターぎりぎりで吸うもんじゃないですね」
「知らないよ…。タバコなんて」
そしてまた。ふーっと吐いて。シガレットケースに吸い殻を捨ててから、胸ポケットにいつの間にか押さえておいたタバコを取り出してまた火をつける。
「ふー。はぁ。なんか。殺すのかって考えると。ちょっとマッキーには幻滅ぅー。ですねぇ。ふーっ。はぁ。私のハッピーはどこにあるのやらぁ」
「こっちの台詞ですけどね?あのね。これって受け売りなんだけど、しっかり聞きなよ。どうやらこの地球の半分って男らしいよ?」
「一流の貴族と高い知能指数に超イケメンの独身の資産家って居ないもんですかねぇー」
「僕にアドバイスを求めないでよ。まぁ何人か必要なら紹介してあげてもいいけど」
「マジですかぁ??」
「童貞で二次元でしか興奮しない超イケメンの高学歴高収入の吸血鬼とか?」
「オタクじゃないですかぁ。一応今度お願いします」
「オタクがいいよぉ。男なんてどうせ、飲む、打つ、買うの三つでお金使うどうしようもない馬鹿になり下がって死んでくんだから。期待する方がおかしいよね」
「マッキーもぉ?」
「どうかな。正直わかんない。なんたって自分の幸せのために絵に描いたような美少女を殺そうとした男だからね。案外、僕って、なんかさ。自信無くしちゃってきちゃった」
「元気だせぇー?」
「メンヘラ爆発する元凶が良く言うよね」
「あ!メンヘラにメンヘラ言ったらいけないんだぁー。ふー。そうそう。ネットでメンヘラなんてよく書かれてる文字だけど、リアルで言われたら引きますよねぇ」
「そーかも。でも。ビッキー相手じゃ遠慮しないから。マジで」
「そうなったかぁ。ふー。当然かぁ。そりゃそうだもんなぁ。私ってぇ。昔から融通が利かないしぃどうしようもなく欲しいものは手に入れてましたしぃ。こうだと決めたらこうだってずっと天才だったんですよねぇー。ふーーっ」
「馬鹿に金を持たせたらコレだよ。世も末ってやつ。独裁者の悪いとこ出しまくりだよ」
「国民が半分死んでも半分居ますからぁ」
「さいてー」
「私って。そういうとこあるんだよなぁ」
「思ったら直そうね。次やったら頭叩いてでも直しにいくから」
「それ。いいですねぇ~。ふーーっ。そーゆーのいいかも」
「友達みたいな?」
「そう。それ」
「友達かぁ。じゃあ。それで」
「しょうがねぇなぁーふー。はぁ。眠くなってきちゃった。それっぽいとこ着いたら起こして」
「フリーダム過ぎない?ちょっと!助手席で寝ないでよ!」
「…」
マジで寝てる。本当に眠ってる。あ。
「がぁぁあ」
いびきかいてる。
「ぐぎぎぎいい」
歯ぎしりしてる。
「しょうがないなぁ…」
ビッキーの吸ってたタバコの火を消してシガレットケースにぶち込む。
「…」
そう思った手を止めて、ちょっと吸ってみようかと思ったけど、やっぱり止めた。
「ふぁぁ」
目をこすりながら、運転を続ける。激しい歯ぎしりにしかめっ面で運転を続ける。ほんっと、僕達って、どうしようもないなぁ。なんてことを考える。
「あとちょっとか」
灰色の荒野から、段々と道みたいなものが見えてきた。明らかに道と言えるような。
「…」
寝顔だけ切り取ると最高だろうけど、騙されてはいけない。僕は知ってしまった。だからもう学習してる。外見には惑わされない。
「…今度帰る時は、全部終わってからか」
その時果たして僕は、僕でいられるのだろうか。漠然とした不安な未来がちらつくけど、横を見たら最高の寝顔で最悪の寝相を拝ませて頂くと、そんな気持ちがぶっ飛んだ。
「…」
…友達ぐらいで丁度いいのだ。
全てを諦めて初めて手にする寝落ちに、最高の快眠へ。生まれて初めての、心地良い眠り。なによりも代えがたい。最高の人生のとっておきの一つ。