第七十六話 地獄で喧嘩吹っ掛ける子
地獄行きという言葉がある。悪い事をした場合、漏れなくそう言われてきた。誰も見た事がない。不思議と古今東西問わず、地獄という概念がある。十字教はもちろん、仏教にだってある。近くのお寺には地獄の絵が飾ってある。いろんな地獄がある。僕はビッキーを殺してた。ただ、自分が幸せになりたいがために。誰かのためだってあるだろう。世界のため、僕のため、業を背負う事は、人間には必要な事だって感じた。正しい事かは分からない。ただ、それしかない道だった。細長い首を、へし折るつもりだった。多くのため、一人を殺すことは、正義だとか悪だとか、そういう二元論を超越したものがある。やらなければならないのだ。すべきことなのだった。動物を殺して料理して鍋に入れて食べるのは普通の事だし、風俗で男がお金で女を買ってる事だって、小学生から知ってた。少しずつ、人生や人間や本能について、よく考えないまま、あるがままに世界やルールや倫理を受け入れていた。そういう風になってるんだろう。人間という存在が、その歴史や史跡において、血生臭い残酷さを上手に見栄えを綺麗に整える。現代の結果、僕という人間が成立している。奇跡の結晶。否定する事はできない。過去は、決して後悔すべきじゃないし。否定すべきではない。それだけは、生きてる限りやっちゃダメなんだ。
「ここが、地獄か」
不思議と落ち着いてる。地獄に落ちるし、無限に苦しみ続けるのかって思ってても。そうなってない。灰色の曇り空がどこまでも続き、空気は乾燥し、どんよりとした雰囲気の中、遠くで灰色の森が見える。視線をずらすと、スポーツカーがあって、ビッキーも居る。どうやら一緒に地獄行きらしい。
「次元の裂け目を誰かが創ったようですね。どうでもいいことですが。…続けますか?」
「ここは多分、地獄だと思う。誰かが送ったんだと思う。だから、もう十分。ここが地獄なら、それでいいと思う」
「もう二度と無いと思いますよ」
「胸が張り裂けそうな思いがした。ビッキーなりの愛も感じた。幸せになりたいなぁってずっと思ってたけど、それ以上に自分を嫌いになりたくない。ずっと罪悪感に怯えて死に続けるって残酷だ。ここって地獄だと思う。なんとなくそう思う。だから、ここいる間は、許してくれないかなぁ」
涙が出てきた。なんでだろうか。ほっとしたのか。気が緩んだのか。
「ここを出たら、さっきの続きです。マッキーの優柔不断な性格の結果、おびただしい死傷者の末に、マッキーは私を殺すんですよ。今以上に苦しむ事になる。それでも?」
「…ちゃんと、次はやるから」
「マッキー。その人生で、優しさは罪ですよ」
乾いた空は、どこまでも広くどこまでも続いてくようだった。地面も灰色。全てが灰色で、嫌な感じがした。最も、今の僕は、そういうこと感じてられないぐらい、どうってことない話だった。
「さてと。どうしますか?」
「やらなきゃいけないことがある」
「へぇ」
僕はビッキーに詳しく説明しなければらない。
「かくかくしかじか」
「殺しますよ?死ぬ?死ぬの??なにそれ?ひょっとして自分でそれ言っておいておもしろいとでも勘違いしてるんじゃないですかぁ?殴り?蹴り?殴られたいんですか??」
僕は詳細に渡って説明した。
「なるほど。とりあえず地獄の王に面会に行けばいいわけですね。そこから天界の門を通じて、元凶を見つける」
「うん」
「地獄か。過去にヴィクトリアが悪魔を使役したり取引した事があるので、少しだけ聞き及んでますが。なるほどぉ。マナが薄い場所ですね」
「悪魔っているの?」
「居ますし、人間に知恵を貸してくれたりもしますよ。お互い利益のために取引します。但し、人間は人間の繁栄のために。悪魔は享楽のためにですね。悪魔といっても人間と同じようにいろいろな種類が居ます」
「例えば?」
「人間にも王やホームレスが存在しているように、悪魔にも持つ者持たざる者、力の強弱や序列、性格だって、聖者も居れば悪人も居るように、悪魔にもいろいろですが、悪魔の場合は、邪悪さが外に出た時点でルールから外れて粛清されてしまう。悪魔はルールを守る縛りがあるんですよ。人間と違って律儀と言えますね」
「へぇ。よくある化け物とかじゃないんだ」
「そんなにヒマじゃないでしょう。地獄にもそれぞれの領域に領主がいるはずです」
「言っとくけど、あくまでも僕達は部外者だからね。無益な殺生は禁止。守ってね」
「ええっと。言っておきますけど、私そんなに、暴力的に見えますか?アニメの悪役じゃないんだから、誰彼かまわずに殺害の限りを尽くしたりしません。寛容の精神でもって、人生を進めてくのが基本なんです」
「さっき世界を巻き込んで僕に嫌がらせしようとしたくせに!!よく言うよ!僕に永遠の傷痕をつけようとしたくせに!」
思わず本心から本音がぽろっと出てしまった。こんな場所だから、こんなところで、こんな状況だからこそ、言ってしまった。
「しょうがないじゃないですか!!欲しいモノが手に入らないなら、癇癪を起すのが人間っていうものでしょう?」
「だからってあんまりだよ!変なとこでやってきて。このタイミングでいろいろぶち壊してさぁ!」
「それ言います?」
「言い過ぎた…ごめん」
「…。確かに私も。顔も普通で身長も普通。頭だって悪い。それでも、好きになってしまったから。しょうがないじゃないですか」
「言うね。頭が悪い?」
「大丈夫です。人生で知能指数はそこまで大切じゃありません。一番必要なのは、運ですから」
「凄まじくぶっこんでくるね!そりゃあ僕はヴァミリオンドラゴン引いたよ!皆、それ目当てで寄ってたかって!結局普通の女性と同じじゃん!」
「…私が普通の女性と。同じ?」
「そうじゃん!最強だから、好きになったように感じたんでしょ。今後の人生のために、ヴィクトリア家のために、僕の血が欲しいだけじゃん!」
「…それは関係ない。全くもって、関係無い」
「へぇ。絶対嘘。だって、普通の僕なんて誰も見向きもされなかったんだから!ヴァレンタインデーだってそうさ!告白だって?何もしてなきゃ、ずっと僕は一人っきりさ。みんな目当ては一緒なんだよ。僕をちゃんと見てくれる人なんて居ないし。一緒じゃなきゃなんだってんだ!」
グーで殴られた。ぶっ飛ばされた。20メートルは吹っ飛んだ。大地にぶつかった。痛い。鼻血が出てきた。
「関係無いって言ってるでしょ!」
「嘘つかなくっていい!ビッキーは、普通の女の子よりも女の子らしいってこと」
「最悪の罵倒、侮辱ですねぇ…。いいでしょう」
ビッキーが、オーラを展開し、ドレスを出した。
「今私は、普通の女の子を超えましょう。マッキーの屍を乗り越えて」
場違いな美しさを見た。灰色を背景に、蒼く揺らめく優雅なドレスに身を包んだビッキー。
「ごめんね」
魔力を、拳に込めて。オーラを一撃で。マックスを、解き放つ。距離や場所なんて関係無い。空間をぶち抜いてビッキーの右肩にワンパンでストレートを入れた。
「………ッッ」
ドレスがばらばらに砕け散った。
「地球史上最強でもいい。どんなに強くたっていい。誇っても。だとしても、僕以下なんだよ。安心して、普通でいればいいよ」
「……グっ」
力が上がってる。僕とドラゴンのシンクロ率が上がってるように感じる。さっきは難なくドラゴンの姿になれたし、今は簡単に自分の力を引き出せた。あれほどの超規格外の魔力を、容易に突破出来た。ビッキーが弱いわけじゃない。僕が強すぎたのだ。
「ハァハァ……この世に居ていいレベルの強さじゃない…」
「だから地獄で釣り合いが取れてるかもね。ところで、あっちで魔力の反応があった。車に乗って」
僕は空気を変えるため、適当にCDを漁ってボタンを押した。
「これってアメリカの歌謡曲じゃないですか?」
「カントリーロードだね」
「ですねぇ…」
「…」
「…」
「カントリーロぉ~~」
「かんとりーろーっ」