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第七十三話 静かなる舌戦者

魔力を出して広げて固定させる。そうすると真っ白な道が丁度車一つ分の幅で出来上がる。ちょっとしんどいけど、車を運転しながら進んでく。少しずつ。時速20キロぐらいで。多分自転車ぐらいだろうってところの速度でゆっくりと、道を作りながら、太平洋を駆けてく。


「単刀直入に言うけど、僕の事は諦めてくれないかな」


「結構スゴイ事言いますね」


おっかないのが隣にいると考えると、マジで恐怖で何もできなくなるので、妙な事はあえて考えないようにする。ビッキーを信じるってことなんだろうか。


「さっきのあの子が彼女なんですか?」


「そう」


「今この瞬間にもマッキーの首を取れるのに、どうしてやらないか分かりますか?」


なんとなくわかる気もするけど、それを答えたくない。


「どうして僕に興味を持つようになったのかが分からない。世界一の暴力を手に入れたからさ。みんなこぞって僕に寄って来る。ハッキリ言ってさ。ずるいよね。これまで散々そういうのが無かったんだから。ずるいよ」


なんて愚痴を言う。


「一目惚れですよ。別に出会ってたら、普通の高校生でもきっかけさえあえば好きになっていたかもしれない。今では動かなくていいから、隣に飾っておきたいくらいです」


「剥製とか?」


「そういうのじゃなくって、ただ、そこに居て欲しいとか。私そこまでサイコじゃないですよ」


「そこまでの男じゃないよ。ただ、そこらへんに毛が生えたようなただの高校生」


「謙遜してるというか、自分の事をすっごく低く見てますよね。マッキー。自信が無いんだ」


「自信なんて無いよ。普通だし」


「これからマッキーを殺そうと思ってたのに、いざ目の前にいると、本当に殺せなくなるものですよね」


「殺したことあるの?」


「実はまだ。過去の残虐と言われるような歴史もありますが、私、実はまだ。そういうのに興味が無くて。私もまた、ただ、生まれた時から、ヴィクトリアの歴史をずっと遡って頭に入れてくばかりでしたから。毎日がうんざりしてた」


「僕と一緒か。でも、ちゃんと美味しいご飯食べれたんでしょ?」


「私は食にそこまでの重きを置いてません。クッキーとか好きで、地球で一番美味しいとされてるものが私の口に入るんですから。食なんて、興味は無いです」


「悪くない毎日なんだよ」


「私がつまらないって思ってるんだから、悪い人生だったんですよ」


車は走ってく。だらだらと。


「これから、マッキーの居場所をことごとく破壊しようと思います。面白いおもちゃが手に入ったし」


「出来ると思う?」


「出来るからやらないとか、出来るからやるとか、そういう先の事なんて考えるものじゃない。やろうって決めたからやる。そういうものじゃないですか?」


「普通出来ないものはやらないし、やるべきじゃないって考えると、思い直すものだよ」


「これからマッキーの彼女を目の前で殺そうと思ってます」


「…やらせないよ」


「知ってますよ。その後は、自殺しますから。大丈夫ですよ」


「やらせないよ」


「私の死の原因と責任は、あなたにある。犯人はマッキー。あなたです。なんちゃって」


「っぜんぜん笑えない」


「太陽はすっごいんですよ。いつか言いませんでしたっけ?その分、影はどこまでも伸びてゆく。近づいていけば燃え尽きる。アイドルやホストやバンドなんて、ずっと追っかけて、追っかけて、それでも報われる事が無い。バッドエンド一直線。そういう少女漫画も読みました。モーパッサンの女の一生を思い出しました」


「読んだことない」


「どうします?これから。実は最悪な事に。選択肢は一つしかないんです。そして実はもっと最悪なことに、選ぶのはマッキーの権利なんですよ。私か、ツキコモリさんを選び続けるのか。もちろんマッキーは彼女を選ぶ。そうするとどうなるか。分かりますか?」


「…」


「すっごいことが起きます。間違いなく、私はマッキーに殺される事でしょう。つまり、今やってるのは自殺なのかもしれません。すっごく手間がかかる自殺。あるいは、ちょっと、ちょっとだけ嫌がらせをしてみたりする。私の人生で、マッキーの生涯に渡って影を落とせるのなら、それはそれで悪い事じゃない気もしますし。これからマッキーは、未来永劫、大切な人を選んだために、業を背負わなければならない。でも、考えてみると、これって普通のことなんですよね。誰かを選ぶことは、誰かを選ばない事。何かをすることは、何かをしないこと。何かを手に入れるためには、何かを捨てる事。誰かを生かすためには、誰かを殺すこと。無意識ながらも、生物はこれをずっと繰り返してる。そう思いませんか?」


「…思うよ」


「選択の時間です。彼女を取るのか。取らないのか。私もそこそこ資産を持ってますし、世界中にっちょっとした金融パニックを起こせる事も出来ますし、人形を使って世界中に邪悪をばらまいてもいい。マッキーの持つ全てをばらばらにしてしまえるぐらいの力なら持ち合わせてますし。笑いながらやってあげますよ。頑張ります。約束します」


ずっと考えてた最悪の、その通りになっていた。でも、原因は僕のせいだ。


「私には、それぐらいの価値しかありませんから」


「友達から初めていいかな?」


「その台詞前にも言いましたよね。こういう場合、主人公の周囲をどんどん残虐な方法で潰してくと、悪役のヘイトが増えてきますよね。いずれにせよ、これは私の問題で終始されて、一歩進んじゃってマッキーが決める」


どうしようか、僕の人生がかかってる。答えは決まってたけど、揺さぶりをかけられた。ツキコモリさんかツキコモリさん以外か。それなら。


「クローン軍団、実は殺処分が決まってたんですよ。元々軍事目的で輸出してたんですけど、前当主から倫理的観点から中止になっちゃって。あれ一人死ぬと、相当量の呪いが発動します。全部死ぬと、マッキーでも止めらないんじゃないかなぁ。でも、どうでもいいですよね。他の事なんて。そういうものですよね。マッキーって」


Realの延長戦。あの時とは更に違って、まるで世界中から僕の大切なものを引っ張ってきて、それが人質に取られて結婚を迫られてるみたいだ。ずるいし、最悪。でも、これは僕が原因だ。誰のせいでもない。僕さえいなければ、きっとビッキーは伸び伸び暮らして、Realで彼氏でも作って楽しくやっていたかもしれない。僕のせいで、ビッキーは人生が狂ったのだ。責任は僕にある。でも、ツキコモリさんを諦めたくない。僕だって一目ぼれだし、運命を感じてる。こんな場面で、こんな場所で。


「そうだ」


「はい?」


アクセルを踏むのを止めた。


「これから地獄に行って天界に行って神様にバトルか説得か封印とかで、なんとかして黙示録の世界を抜け出したいんだよ。今そんな大冒険の最中。そんなときに、付き合うとか、選ぶとか、好きになるとか、ありえないよ」


「私ももちろんご一緒しますよ。当たり前じゃないですか。夫婦なんだから、死ぬ時も一緒が一番ですよ」


マジかよ。マジかよ。ヤバい。心が、ぐらっときた。本気だ。本気で。


「家事とかしないよね?」


「やれって言われたらやりますよ」


「トイレ掃除とかしたことある?」


「メイドの仕事ですよね?」


メイドの仕事はいやらしい事なんじゃないか?そう一瞬思ったけど、そろそろ僕もやばくなってきたなって思う。


「言っておきますが、家事の時間は私にはありません。仕事で手一杯ですから。やれと言われたらやりますが、それはマッキーの性的趣向か、嗜虐的趣向か、受け入れますけど、合理的でも理性的でもないですよね。日本でも家事手伝いの女中さんなんて居たではありませんか。私が。トイレ…。トイレ掃除?………冗談ですよね?」


「冗談じゃないんだけど、家の事なんだから、他人に任せるべきじゃないんじゃないかな」


「私が…。洗濯とかやれと?」


「ま。まぁ。誰かがやらないといけないし、僕もやるけど…」


なんで結婚してる前提の会話なんだ。


「メイドさんを雇いましょう。それから専属料理人も。私の実家はそうしてます」


「メイドさんの自室とか掃除させてるの?」


「ええ。普通そうでしょう?」


「見られちゃいけないものとか無いの?」


「別に。ヴィクトリアの日記なら他人に読まれませんし」


「ねぇ。あのさ。今。理想に燃えてるだろうけど、現実味がかった事想像して、少しだけこんなはずじゃなかったって思ったりしなかった?」


「……………………そんなことないですよ」


「ビッキー。ビッキーは多分僕を見てるんじゃない。恋に恋する乙女で、ビッキーはビッキーの理想に恋してるんだよ。現実はそんな甘いもんじゃない」


そうすると、ビッキーは頬杖ついて窓を見た。


「出してください」


再び車をのろのろと走らせる。どうやら、図星のようらしい。君は舐めてるよ。ビッキー。君が相手にしてるのは、純愛マイスターの、東雲末樹なんだぜ。結婚はゴールじゃない。スタートラインなんだよ。そこから先を超えてない。甘いね。一回のマスターベーションに24時間の妄想を経た事がある僕が言わせてもらう。結婚を舐めるなと。

恋が実るのも一瞬なら、冷めるのも一瞬かもしれない。ここにきてヴィクトリアは、正気を取り戻しつつあった。


『私ってなんでマッキーにこれほどまでに意地になってるんだろうか』


夕陽が迫りつつある時刻に差し掛かった。

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