第六十八話 侵攻する人
太平洋上の一部、地球儀から見たらちっぽけな部分が、絵の具を塗り潰したような真っ青に染まった。宇宙から見た今までの地球とは違う、異常事態が発生。人間一人がおよそ扱う事すらありえないような魔力の観測。
「…」
大空の支配者の一族の事はもちろん知っていた。取引先であったことすらもある。それでも、年月というものが、人間にどれほどの力を蓄えさせるのかを、思い知らされた。
「神の領域に一歩踏み込んでるぞ…」
人類の全体主義、神への絶対信仰の失敗のために派遣された世界の終焉、始まりの使徒である彼が、久方ぶりに見る。狂気の沙汰。目の前で起こっているのは、間違いなく、奇跡。奇跡を人為的に発生させること、もはや狂気の他には呼べない。およそ普通では到達すらもできない所業。一代ではない。何代も経て到達したであろう領域。
「あら、綺麗。純白の翼…」
ヴィクトリアの展開する究極闘気。真っ青で着飾られた巨大なドレス。狂気がはしる顔。
「正義を執行する」
勝利するための支配を司る始まりの使徒と、終末に備えたヴィクトリアの戦いが始まった。
Realにいるラフィアさんから戻ってこいとの連絡が入った。もぞもぞと布団から起きてReal端末に手を伸ばして接続し、ダイヴする。
「あの子と使徒がなんか知らないけど、闘ってんだけど」
ムゲンさんは煙草をふーっと吹いた。
「マジで?」
「…なんで?」
なんか全然当初の予定とはかけ離れた事態に、意味が分からない。ドラゴン使いが使徒をワンパンで沈めるって話じゃなかったのか?あの子?
「確認するけどさ」
「うん」
「あの子ってさ」
「そう。ヴィク」
「ちょ!!もういい!もういいから!!なんでだよ!?」
取り乱した。支配された事があるから分かる。あの子はヤバイ。マジでヤバイ。怖い。マジで怖い。鳥肌が立つ。
「いや。こっちが聞きたいし。マジでやりあってるし。空間をぶち破って移動しようとしたら、空間の裂け目からバッチバチに二人がやりあってて。言っとくけど、あの子と現実でやりあって地球が無事な気がしない」
「なんでだよ!地球関係あるの!?」
思わずツッコミに勢いが出た。
「ドラゴン変化にはマナを使う。あれだけヤバイのを倒すためには、生態系が狂うぐらいの魔力が必要だから。勝てる自信はあるし勝つ気もあるけど、客観的に見て、相性最悪。しかも、二人共それぞれが一撃必殺の操作、支配系統だろうから、結構少しずつ少しずつやりあってるようなレベルでも、既にヤバイから」
「へぇ。面白そうだから見学しにいこ」
ムゲンさんはログアウトするように端末を動かそうとすると。
「止めなさいよ!ああいうのって、気付いたらやられてるパターンが多いんだから。どんだけの射程か条件かもわかんないし」
「ビビり過ぎだろ。二人でやり合ってんだから、潰し合って勝った方に漁夫の利でさくっと一撃で終らせるんだよ」
「戦闘至上主義過ぎでしょ…」
「じゃあ僕が行くよ。どうせ…」
もしかして、ヤケになってるのかもしれない。僕のせいかもしれない。自意識過剰かもしれないけど、あの子に強い影響を与えてしまった。僕が人生を狂わせたかもしれない。
「止めてくる」
「ちょっと待った。じゃ、座標送るからそこで集合。ムゲンって走ったり飛んでこれる?」
「いや?ヘリで行くが?」
「じゃあ私が拾う。ついでだし、マッキーもね」
外出禁止の軟禁状態で匿ってもらってるけど、無理して言ったら出してくれるだろう。
「オフ会ってとこね」
ふふんっとラフィアさんは言うが、こんな場面で、そんなタフな台詞がよく出てくるなと思う。だって、そんな事言われても、そんな事だとしても、全くもって嬉しくないのだから。
「死ぬかもしれないのに、よく言えるね」
「慣れてくるとアドレナリンが出てくるものなのよ」
僕はラフィアさんの何を知ってるんだろうか。ドラゴンライダー、最強のRealプレイヤーとして、これまで、どれだけ。
「で。マジな話すると、ビッキーやるのか?あたしは反対だけど」
「最悪ね展開次第ってとこか」
事態はもう、そこまで動いてた。
「本当に、展開次第か」
覚悟は、出来てる。
「いいところまでいってたよ」
その人形が、兵器として使用され、もはやヴィクトリア当主と世界を滅ぼす第一の天使との戦いだけではなくなっていた。ヴィクトリアの手は、第二の使徒にまで及んでいた。
「さて。お人形も増えたし。あっ。いいこと思いついちゃった」
ヴィクトリアの足元で、始まりの使徒であるジョンの頭にパペットがつくような木の棒が突き刺さっていた。
「…」
「第一の使徒、第二の使徒も手に入れたし。私がこれから強制的に終末を起こしてもいい。全人類を生贄に、私達がアドムとイヴになる…。なんちゃって…」
その妄想は、もはや手の届くところにあるようにヴィクトリアは感じていた。
「…そういうのも、悪くないかもしれない。世界があってもなくても、どうなっても、そう大差ないんだから」