第六十七話 話し合う天下人
999号室。僕らと同じような作りの部屋だけど、南国調のトロピカルじゃなくってクラシックなゴシック調。天使が処刑されている絵画を飾っている。
「それで私に何かお願い事でもあるのか?」
純白の髪に真っ白なスーツの好青年が座ってる。確かにRealはアバターを変更できる。でもこの人の実年齢は60を超えてる。或いは、もっと。落ち着いた人物だ。オーラを展開してない。優雅に紅茶を飲んでる。
「時間が無い。手短に頼むよ。ハートネット・ラフィア君」
「単刀直入に言う。私のギルドに下って欲しい」
テーブルを挟んで好青年とラフィアさんはサシで話す。テーブルに置かれた紅茶に手をつけず、ラフィアさんはじっと好青年の目だけを真っすぐに見ていた。
「私が?すまないが相談には応じられないな」
ニッコリと笑みを浮かべながらそう返される。
「君がクルセードを抜けた事は耳に入れてる。シークレット賞当選者の暗殺指令が下った事で君も脅威判定を受けるかもしれないから抜けたのだろう?残念ながら力になれないな」
「そうじゃない。今は戦力が少しでも欲しい。…セントバーグ」
そこでやっと好青年は眉を吊り上げた。
「1999年、アフリカ共和国、セントバーグ島、セントバーグ大聖堂を中心に突如として消え去った。痕跡は燃えがら、高濃度の放射線が測定された。セキュリティクリアランスを持つ者はアクセスできる情報だね。続けてくれ」
「それと同様の事が日本でも起こった。標的はシノノメ・マツキ」
「完遂された。それから?」
苛立つように語尾を荒げながら好青年は言った。
「太平洋を超えた超超距離射撃を測定。場所は合衆国、首都のワシントン」
「ローマは当然把握しているだろうね。それから?」
「大気の残留測定機の判定では、未知の魔力が検出。該当する魔力が、古の遺跡からも同等のものが。この攻撃は古きモノの攻撃と断定。古代兵器の使用は禁忌項目に該当してる」
「なるほど」
「専門家でも意見は分かれたけど、これは黙示録だと判定」
「ほう。オルタナティブサイエンスだね」
「結論、既に黙示録は始まっていた」
好青年はにっこりした。場違いなほど。
「いいぞ。黙示録か。ヨハネの黙示録。6章、子羊が七つの封印を開ける」
「一番の問題は黙示録が開始されているにも関わらず、私達はまだ、終わってない。終末はまだ訪れず」
「コーネスか。博識だね」
そこでラフィアさんは初めて喉元を鳴らす、明らかな反応をした。
「貴方、何者なの?偉大なるギルドの実質的なリーダー。支配しきってる。終末はまだ訪れず。死海文書外典第二の最後。これはつい最近発見されたものだった」
好青年ははっはっはと軽くと笑った。
「今の現在を考えると、この地球を考えても、最も影響力があるのは、貴方だ、ジョン。現大統領はお爺ちゃんだし。豊富な資金力と強大な軍産複合体を持ち合わせてる実力者。過去を調べた。貴方は本当は何歳?70?100?或いはもっと?」
「年齢は関係無い。君もそうだが、肉体は意志の下で成り立つ。姿形はデザイン次第だよ。君達クルセードはそこまで特定してるのは意外だったね。よくしてるつもりだったが」
「黙示録が始まっているのなら、私達がどうして滅んでないのか。教えてくれないかしら?」
「まぁ及第点といったところか。どうなるものでもないしな。既に。簡単な話だよ。私が打ち止めにしている。していたといった表現が正しいか。既に事態は動き出した。もうどうやら止められんらしい」
「いや違う。これから止める。そのためには戦力が要る。それよりも、どうして止めたのかを聞きたいけど」
「愛だよ」
好青年は嬉しそうに言い放った。恥ずかしい台詞である。けど格好イイ。僕も言える機会が来るだろうか。
「冗談だ。人間を支配してみたくなった。動物で暴力的でどこまでも愚かな生物を、私なりに服従させてみたんだ。そう悪くないと君が感じてくれてるなら幸いだよ」
「…」
一体何を言ってるのか、僕には分からなかった。この好青年が、作り上げてきたとでも言うんだろうか。
「別に今回が初めてじゃないがね。アヌンナキと呼ばれた事もある。結果としてその文明も無くなってしまったがね。シノノメマツキには悪い事をしたと思ってる。直接手を下したのはどれぐらいぶりだろうか。もう思い出せないほど昔だ」
「あなたが、戦争の名を持つ第一の使徒?」
好青年は首を振った。
「まさか。私が?冗談じゃない」
ものスゴイ勢いで否定してる。
「第二の使徒、支配を冠する」
「そう………だった。かな。今はただの優しいおじさんだよ」
僕の知ってる優しいおじさんとはイメージが大分違う。
「黙示録が始まったら、月で起こってる出来事がそのまま地球でも起こる。これで正しい?」
「大まかにはそうだな。君こそよく知ってるな。ただ、月の内部には海は存在していない。生き延びりのは地球よりも厳しい」
「貴方はどうなる?役割を放棄した使徒は?」
「また役割が来れば、またやってくるのだろう。ずっとそれが続いてる。よくある事だね」
言も投げにいう。何歳なんだ。ひょっとしたら、僕もそうやって年を経るのだろうか。
「真相へは随分到達しているらしいね。だが言っておくが、君達人間では止める事の出来ない力が働いてるのだ。天界へ至る道も既に潰えた。修復もできん。終末は避けられん。が。君なら回避は出来るだろう。火星への移住がしたければ申請を許可するが?」
「その道も確保してる」
「なんだと…」
「今必要なのは戦力。黙示録の使徒が居ればこれほど心強いことはない」
好青年は少し素振りをして言った。
「始まりの使徒を解放しよう。君が倒せれば考えてもいい」
無表情で言う。
「君のドラゴンがどれほどのレベルかは知らないが、戦争を司る使徒だ。銃やナイフはもちろん、核や電磁といった、既存の文明が誇る最大殺傷力を武器として用いる。本来拡散されるべき力だが、長年私が拘束しているせいか、歪な形になり質量を経ていてね。当然ながらRealレベル換算で直すならば、500は堅い。君の持つあらゆる数値よりも遥か上だ。やるかね?」
「もちろん」
ラフィアさんは紅茶を飲みながら即答した。
「明日、太平洋沖で解放する。検討を祈るよ」
「…はぁ」
「リアルに戻ってゆっくりベッドで休んだらどうですか~?」
「そうします」