第六十話 借りる人
ピン札で一万円札が100枚。横に置いても立つ。それが四つ並んで400万円。現金。もちろん、現実にRMTを公式で可能だ。手数料で半分になって200万円。間違いなく、手元にお札が僕の手元にある。重い。100万円札の束が四つ僕のくまモンのポッケに左右で200万円ずつ入ってる。手触りで間違いなく、福沢諭吉先生が200人分が左右で入られてる。この強い実感。体感。
「…」
変な汁が脳みそから出てる。
「…」
ラフィアさんの指定した時刻まで、まだ時間はある。少し遊んでいくのもアリかもしれない。社会勉強だ。一度は捨てたつもりの300万円が400万円になって舞い戻ってきた。多分、あの黒い人。ずっと僕は尾行されていたんだと思う。
「…」
くまモンの着ぐるみでやっぱりひょこひょこ歩く。
「…」
「ありがとーございましたー」
「…」
ゴージャスイチゴバナナショコラパーフェクトグレイトフルマシマシトリプルを着ぐるみのまま食べながら歩く。
「…」
ブラピも真っ青なこのイケメンっぷり。どこからどうみてもくまモンの休日だと思う。
「…」
あの二人が泣き叫んでた砂浜までやってきた。ガロだとかゆにこおおんだとか叫んでた。良い大人が泣き喚いてたし。本当にギャンブルはどこまでも人を狂わせる。
「…」
ラフィアさんはポーカーどうこうって言ってたっけ。
「がろおおおおおおォぉぉおお」
「ユニこおぉぉぉオオオオオオんんんん」
「…」
デジャブ。それは幻視。初めて見た事、感じた事が、過去にもあったような感覚の出来事。既視感。
「あ!くまモンだ!!」
「あああ!神様だ!!」
「…」
僕は全力ダッシュで走った。一歩進んだ瞬間に、二人に回り込まれてしまった。なんでそこ本気なのかな?
「お願い!」
「お願いします!」
「…」
「五万円…。いや、十万…」
「…」
「十万!いや、二十万…」
「…」
絶対にこうなったらいけない大人の見本が目の前にいた。都市伝説でもなんでもない、僕の目の前に絶対に将来のお手本にしちゃいけない大人の鑑が目と鼻の先。
「くまモォン…」
「くまモン…」
僕は首を振った。
「わかった。確かに悪いよ。さっき借りたばっかだしさ。本当に悪いヤツらだよ。くまモンに借金をせがむなんてさ」
自覚はあるようだ。
「確かにその通りだよ。人間としての何かを置き忘れてる気がした。ほんっとゴメン。くまモン…」
どうやら分かってくれたようだ。僕は頷いてそのまま少しずつ距離を離そうとするが、無防備な腕を掴まれた。
「だからさ。ちょっとくまモンも疲れたろ?休憩しよ。休憩。休憩って大切だよ。そいや昼もまだだったし」
「休憩。ほんっと休憩。くまモン大切だろ?やっぱお腹に何か入れとかなきゃ。人間元気も出ないもんだよ!」
そう言って僕は半ば強制的にずるずると連行された。昔見た、FBIに連行される宇宙人そのものの構図である。どうやら休憩とか言って、どーせ僕にお昼を奢らせるつもりなのだろう。さっき貸した30万ぐらいの金額は既にすってしまったらしい。お財布の中身がどうやらすっからかんなのだろう。しょうがない。何か二人に元気のつくものを…。現実ではお世話になった事もあるし…。
「うん。座って座って。ここね。ここお金入れるところだから」
気付くとカジノに入った直近のパチンコ台に座らされた。
「…」
「くまモン…。ここハンドルね。こうやってガチャガチャやるんだ。中央にあるから右手でも左手でもいいよ。ビスティの偉いとこ」
「ビスティ偉いよ~~~??」
意味が分からない。カジノの中のレストランじゃなかったのか。
「とりあえず、一万円。一万円入れてみて。現実の二倍の速度で飛び出て銀の玉が一つ十円だから」
「くまモン。とりあえず疲れてるだろ?休憩だよ。ここにお金入れるの」
「…」
一万円札を投入するように強く勧められる。二人の顔は既に借金を懇願する顔ではなくなってる。その顔は、まるで戦場に立つ戦士のような顔つきに変わっていた。思わず一万円札が100枚揃ってる束をポケットから取り出す。
「あ!」
「ああ~~~~~??」
二人は一瞬にして僕に土下座をした。
「お願いしますぅぅ!」
「靴舐めますからぁ!四十でいいから!四十!!四十いける??六十でもいいから!七十あったら嬉しいから!八十なら絶対かかるから!!」
「…」
カジノのメイン入口の通路で中身高校生のくまモンが土下座されて頼み込まれているという事実は、さすがにヤバイ。熊本県に悪い。僕はとりあえず札束から二十枚抜き取って残りを二人に渡した。
「あああああああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあああああっぁぁぁぁあぁ」
「ありがどおおおありがどおおおおおおぉぉぉ」
靴を舐められる瞬間に左足をさっと引いた。あと0.5秒遅かったら大事だった。
「アムロっ!いっきま~~~~っす!!」
「いかりしんじ!いっきま~~~っす!」
「…」
瞬時に僕から札束を手に入れると、その場でぺらぺらと何枚か確認して二人で分けた。
「…」
僕は席から立ち上がると。
「え?いいの?もう1500ハマってるよ?もうパンパンよ??ゲボ吐く手前だよ??」
「おいおいくまモン~~??台から息遣い聞こえてくるだろ?もう瀕死よ?瀕死!あとワンパンでゲボよゲボ!激熱だよ?」
僕は首を振って席から立ち上がる。
「よっしゃ!ゲットぉおぉぉぉおおお!いくぜええええ!!」
「…」
二人は早々にお札を一枚取り出すと、何ら躊躇もせずにサンドに突っ込み始めた。
「カスタム!」
「あっぶねぇえぇえ~~~!!」
「…」
僕はカジノから立ち去るべきだ。僕は何か二人に対して、絶対やっちゃいけない事をやったような気がしないでもない。野良猫に餌を与えないでくださいという張り紙をなぜだか思い出した。
「すみません!!僕も十万貸してください!」
「…」
振り向くと、土下座ならぬ土下寝をしていた誰かがいた。知らない。全然知らない人である。
「借用書書きますから!絶対返しますから!もうこれサインしてありますから!」
「…」
人だかりが出来てしまってる。このままだと熊本県に対して悪いイメージが定着してしまうかもしれない。それだけは絶対に避けなければならない。
「…」
とりあえず借用書を取り上げる。ちらっと見る。なんかマジでちゃんと書かれてる。住所と本名と社会保障番号に顔写真。なんで持ってんだ?
「…お願いします」
「…」
いたたまれない気持ちになって、とりあえずポケットから百万円取り出して帯をほどいて十枚渡す。
「ありがとう!ありがとうございます!!」
「…」
僕は今、踏み越えてはならないラインを軽々とあっという間に踏み越えてしまったような気がする。心に悪い感じがする。苦い味を感じた。
「…」
「私にも三十貸してください!!」
「俺にも十!」
「…」
土下座をされた。
「…」
結局のところ、さっきまで手元にあった四百万円のピン札が綺麗さっぱりと消え去った。
「ゆにここおおおおおおォォぉぉおおンんん」
借用書を何故みんなが持ってるかは分からないが、八枚。そして残ったのは、感謝の言葉だけだった。
「…」
ニューベニスの夕焼けがやけに目に眩しく。喉も乾いたので立ち止まってパフェでも買おうとするも、手持ちのお金が無くて購入出来なかった。
「…」
眩しい夕焼けの中、僕はなぜか重い足跡でとぼとぼと船に戻った。
一切の死を経験せず、一切の困難を味わず、一切の手抜きで、プレイヤーキラーの頂点に立った智子は、Realに飽きてポケモンをやっていた。Realにインして、遭遇したプレイヤーを殺して奪う。それだけで、智子の父親は彼女に一番風呂を勧めるし、母親の不機嫌の顔はニコニコ顔、弟に至っては敬語になった。そんな生活が一年を超えると、父には新しい車を。母親にはハワイ旅行を。弟にはPS3とエンドスペックのノートパソコンを買うと、もう家の中は智子の王国と化していた。それでも、智子の生活は前後で変わったものは無かった。
「ん」
どすけべイケメン声優の出場するカジノの大会があるらしい。場所はニューベニスである。世界で一番殺して一番強いPKなので、公共の街には入れない。仕方ないので、カジノの大会のプレイヤーの出場権を獲得するため、カジノ強盗に手を染めたが見事に裏切られた。結果が、最悪のところでも、おそらくは智子の人生にそう影響はなかっただろう。Realにも飽きてきていたのだ。奇遇なところで、お人よしのバカ一匹が智子を助けた事によって、智子の目標は定まった。
「貸しは利子つけて返してもらわないとな」