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第五十八話 債務者

くまモンの着ぐるみを着ていると。人生を考えたりする。着ぐるみを着る前の人生と、後との人生だ。このくまモンの着ぐるみを着ていると不思議なもので、あたかも自分がくまモンなのだと錯覚してしまう。他人から見たらやっぱりくまモンだろう。正真正銘の熊本県のPR用の本物の着ぐるみだし。それまではいいんだけど、着ている本人もやっぱりなんだかくまモンみたいな思考におちいってしまう。


「…」


言葉が喋れないなら、なおさらである。一応、この着ぐるみは装飾品扱いで、ログアウトした時再びログインすれば自動的に着用してる状態に戻れるらしい。一旦現実に戻るか?戻ってもどうだろうか?ツキコモリさん達は色々と忙しいだろうし。ユーチューブの動画編集仲間との接触の一切は禁じられてるし。パソコンはあるからパソコンでニューベニスの事を調べてみるとか?いやいや。ここでも端末でいろいろと調べる事は出来る。それに。現実に戻ってツキコモリさんに会って、どうするんだ?例えば危険な冒険に。


「…」


危険な冒険にも関わらず、僕はラフィアさんもムゲンさんも引きずり込んでしまった。それも、よく考えずに打算的に。安直な考えの基で、生死に関わるような冒険を。


「…」


でも、あの二人。ラフィアさんもムゲンさんもかなり強い。今後の冒険にあの戦力は必須に思える。強過ぎたり、勝ちすぎたりなんてことは決してないのだ。


「…」


そう。気付けば生死に関わる冒険になっていた。今更だけど、すっごいところまでやってきた。


「…」


人通りには奇妙な格好というよりも、奇抜過ぎる独特なファッションセンス尖りまくってるプレイヤーの往来。まばらに行き交う駆動四輪や二輪に馬や獣、見たことも無い生物が走っている道路。


「…」


気のせいか僕は割とその中でも目を引くらしく、結構二度見をされる。熊本県PRくまモンと書いたプレートを胸から下げておいてくまモンアピールでもしておくべきなのかもしれない。Realの端末にはこのニューベニスの詳しいマップが既にダウンロードされており、方向音痴にはならないだろう。紙とペンと吊り下げプレートを求めて百貨店へと向かう。この場所は一般向けらしく、キャッチ―に海でサーフボードやモーターボードで遊んでるプレイヤーもいるし、砂浜ではわけのわからない怪しい座談会やドッジボールをやってたりもしてる。みんなおもいおもいにRealを精一杯遊んでるようだ。


「…」


庶民用らしく、文房具店は田舎の小さな店って感じで落ち着く。ゆっくりと、ひょこひょこ歩いて必要なものになりそうなのを購入する。初めてカードを使ったレシートも渡されてそれを見ると、まだ320万以上の残高が残っていた。思わず喉元を鳴らす。


「…」


それから更に時間があるので、見知らない南国の西洋風の海を堪能すべく、さらにひょこひょこ歩く。エーゲ海とか死海とか、こんな感じなんだろうか。


「…」


更にひょこひょこ。路地裏まであえて歩く。迷いそうなぐらいが丁度良い。そんな中、全力ダッシュで疾走する黒っぽい女性が目に入った。後ろに視えるのは制服を着ているからどこかのセキュリティだろうか。そんなことを思ってると、衝突した。


「捕まえたぞ!」


警備員はロボットみたいな体をしてるが、下半身が四本足になっている。ケンタウロスか。


「ガラス代と賠償金、色々モロモロ込々で300万を今清算して頂きます。できなければ、ニューベニスの法に基づき特許カードを没収します」


「死ね!このクズ野郎!!」


黒い帽子の女性は短い杖をセキュリティに相手どって振っても効果が無かった。


「今あなたと接触しているインターフェースはゲームマスターのものです。一切の法は無効となります」


「クソ!!おい!ここで終わるわけにはいかねぇんだよ!!この!死ね!!」


「300万円のお支払いで清算されなければ、特許カードを没収します」


こういう人もいるのか。立ち去ろうとした瞬間、黒い帽子の人と目が合った。気がした。


「おい!!くまモンだろ!!助けろ!!私を助けろ!」


何言ってんだコイツ…。


「これ見ろ!これ!今季のトーナメントの参加資格証だ!第三層の!今死ぬとここで終わる!だから助けろ!!賞金は折半でいい!契約書も書く!だから…。助けろ!!私を!」


全然聞こえない。僕はとりあえず、通り過ぎ…。


「…」


この300万。僕が使っていいのか。初めて手にした大金。


「…」


何か、価値のあるものに使いたい。


「…」


両親だとか、お爺ちゃんお婆ちゃんにとか。例えば、誰かの…。


「…」


「払えないなら、強制執行します」


「…」


この大金に、そんな価値があるのだろうか。ビッキーと闘って得た金に。そんな価値が。大層な価値が。


「…」


もう手放したくて、使いたくて、手元に置いておきたくなくって。今は不要で。


「…」


僕はひょこひょこ歩くと、カードを差し出した。超資産家の顔を持つラフィアさん。スーパープレイヤーのムゲンさん。きっと資金は用意してくれるだろう。今はこれでいい。これもまた、縁だ。


「…いいのですか?」


僕はこくりと頷いた。


「では。レシートになります」


レシートを貰った。隣を見ると、誰も居なかった。


「…」

現実そのものを塗り替えるフィールドマジック。自身の血肉を代償に新たなる世界を作り変える事ができるそのモノは椅子を常に眺めていた。空っぽの椅子である。そのモノは新たなる創世記の引き金を引く権限が与えられていたはずであった。


「…」


目を閉じて感じる万能感。支配を得意するものにとっての日常。世界そのものの成形に大きく貢献したそのモノは、その特性故に自身の思考や感情、魂すらも既に己が自身の支配へと掌握していた。そのモノの魂も肉体も。使徒としての役割を理解して尚、その特性は、役割以上に大きくなり過ぎていた。


「…」


この地球でバランスを保つという役割も有った。きびすを返して地下へと、地下深くへと向かう。


「…」


目の前の牢獄にはこれ以上無いほどの鎖で巻かれた天使がいた。もっともソレに形など合ってないようなもので、実態が伴うのは特別な鎖による拘束の成果によるものだった。ソレに実態など無い。今形を成して鎖にとざされたソレが天使の姿になっていたのは、ソレを拘束したモノが思い描いた姿にほかならない。まるで邪悪そのもの。人間に敵対する存在そのものを天使の姿と見立てたのは、そのモノ自身であった。


「…」


200年以上前から吸っているタバコは今の文明では最も粗悪な安物に成り下がり、500年前の安物で誰でも飲めるワインは人間が一生涯を懸けて獲得する賃金に相当する。移り変わりの詫び錆びを感じながらも、安い木製のテーブルと椅子に座って一服する。


「…」


そしてまた、踵を返して地上へ戻り、公務に務める。何一つ代わり映えの無い生活が終えると、いつもの時間に仲間とテーブルを囲む。テーブルの上にはトランプ。


「アレから残念ながら変わりはない。そういえば、ジョン。言われた通りの病院に行ったら足の関節痛が治ったよ」


かつての仲間は、もう肉体が限界にきている部位もある。


「良かったな。…どれ。ストレート」


「おいおい。やっぱり強いな」


「変わらない強さがあるな。かつてのテーブルで。30年前からでも、君はやっぱり変わらない強さがあるな」


そのモノは少し寂しく微笑むと。


「次代がいくら変わっても、私はこの時が一番好きでね」


そしてトランプを弾く。


「こいつだけは、なにものにも支配されない」

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