第五話 はじめてのボス戦を頑張る初心者パーティ
ぶかぶかの白いローブを上から羽織ると、なんかいい感じになってきた。杖を持つと、なんだかやたら知能指数が上がったような気分にもなる。
「似合ってないですね~」
白いローブを着たヒーラー。これで僕もいっぱしのVRMMOプレイヤーなのだ。これで魔法も出せるし、戦える。っていうかヒーラーって攻撃手段どうするんだろ。ツキコモリさんは長剣を眺めてる。剣をオーラで覆って色付けしたりしてるし。なんか。ちょっとツキコモリさん、VRMMORPGのRealの通常のゲームの遊び方からちょっと外れてる気がするような。剣が赤くなったり青くなったりしてるし。それを見てミルフィーはなんかコメントしてないし。強引に職業の話題を振ったりしてあーだこーだ言ってると、ツキコモリさんが時間を気にする素振りで言う。
「どれぐらいでつくの?」
「2時間ぐらいですね~」
「馬車無しなら?」
「間に一つ水晶の町ボーエンがあってそこまで一日かそこかぐらいですね~」
「そろそろ今日はログアウトしないと」
「そうですか~では近くのボーエンで一旦停まりますよ~」
ミルフィーさんはドアを開いて外で運転してるドライバーさんに行先変更を告げた。
「僕もそろそろ落ちるかな」
運営にバグかどうかの不具合かの問い合わせもしないといけないし。
「明日は土曜日ですし~明日午前九時の日本時間でボーエンのカフェテラスで集合しますか~」
「ま、まぁいいけど…」
凄まじく自然体な流れで決定された。武器なんかの装備品一式を貸しとはいえ、奢ってもらったのは大きい。なんでミルフィーさんが仕切るんだよ!なんてとても言えない。ひょっとしたら主導権を握られてるのかもしれない。もう既に。
「ツキコモリさんは?」
「分かった。もしログインしてなかったら、先にイースターヴェルに向かってて」
そういう時はメールしてよ。あっ。連絡先を聞いてなかったっけ。僕のメアドはこれなんだ。これなんだ~。暇な時でもメールちょーだいね。なんて。なんて、なんて!言えるわけがなかとです。
「フレンド登録からケータイのアドレスにメール送れるから。そこから連絡入れる」
「そういう事できんだ…」
うわ。フレンドってそんな感じ?そんな感じなんだ!?濃厚だ。ってことは既にお互いの現実での連絡先を交換してるも同然だということか。うわ。ドキドキしてきた。生唾を飲み込んでから、僕は別の話題を強引に振った。
「ここまで戦闘シーン一切無しっ…!」
思いっきり言ってやろう。なぜかはわからないが、そう思った。
「クエスト屋でやらなかったんですか~?害虫討伐や護衛クエストに探索クエストあったんですよ~?」
「リアルマフィアに絡まれて出来なかったでしょ!?」
「そんなこともありましたね~」
「あったんです!ちょっとしたチュートリアルチックなやつでもいいから、魔法ってやつをちょっと使ってみたいっていうのはあるんだよね」
「現実で?」
「Realで」
ツキコモリさん、それってひょっとしてギャグで言ってるのかな?
「そりゃ切った張ったは得意じゃないけど、それでも、ファンタジーでしょ?ファンタジーなんだからさ。もっとそういう能力系バトルとか…」
一応Realは固有の一つだけの能力を駆使して戦うというよりは、いろんな魔法やアイテムを戦略的に使っていって戦ってくらしい。最も、速さに特化したプレイヤーや防御力に特化したジョブなんかは特別な仕様といえるかもしれないけど。
「能力系バトル好きなんですか~?」
「嫌いな人はいないよ。ファンタジーの醍醐味だよ魔法とかスキルとか詠唱とか」
「私なら敵は物陰に隠れて殺します~。敵に姿は見せたくないですね~。ドヤ顔で厨二センス丸出しの能力名を言って自分の口から能力を懇切丁寧に説明してあげるのもありえません~」
ちょっと興味あるところを正論言われた。
「そういうのが格好イイんだよなぁ…」
「まぁ。マッキーみたいにヒーラーや直接の攻撃手段を持たないプレイヤーは逆にアリかもしれないですけどね~」
ねーよ!ってジャンプを読む度に思っていたが、流石に折角のVRMMOなのである。相手に名乗ってドヤ顔で能力名をバラして格好イイ台詞を言って立ち去りたいのはもはや憧れの一つであろう。多分やったら滅茶苦茶気持ちいいと思う。いや、やるべきだ。だって格好イイから。リスクだとか理性だとか効率といった戦略の先に来るのがセンスなのかもしれない。まぁ思ってるぐらいはいいよね。
「攻撃手段を持たないプレイヤーっているの?」
「能力の都合上そういう場合は端末を召喚獣と見立てて攻撃手段を行う事が許されてます~。小さいですがミニドラゴンとか版権キャラクターとか皆さんやってますね~」
「版権キャラクター…」
いいのか…。それ…。聞かなかったことにしよう。
「ドラえもんが闘うの?」
「ドラえもんに酷似したキャラクターが闘いますね~」
「やばいね」
「ですね~」
絵的に!?版権的に!?世界観ぶっ壊す的な感じに!?こんな場所でドラえもんに殴り殺されたらもう二度とログインしたくなくなるよ!?
「ドナルドとか?」
「スティーブンキングのイットとかもですね~。でも、それやるなら大体コスプレやっちゃいますね~」
「初期の村でもメイク屋とかあったもんね。血まみれの服着てる人達も居たし…。職務質問待ったなしってやつだよ」
まぁ楽しんだもん勝ちってやつだよね。
「個性的」
「PKにとってキャラクター付けは大切らしいですからね~。より怖くみせた方がきっと楽しいんですよ~」
「ゲーム楽しんでそうでなによりですよ…」
毎日仮装大会でハロウィンならハッピーだろう。渋谷はお祭りパレード一色だし、道行く人のヤバイファッションもその日一日限りならば許される。職務質問だってやらないだろう。皆バカになる一日なのだ。まぁこれは渋谷や新宿に限っての話。これが佐賀県にまで広まれば世界の終焉も近くなる。侵されるべき聖域は、不変であるべきなのだ。それを、あろうことか、海外の奇妙奇天烈のフェスティバルなんかでぶっ壊されてたまるかってんだ。
「オタクは年二のコミケで十分さ」
しまったと思った。つい声に出してしまった。
「…」
ミルフィーとツキコモリさんは外を眺めている。僕のウカツな発言をスルーしてくれてる。いや。
「なにあれ?」
「え?」
僕も外を見た。紅い。
「…えっ」
上を見ると、空が燃えていた。空一面が真っ赤に、まるでマグマのようにぐつぐつと煮えたぎったような色合いが見て取れた。今は夜。そう、夜なのに。
「Realって凄いね」
「初めてみました~」
それから、その燃えたぎるような空が薄くなって、墨汁を垂らしたように黒くにじんでいき、そのまま夜の空へと戻っていった。そしてぽつぽつと雨が降り出した。
「雨もあるのか。凄いな」
雨も雷もあるのだろうか。このVRMMOってマジで凄いな。現実どころか超越してる。これで空まで飛べるとかいったらどうなるんだろうか。
「うん」
「こんなのあるんですね~」
「ミルフィーはずっとやってて初めてってぐらいだから相当レアな演出なんじゃないかな」
「これも絶景」
「ですね~」
そんな事を言っていると馬車の速度が遅くなり、やがては停止した。客室の扉が開くと。
「悪いねお客さん。これ以上は進めねぇや」
カワイイライオン頭のドライバーだった。こういう時ってもうちょっと年季の入ったおっさんだと思うけど、なんかシュールな感じがした。どことなく現実感が見え隠れする不思議な感じ。
「あっ」
雨降る街道の真っただ中にもくもくの雲のモンスターがいた。モンスターの上には赤い文字で『もくもくの嫌気』と書かれていた。子供の絵本から飛び出たような感じだ。灰色の雲に目玉が二つ、ぎょろぎょろと動いてる。
「あちゃ~。特殊モブまで湧いてきちゃったか~」
「折角だから闘りますか~」
「やめときなって。ここらじゃノンアクティブだから攻撃して怒らせない限りは襲ってこないから」
ドライバーさんの台詞の途中でミルフィーは躊躇無くその赤文字モンスターに弓を構えて矢を引いた。
「なにしてんのぉぉぉおお!!?」
ドライバーさんの絶叫にも似た鋭いツッコミの後、『もくもくの嫌気』の二つの目玉がぎょろりとこちらを向き、ゆらゆらと近づいてきた。距離はおよそ10メートル。
「これはバトルじゃありません~。セミナーですよ~」
「高い金取られそう」
「おいおい!しょうがねぇなぁ。お客さん武器構えろよ!」
馬車から飛び出し会敵した。
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もくもくの嫌気 ルーキーエリア 雨のみ出現 スペシャル 危険度小 レベル20
HP 1憶
ルード1 プチサンダー プチウォータ
ルード2 ちょっぴりでっかいサンダー ちょっぴりでっかいウォータ
ルード3 とびきりサンダー
ルード4 抱きつきウォータ
ルード5 どでかいサンダー
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「ちょっ!戦闘なんて初めてなんだよ!」
「その杖で円を描くように振ってください~。回復する祈りが通じればふわふわのわっかができるので、ダメージを負ったキャラクターにそのわっかを輪投げしてくださいね~」
「えええええ」
できるのか。やれるのか。バカヤロー!
「俺が引き付けるからお客さん達で倒しきってくれよ!」
「パーティか」
「くッ。やってやる!」
「最低でも5メートルの間隔を空けてください~!巻き添え攻撃の後は固定攻撃を四人で攻撃を受けて分散させますよ~!」
「どーゆールールだよ、わかんないよっ!」
「私が指示を出しますので頑張って動いてくださいね~?」
「この敵と戦った事あるの!?」
「色違いの高レベルをやりました~。大体同じなので慣れてますよ~」
ドライバーのおっちゃんが駆け、のっそりとやってくるもくもく野郎に攻撃を放つ。長剣を装備していた。かっこよく激しい炸裂音と共にもくもく野郎はのけぞった。
「…」
「こいつ…時限タイプか!」
「ですね~。みんな頑張って耐えてください~」
ばちゃばちゃと水音を立てながら敵を囲む。ドライバーさんが引き付けておいてくれてる。
「時限って…ジゲンってなんだよ!?」
「一定時間耐えれば勝てます~。それまで頑張りましょ~」
「突っ立ってるだけ?」
「それを避けるための攻撃分散や範囲攻撃なんですよ~」
「わかった」
「つまり僕は何をすればいいんだよ!?」
「ドライバーのライオンさんを回復してあげてくださいね~」
「くッわかった」
真っ白な稲光が走った。雨が靴の中にまで入ってくるのを感じながら、ミルフィーの貸しである杖を円を描くように振ってゆく。回復。回復!回復!!ダメージ削除!ダメージ軽減!防御アップ!
「…!」
すると、杖の先には輪っかが出来ていた。これが、魔法。魔法使ってる!魔法!魔法!!魔法か~ッ!!
「うおおおお」
敵を攻撃してるドライバーさんに投げると、そのままの勢いでドライバーさんの周囲で弾けた。
「え?」
ブーメランのような魔力の塊が出てきてドライバーさんの周囲でぐるりと回って弾け飛んで行った。この能力ってヒーラーの回復魔法を使ってるはずなんだけど、その効果が使用者である僕にはいまいち分かってなかった。そもそもドライバーさんはダメージを受けてないんじゃあないかっ!?初めての戦闘イベントで緊張して先走ってるんじゃあないかっ!?
「そんな考えてるうちに…」
ピピっと音がした。僕の周囲に黄色い電気のような、もやが発生してる。
「皆さん~マッキーのところに集まりますよ~。黄色いマーカーは皆で集まってダメージ分散しますよ~」
皆が僕の元に水しぶきをあげながら駆け寄ってきてくれる。
「これが、魔法…」
僕の周囲のサークルが段々と大きくなり、それは僕達四人を包むほど大きくなった。
「ショックが来ますので注意してください~」
「うっ。うぅ…」
来る!そう思う。電撃が来る!ダメージが来る!電気の攻撃が来る!痛みがやってくる!
「ぐっ」
敵から一直線に視認できる雷撃が放たれた。避ける事はできないのか!?
「う」
全身に張り手を受けたようなダメージ。だけど、正直ダメージらしい痛みは無かった。ただ。
「はぁはぁ…」
息切れしていた。
「疲労してる」
「ですね~。赤マーカーが来ましたね~。次は大きな範囲攻撃が来るのでドライバーさんから離れてください~」
ドライバーさんの身体から赤いもやみたいなものが出ていて、それが敵モンスターにつながってる。
「ほいよ!」
ドライバーさんは小さい体を躍らせてあっという間に20メートル先まで離れた。そこで敵からの雷撃攻撃を受けた。これもまた視認できた。避ける事はできないのだろうか。たしか雷の速度は光の速度と同じぐらいだったような…。それなら不可避だ。
「私が攻撃してフェーズを速めましたので~次はそのままの状態でいてくださいね~。ドライバーさんお願いします~」
「あいよ!」
再び僕の周囲を青いもやが覆ってきてる。敵を見ると、もくもくは魔力かオーラみたいなもの青いものを口から吐き出し、僕達四人の足元ぐらいまでまとわらせてる。粘着テープで足元を縛られたようで、動けない。
「そのままに動かないでください~!ドライバーさんは自力でお願いします~」
「あいよ!」
「サマーキャンプ、クラスルーム、教室、プールサイド」
ミルフィーは何かを不明瞭な何かを呟いてる。これって…。アレか。アレなのか。
「血諦打」
ミルフィーの構える弓が赤黒く変色し、矢は三本かろうじて見えた。矢じりから空間を歪めるほどのもやがでていた。温度かオーラか何かか凄みか。もちもちぽんぽん野郎が格好良く見えてしまう。
「…」
敵の姿が大きく3倍以上5倍はあるか?大きく膨れていた。身動きは取れない。これって敵の魔力や体力全部使って爆発させる滅茶苦茶ヤバイ魔法なんじゃあないかっ!?
「…」
一瞬白く眩しく閃光が走った。その後、敵は、居なくなっていた。あっけなく。終わってしまった。終わった後ならどうとでも言えるけど、やってしまえばものの五分で終わったところだった。爆発音や炸裂音も無しだった。
「なるほど」
ツキコモリさんを見た。
「ルールのコツが分かった」
僕はそんな厨二発言にほっこりして、ちょっぴりだけにんまりした。
「お客さんフェーズ飛ばすとはやるねぇ。ふつーできないよー?」
「ダメージ付与は得意ですからね~」
「いやぁ。ありゃもっと…。どっちかっていうと打ち消したような…」
「火力も突き詰めるとなんでも攻撃することになりますからね~」
心臓の音が高鳴ってる。鼓動が聞こえる。耳鳴りがした。多少のふらつき、ちょっとしためまい、最大の高揚感。世界が変わった。脳の図式が一つ変わった。新しい価値観。腕を生やして、足を生やして、目玉をつけて、脳を得ても、まだ、僕は十分じゃなかったのか。
「これほどとは…」
心臓の早鐘がひどい。こんなことって、初めてのマスターベーションを凌駕してる。生まれたという感覚、この世界に生まれ落ちて17年と少し。ようやく手に入れた第六感。
「…」
ツキコモリさんの体からゆげが出てる。もこもこぽんぽんからも、ドライバーさんからも。これって。魔力ってやつなんじゃないか?自分の手を見ると、確かにゆげが出てうごめいてる。
「魔法を使ったんだ」
手に力を込めると、腕全体にゆげは集まり、殴打の強化を予感させるものとなった。
「…」
絶対無敵の能力を得たような、超能力バトルマンガの主人公もこんな感じなのだろうか。僕はそんなファンタジーの主人公になった気分になった。
「…」
どれほどの力が湧き出るのだろうか。心から体から魔力の巡りを感じる。こんな対流が僕の身体を巡っていたのかと。これほどまでに力強く。僕を影から支えてくれた。感謝感激雨アラレ。世界の真理に一歩進んだ。この力。
「覚醒した…」
僕は呟いた。
「覚醒した」
「覚醒した~」
「お客さん、うちはそういうサービスやってないんだよ。養殖やりたきゃ、それ専門のサービスがあるよ!最寄りのボーエンに向かうね!」
「…」
右を見ると白いわたあめぽんぽん野郎が僕を凝視している。
「覚醒した~」
「…」
「…」
独り言を聴かれていた。滅茶苦茶恥ずかしいぞ。
「シークレット賞覚醒しちゃいました~?」
「…」
僕は黙るしかなかった。喋りたくない。もう…恥ずかしさで顔が赤くなっているだろう。こういう時に煽ってくるやつは本当にわたがしぽんぽん野郎だな!そう思った。
「マッキー、覚醒は最終話までとっておいてね」
「変なフラグ立てないでよ…」
ずぶ濡れのまま馬車に入って、それから可能な限り押し黙って馬車で過ごした。その間、覚醒したって煽りを白いぽんぽん野郎から二度ほど受けたがどうにかスルーしてやった。四回ぐらい煽られた事は根に持ってやる。
「…」
気付けば、白いゆげが身体から消えていた。
「魔力管理はできたようですね~。オンとオフの切り替えが重要なんですよ~。ぱちぱち~」
「…」
「魔力管理が出来ない人も一定数いるから良かったですね~」
「その切り替えが大事。じゃないと、魔力の垂れ流しは魔力切れを引き起こすから」
「そうなんだ」
「そうなったら一日二日寝込む事になるよ」
「魔力切れの事をダウンプアって呼びます~。体力切れ同様にばったり倒れちゃいますから気をつけてくださいね~」
「えらい客乗せちまったなぁ…」