第四十三話 ちぐはぐな二人
二日ぶりのReal。真夜中。ドゥルーガの秘密基地、PKギルドマスターの食事処。蒸し暑い常夏ジャングルの気候。
「随分待ちましたよぉ」
「わっ」
驚いた。後ろを見るとビッキーが顔を紅くして手を振ってる。寒気がした。意味も分からず。
「えっと。ごめん」
「ここって本当はログアウトしちゃダメな区画だっても言ってましたよ、マーメイリ―さん」
「あのチビッ子が本当にプレイヤーキラーの首領というのは結構未だに信じられないなぁ。…あの。ビッキー。もしかして、結構ずっとここRealで待ってたの?」
「ですよお」
そう言ってジョッキに黄色い液体をぐびぐびついでる。
「で。どーなったんですかあ?」
「なんとかなった。こっちは」
「何か言う事ないんですかぁ?」
「え?」
そういう事を言われる場合。大体ギャルゲーでの場合は、大抵何かの借りを見ず知らずに作っているケース。
「一人にしてごめん、急にログアウトもしちゃって」
「そーゆーことじゃあないんですよねえ。まあ。なんとか生きてるなら、いいってことでしょうけどぉ」
変な香りが漂ってる。ただのアルコールじゃない。シナモンとか柑橘系の匂いがしてる。
「ほんっとごめん」
「はあ。これ一個貸しですからねぇ。本当はこの私が直々にここで待つとかもありえないんですけどねぇ」
「ごめんって」
手を合わせて懇願。そーいやマジでビッキーと…。あ。そうだ。この人って、ナチュラルに心の距離が縮む能力が作動するんだっけっか。普段僕ってこんなことやんないし。
「まぁいいですよぉ。出発しますかぁ」
「だね。あ。そうそう。もう一枚連絡カード無いかな?すぐ会いたい人がいて」
「誰ですかぁ?」
「ドラマティックな展開で、ロマンスがのっかってる感じの関係の人です…」
「は?」
思いっきり足蹴りされた。マーメイリ―さんの秘密のダイニング小屋の壁が抜け、そのまま洞窟の外までぶっ飛ばされた。ガードは成功した。それを遥かに超える攻撃力が、僕の体重を軽々とぶっ飛ばした。
「…うっそだろ」
鈍感系主人公じゃないつもりだ。ビッキーが嫉妬で攻撃してきてるのがなんとなくわかった。ここに来て、僕、モテ期入ってんのか。好きになられた女の子に、最近よく蹴られてやしないか?どうしたってんだ。一体。
「…」
ごろごろと砂利道を転がって木にぶつかって止まるまで考える。いくらなんでも、蹴らなくってよくないか。酒癖悪すぎだろ!
「どうしよ」
逃げるにしたって、船には操縦手が必要だ。逃げる事はできない。なんとか、がぶりよりで仲直りするしかないが。どうして不安な気持ちになったのか分かった。ビッキーにすまない事をさせた。待たせてしまったのだ。
「どうしたらいいんだ…」
秘密のダイニングの入り口でビッキーを待つ。待つ間に考える。五分間考えても良いアイディアは浮かばなかった。十分経っても浮かばない。
「もしかして寝てんじゃないだろうな…」
壁をぶっ壊したダイニング小屋まで恐る恐る行ってみると、案の定、寝てた。
「今度はこっちが待機モードか」
マフィアのぼんぼんは居ないし、マーメイリ―さんも居ない。
「アニメだとここでおぶって、船まで戻ったりするだろうな」
女性の体を無断で触った挙句おぶるなんて、僕には到底できない芸当だ。このまま待つしかないか。
「マジバトルよりは遥かにマシだよね」
一刻も早く、ツキコモリさんに会わなきゃいけないのに、僕は何をしてるんだろう。違う他の女の子が起きるまでの寝ずの番なんてやってしまってる。どーかしてるよ。ここはエキスパートエリアだから、特別な手段が無い限り交信も出来ないし。
「世界の果てで、一体何をしてるんだろうか…」
ちょっと失敬して一杯拝借。うーん。まずい。もう一杯。
「こんなマズイもんよく金払って飲むよな…。20歳超えたら頭がバカになるのかな…」
ジュースの方が遥かに美味しい。最高。もう一杯。無銭飲食もだけど、この壁、修理代も高くつきそうだよな。ビッキー金持ちそうだし…。あ。一応貰ったカードに300万ぐらい入ってんだったっけか。このカードを置いておこうか。うん。そうしよう。
「ビッキーも、どうして蹴るかな…」
感情を素直に表に出せて羨ましい限りだ。怒るのって出来ない。
「…」
整った顔に整えた髪。ちらっと見るだけに留める。
「早く起きてよね…」
一時間、ずっといろいろ考えてた。これからの人生のこと。ヴァミリオンドラゴンのこと。理由だとか、あれやこれや。
「…あ。おはよー。起きるの早いね」
「…」
ビッキーはすくっと立ち上がってつかつかと出口へ向かって、からんからんと音を立てて出て行った。
「ちょ!」
そのまま無言のまま秘密基地を出た。それから無言のままドゥルーガも出た。そして無言のまま6時間以上経過して、砂漠の大地へと降り立った。港町。活気盛りだくさん。僕の心はなんだか寒い隙間風が吹きすさんでる。怖い。
「…」
港街に降り立った後、ちらりと後ろを見た。多分、ビッキーは無言で船を出港したり…。するはず…。
「…」
まだ居た。最初の一時間は相当あれもこれやと謝ったし、最後にはちゃんと頭も下げた。でも、なんかずっと無言だし。女性がこういう風になるっていうのは、一度母が父に対してガチギレした時あったぐらいだ。あれは三日間続いた。
「あ、ありがとー。ビッキー。ここならアドバンスエリアでいろいろ通信機能も使えるし、イースターヴェルにも陸路で行けるし…」
「…」
まだ怒ってる。が。ここに来て。脅威の閃きが天啓として降り立った。もしかして。もしかしてもしかして。
「…」
まさか。あれ。寝てなかった?あの時寝てなかった??ひょっとしてもしかしてあれって。もしかすると。そーゆーの?そーゆーのだった??
「…」
いやいやいやいやいや。まさか。…でも。
「…」
く。
「…」
「…」
もしかして僕は、彼女の大切なプライドを傷つけたのか?
「…」
「…」
僕は港町から再び船に乗った。大氷河期も真っ青な寒い寒冷期盛りの船。
「好きなところへ行ってよ。ビッキーの好きなところ」
船は出航した。大海原の先には暗雲が垂れ込んでいる。
「…」