第三十九話 戦人
猛攻。凄まじい攻撃力、破壊力、速度、圧倒的。人間離れした強さ。迫力、威圧、共に十分。体を捻って生み出される威力はこれまで体感した事の無い異次元の攻撃。肌で感じるその圧倒は留まるところを知らず、段々と早く、更に早くなってく。
「…まるで」
「ほぉおおおりゃああああああああああ」
幼稚園の遊び場だ。
「…」
ダメージゼロ。どこまでいっても、痛くも痒くも無い。お情けで攻撃を防いでるように見せてるだけ。人間離れした攻撃?これまでにない異次元の攻撃?
「…」
僕だぞ?この僕だぞ?
「ほりゃあああああああああああ」
とりあえず、左に一撃。お腹に。ダメージが丁度入る程度。きれ~~いに入れてあげよう。
「…っふ!」
ひらりと避けられた。
「…く!」
左の脇腹をえぐるつもりで左の蹴りを思いっきりやってのける。が。これもまたひらりと避けられた。
「…ほほ」
ただの攻撃の応酬だけじゃない。ダメージを与えられない。
「ひょっとして、予知かな。爺さん、僕の攻撃のモーションが視えてるでしょ」
「ほほ。よく分かったな!すごいすごい」
バトルマンガじゃありがちなんだよ、そーゆーの!
「だったらもっと早くいく」
「マッキー!」
ツキコモリさんを見た。気付けば周りにギャラリーが出来てる。割と楽しく闘ってた。ジョギングをするような感覚か。ゲームをしてる感じか。結構時間をかけてたと思う。もちろん、僕は、この爺さんの気の済むまでやらせてあげようと思ってる次第だ。一応、サークルが運営してる特別養護老人ホームは僕もバイトで勤務した事がある。ご老人には長生きして、小さな楽しみの中でも立派に生きて欲しいと願ってる。うちのサークルの副次的なボランティアで介護疲れで家庭内不和が出た場合に限って安楽死をする事だってあったりする。他人が口出しするような問題ではなく、家の問題だ。それほど家の問題は根深く解消しにくい問題もある。この場合は…。
「…っふ!」
かなり早く、ジャブに近いような感じの拳をご老人のお腹に打とうとした。打った直後に、二の腕にオーラが当たり、攻撃がそれた。武術。近代格闘術ではない、技。僕も佐賀県で幼少の頃、本武流柔術を習ってた。小さいながらも体感して感動する数々の技。今でもたまに、握手をした相手に重さを乗せて膝をつかせる技なんてやったら、結構受ける。いじめられない秘訣は、強さの獲得。その一点。身を守るための技術。これは男にとって、必須科目の技。
「ほほ!」
足を払われて、転んだ拍子、顔面に一発もらった。鼻血が噴き出て、前歯がぶち折れる感覚がした。
「どしどし調子出てきたのぉ~~~~」
「そばよがった……ぼぐもだよ!!!」
楽しいと思ってるだろう。楽しいと考えてるだろう。分かる。理解できる。
「ほっほ!」
僕もそうだ。なんて楽しいんだ。暴力を。力を。思うまま振るう素晴らしさ。折り、壊し、潰し、殺してしまう、数々のものの所作。これが、こんなにも、思う存分、気の済むまま、いくらでもぶつけることができる、この喜び。
「っは!」
腕を取った。思わずにやり。潰してやろうか、それとも羽交い絞めにしてやろうか。これで僕の…。
「っほ!」
逆手を取られて、重さを逆に反転させられ、僕の方が腕を取られた挙句、膝をついてしまった。
「実戦で合気をやられるとはね、感動だよ…!」
「ほいほい~~」
気の済むまでやらせてあげたい。思う存分。だからこそ、どれでも、どこまでも、いつまでも、付き合いたい。
「ははっ」
最強を自負するなら、その義務がある。爺さんを介護するって、つまりはこーゆーこと。
「ほい!」
赤いオーラが変貌し、武器の形に成った。それって、槍?
「早いぞぉ~~~?」
ステージが一気に上がった気がした。それでも、僕は、その突きを、なんなく、避ける。弾く、いなす、反撃する。
「ほほ~~?」
息を切らしてない。この爺さん、マジで人間離れしてる。あの洞窟に住んでるといったか。既に人間じゃないのか。いや、人間だな。僕はもう違うけど、この爺さんは正真正銘の人間だ。なんて素敵な老後だ。見直したくなるような、人生設計。
「一気にゆくぞぉおお!」
今日は特別な日だ。今日は特別な日だろ。お爺ちゃん。あなたの生涯をかけて育んだ武術が、今ここに大成している。永遠に使われない技が、今ここに、日の目を見てるという特別。
「っふ!」
槍をぶち捉えてぶち折った。
「ほっほっほ…」
人間相手の実戦は初めてのはず。それを、こうまで流暢に扱えるとは、孤独じゃ到底無理な話だと思う。あの洞窟の先には一体何があるんだろうか。
「どうやらお前さんが、待ち人じゃったようだ…。随分待ったぞ…」
それから倒れるように座り込んであぐらをかいた。骨と皮だらけの老人が、これほど。
「いざ、千年の禍根に終止符を打たん!ゆくぞ!若人!そして梅田家よ!」
「お供しますよ!!!」
この爺ちゃんが先陣切ってくれるなら、これほど頼りになることはない。ツキコモリさん達ギャラリーを見ると、ぽかーんとしてる。
「…」
僕達二人との明らかな温度差を感じ取った。
「一人で何やってんだ?」