第三十八話 厄介な身内のご老体
毒気こもる洞窟には不釣り合いなほど、甘く爽やかな藤の匂いがすっきりとしている。洞窟前まで僕達はやってきた。
「黄泉比良坂と呼ばれているけど、多分仮称なだけ。梅田家が管理、秘匿しているけど、副次的な効能で、この周囲一帯には、異界の草木が生えてくるケースもある。私の祖先が施した封印は、人間に害をもたらすモノだけを遮断する壁。副次的なモノは福をもたらし、富をもたらし、日の目はみえない影の栄華を誇ってきた」
少し悲しそうな顔をツキコモリさんがしてるので、僕もなんだかしんみりしてしまう。
「封印は150年の間一度も破られてないという伝承がある。多分本当。この先の瘴気は、人間の皮膚を傷める。それでも一度は、この洞窟の先で、瘴気が漏れるのを防ぎ、厳重に壁を作った実績がある。そう聞かされてる」
「そうなんだ。凄いと思う」
「私は違うと思う」
「えっ?」
セオリー通りの昔話、日本昔話でありそうなストーリーだと思うんだけど。
「私達は祖先は、この先がやってきてるんじゃないかって、最近思う」
「人間じゃないってこと?」
「姿形はこのままの雛形でも、この注連縄、本当は一年に一度取り換えるの。秘密に」
「瘴気が漏れるけど大丈夫なんだ?」
「うん。私達の一族は、瘴気に対して、むしろ活性化する事が分かってる。これも秘密だけど」
「な。なるほど。なんか、よくありそうな物語になんか良いオチがついてる感じがするね。この洞窟から漏れる瘴気を塞ぐ事は、世界を救うってことだと思うし」
「私もよく考えた。もしかしたら、この地にやってきた私の祖先が、きっと、この近くの誰かを好きになったんじゃないかって。そうして、自身の子供達の血肉を生贄にしてでも、この場所を守りたかったんじゃないかって」
「…そうかもしれない」
「物心ついた時から、この先には何があるのか知りたかった。ずっと先、いつか分かる日が来るんじゃないかって思ってた。多分、今がその時かもしれない」
「えっ?」
「行こう」
突然言われた。マジで?なんの準備もやってない、こんな最中に?
「準備はしてないし、ご飯とかも」
「お腹すいてるの?」
「そうじゃないけど、その、万一の事を考えて、ツキコモリさんのお父さんとお母さんに一言挨拶してからの方がいいんじゃないかって」
「行く前から死ぬ事を考えてるの?」
「そうじゃない。僕は大丈夫。だけど、前人未踏の洞窟の中で、少なくとも、150年封印された未知の洞窟で、ツキコモリさんを守れるかどうか。ここは、僕達二人だけで進むんじゃなくって、皆で、人類の叡智を使って進むべきなんじゃないかって思うんだ」
「確かにそう。ごめんね」
「いや。いいんだよ」
「私、ゲームするんだ」
唐突に言われた。え?ギャルゲーとか、か?まさか。まさかまさか。別に僕はかまわないよ。例えどんな趣味を持ってたって。
「テイルズはノリで解決するものだから」
「…分かる」
マジでテイルズのノリでこのまま何の準備も無しに、このヤベー洞窟の中に方法も手段も分からない内になんとかしようっていう勢いが凄いと思う。本当に、一直線になっちゃってる。ツキコモリさん。リスク管理が出来てねーぜ。そう思ったが口には出さない。
「戻ろう。いろいろと確認しておきたい事もあるし」
「そうだね」
夫婦円満の秘訣は何か?高齢長寿の夫婦に聞いた結果が、我慢だった。我慢。これほど深い意味を持つ言葉も珍しい。でも、きっと、それはツキコモリさんだって同じだと思う。僕に言いたい事は山ほどあるんだけど、多分言わないだけだと思う。きっとこれからも、そうなってくんだろうなって思う。
「この藤は魔を清める効果がある。浄念や浄霊の場所には最後の土地だとも」
「へぇ。そうなんだ」
日本庭園を横切る、短い橋を渡る。見たことも無い見事な鯉が泳ぐ苔むした池を通る。信じられない大きなつぼみを持つ怖いぐらいの花もあった。ジャングルの奥地かってぐらいの不気味な花園も。ただ、いずれにせよ、匂うのは藤の香りだけだった。魔を払うとは、かなりの深い含蓄があるのではないだろうか。実は狂暴な花も狂暴な鯉も、鎮めていたり。
「あっちは研究所。異界についての分析をしてる」
見ると近未来的な建物が場違いにあった。
「ねぇ」
「何?」
「どうしてそこまでしてくれるの?」
「僕にもよくわからないんだ」
「そう」
本当は分かってるし知ってる。だけど、我慢する事も大切だ。こうあるべきだって思ったなら、そのた通りに生きるのが、男の生き様ってヤツだ。そっから先、どう転んだとしても。
「…」
随分、遠くまできちゃったな。これから、どこまで行くんだろうか。
「もし」
振り返った。振り返った先に、お爺ちゃんが居た。
「はぃ?」
「ひいおじいちゃん」
目と鼻の先。突然現れた。一歩下がって、頭を下げる。
「東雲末樹です!16歳!高校生です!」
「ほっほっほ」
頭を上げた。お爺ちゃんから、赤いオーラがほとばしってる。
「100年待ったが、おぬしがそうか、また100年待つのか…。試させてもらうぞ」
「ひいおじいちゃんさん!あの!そういう事やるんですか!?ちょっとツキコモリさん止めてよ!」
「ひょひょ…」
「ひいおじいちゃんは洞窟内部で瞑想とかしてるの。滅多に人前には現れない。マッキー。捕まえて。死なない程度に殴っていい」
「えええええええええええええ」
なんつー事頼むんだっ!?
「視える。視えるぞ。お主の中から蠢く別の生命が…」
「マジかよ…」
僕は両手を広げて前に出した。ひいおじいちゃんにも見えるように。
「これが…」
グーを握る瞬間に翼を生やす。ドラゴン変化第一形態。早着替えと思われないように。
「ヴァミリオンドラゴンの力です…。東雲末樹です…」
「最近のガキは手品が上手だのぅ…ほっほっほ」
「…ぇ?」
オーラも燃えてる。翼も出てる。明らかにヒトじゃない状態だ。並みの一般人なら写メを取ろうとするよりも先にまず逃げるだろう。これでもまだ早着替えだって言うのか?今の僕はくまモンの着ぐるみなんて着てやしないぞ…?
「ほい」
手のひらを突き出された。なんか出るッ!そんな感じがしたの避けた。
「若いもんが、この爺の細い腕を怖がるか。こんなもんじゃ。最近の若人は」
大体僕がいらっとする言葉に、一括りに評価される事を嫌う。最近の高校生は~だとか、最近の一人っ子は~だとか。このおじいちゃんは、僕を、最近の平均的な高校生だと?
「最近の高校生は翼なんて生えないぞ、お爺ちゃん…」
「そうなんか?ほほ…」
この爺ちゃん…。さっきから…初対面の人間に対して…。僕が織田信長なら斬り殺してるぞ…。
「ほいっ」
「…」
「ほいっほいっ」
舞?演舞?空手?
「採点しちゃろう。その前にその生えとる翼を外しなされ!親が泣くわい。ピアスみたいで…」
「親の前ではやんないよ…!!!」
足にオーラを集中するのが視えた。爺の握り拳が一撃、僕の腹めがけて飛んでくる。楽々と右手で止める。
「…」
鈍い音と共に骨が割れて拳から出ていた。
「こんなもんじゃな~~っ?最近のガキはのぉ~」
ドラゴン変化第二形態…。
「使用時には、常任理事国の担当者の即決が必要とされる。保持されてる場所が米国だそうだ」
「アーティファクト、物なんですか?」
「さぁどうだろうな。少なくとも、人間じゃないな」
「ジョークが好きですね」
「違いねぇ。ここに人間っていう人間は居ないってのに」