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第三十七話 年頃の少年と娘さん

何も喋れない時間が十分は過ぎ去った。ツキコモリさんは相変わらず綺麗だし…。旅館の最上級の部屋で、男女が一室で、まことけしからん状態の中で、同じ時を過ごしてる。瞳孔が開いてるだろうし、おそらく僕の心臓は既に、有事を意識した鼓動へと変貌を遂げているだろうし、僕の一部は既にその細胞は多細胞は、機能を果たすべく重い腰を持ちあげつつあった。いや。それはないか。むしろ精神の方が、飛んでるのかもしれない。この人生の一大事。


「…」


かこん。ししおどしの音が聞こえた。


「…」


そうだ。僕はこの場所に、遊びにきたんじゃない。ツキコモリさんに会いに来たんだ。そして、すべきことはあの関西の人から教えてもらった。


「マッキーはさ」


「うん」


「ずっとここに居れば、ずっと大丈夫。ずっとここに居てくれるなら、私も嬉しい」


プロポーズの言葉を聞いた。自分の中で十回か百回かそこらの回数を頭の中で反芻はんすうする。


「…」


ずっとここで隠れるなんて、ありえない。僕はもっと、一緒に映画に行ったり、アイス食べたり、自動車で旅行に行ったり、一緒にサーフィンしたり、子供作って楽しく川の字で寝たり、誰もがやってきた誰もができる当たり前の事をやってみたいって思ってるんだ。


「ここの封印を僕がなんとかする。その後、暗殺者を始末する。それから、そしたら、映画に行こう。いつか約束したあのチープなエイリアンの映画、ずっとここには居られない。申し出はとてもありがたいけど、受けられない」


「そう」


「うん」


「いろいろ聞いたんだね」


「あの関西の人から、ちょっと。まぁ。問題は無いよ。僕は二時間やそこらで解決するぐらいの問題さ。ツキコモリさんはもう、何も心配しなくていい。僕が、来た」


「…きっと上手くいくかもしれない。けど、マッキー。この世の中、暴力で解決できる問題は限られてる。いくら強くったって、その強さが有効なのかもわからない。手を出して」


言われた通りに右手を出した。僕の右手を取って、まじまじと見た後、ツキコモリさん自身の手と重ね合わせた。驚くほど、冷たかった。それに怒りを感じた。


「ごめんね」


「どうして謝るの」


「もっと早く会いに来るべきだった」


「謝らないで」


「いや。これは僕が悪いんだ。だから、謝っておかなくっちゃいけないんだ」


それからちょっと泣かれた。顔をそむけて、外を見た。手彫りの大洞窟の中の、奇妙な大空洞だった。


「とても長い人生をずっと歩き続ける。きっと何度も道をそれる。けど、それでもずっと歩いてく」


さっきの誓いや胸に刻んだ言葉なんてどうでもいい。今この場で、プロポーズを決めてしまうべきか。いや。ズルいナ。こういう場面でツキコモリさんが断われないか。プロポーズする時は、相手が断れる状況にあって初めて申し入れるべきだ。うん、きっとそうだ。


「誰もが、そうだよ。例外なんて無い。精一杯生きるしかない」


少しずつ、ちょっとずつだけ、分かち合えたらいいと思う。


「…」


旧式の独特の電話の呼び出し音が鳴った。


「多分母からだと思う」


「そりゃ良かった。挨拶には伺わないとね」


散髪しときゃ良かったな。そう思いながら電話を取る。


「東雲末樹です!」


元気いっぱいの男子高校生アピール。部活してる人ならご理解いただけるかもしれない。元気は大事。特に、友達付き合いをさせて頂いてるお父様お母様方にとってはそうだ。っと思う。勝手に思ってる。


「梅田の女将でございます。そちらに娘がおられるかと思いますが」


ツキコモリさんの方を見ると、首を振ってる。


「いえ。こちらは来ておりません!」


「そうですか」


「あの!少しお時間頂いて宜しいでしょうか!」


「はい?」


「自分は東雲末樹と言います!16歳!高校生ですが!多少働いております!梅田さんの娘さんとVRMMOに置いてフレンドになって頂いてもらっております者です!」


通話が、切れた。


「…」


やっちまった。やっちまったかもしれない。これから死ぬまで面倒を見るかもしれないお母さんに、嫌われちゃったかもしれない。


「…」


「マッキー」


「なに」


「元気出して」


「…ありがと」


なんだか元気が出てきた気がした。

「そういえばぁ。セントバーグのヒットマンについてご存じですかぁ?」


「居たな。そんなヤツ。親父が一回使ったはずだぜ」


「それはいいですねえ」

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