第三十五話 黄泉への案内人
関西の人とのドライヴの最中。はっきりと理解した事があった。心の距離の詰め方が独特なのだ。それに喋り方のニュアンスも相まって、佐賀県で生まれ育った身としては、少々馴れ馴れしく感じるものがある。
「そぉいえば。どないしてマッキー君、巫女ちゃんに気に入られたん?」
それとも、それすら計算なのか。大人はずる賢く、狡猾、危険だ。ピーターパン症候群ばかりの人間じゃない、世間はとっても冷たく、無常なものがあるとも教えられた。そうだと思う。だから、簡単に心を許すべきじゃないのだ。RealなんてファンタジーVRMMOをやって、なりきりキャラクターを演じてしまうような数寄者ばかりではないのだ。ここは、現実。そして彼らは、そんな現実の中、シビアに過酷な第一線で活躍してるプロフェッショナル。
「どうでしょうかね」
既に寝てる設定はどこ吹く風、話の流れから談話に移って、そしてこれである。
「そもそも、ツキコモリさんは特別な人だとRealでも感じました。そんな人が、あなたたちのような黒服を迎えに行かせるほどの力もある。僕が聞きたいのはそれだけですよ。僕の小学校の話や生まれや、昔好きだった人の話や学校の話なんてどーだっていいんですよ」
どうでもいい話にうんざりして、つい喧嘩腰の口調になった。自分自身でも驚く。こういう話の切り口は僕にとってあまりない事だった。
「そりゃ秘密やな。機密事項っちゅーヤツやで」
少し頭に血が昇り始めた。その喋り方が、癪に障った。
「今あなた方が乗せてる人間がどういう人物なのか。もう少し理解してもらう必要がありますね。止めてください」
既にトンネルは、秘密通路に差し掛かっていた。走ってる車は見ない。やるなら聞くなら今しかない。
「何見せて貰うのか気になるなぁ」
車が停まった。
「先輩」
「ええんや。ええんや。ええじゃん。おもろいもんっちゅーもんは博物館より楽しませて貰えるっちゃう?」
車を降りようとしたら、ドアが開かない。
「あ。すまんすまん。ほら。もう開くで」
こういう車の仕様になってるのか。ドライバーの操作でドアが開くようになって、降りれた。
「ああ、もう。こういう事、いかんとですよ」
「ええんやって。うちらかて、たまには楽しませて貰わな」
オーラを出した。
「うぉ」
「ぼちぼちやな。これ?」
「これが僕のオーラです。普通の。いわば、臨戦態勢状態。そしてこれが…」
服が破れるが、この際、しょうがない。ツキコモリさんの話を聞くためだ。こいつらは知ってる。喋られる。僕が、彼女を。あの瞬間。寂しそうな横顔から、救ってあげたい。
「ドラゴン変化…ですね」
自分の中のヴァミリオンドラゴンのオーラも一緒に噴き出す。肉体的な変化を遂げ、先ず、オーラが翼の形状へと変化する。そこに肩の背中の脊髄から骨が突き出る。どういう理屈かは分からない。ドラゴン変化を終えた時、ドラゴン変化の翼はオーラとなって僕の中へと還ってゆく。
「おいおいおい。化け物じゃないですか。オーラレベルともに、A級です。計器が振り切ってます!東雲末樹君!」
「っすご。おもろいやんけ。でも、まだやな」
「そう。ここまでが僕とドラゴンの力を混ぜただけの力。この前やってみた、更に…」
オーラの脈動を感じた。確かな感覚を掴めた。もうちょっと。もうちょっとで何か…。
「止めや!」
関西の人が叫ぶように言った。
「見てみぃ。計器ぶっ壊れよる…」
目覚まし時計みたいな計器が確かに煙をあげていた。
「…マジかよ……」
「ご理解して貰ったようで、良かったですね。折角ですので…」
ツキコモリさんの話を。
「まぁ。分かったわ。けどなマッキー君。ちょっと一服させて~なぁ」
そう言ってドライバーは人差し指に手をやって、胸ポケットからケータイを取り出すと地面に置いた。関西の人の後輩も同じ事をした。そして人差し指で向こうを指すと、歩き始めた。関西の人は煙草に火をつけてる。
「最初に聞きたいんは、お前の事や。お前巫女ちゃんの何やねん?」
「友達ですよ。フレンドです」
ドラゴン変化は既に引っ込んで、肩の服が破け、トンネルの隙間風がひんやりと冷たい。ここじゃあ蝉の鳴き声も聞こえない。ぽつりぽつりと明りが機械的についてるだけ。
「お前惚れた女のためになぁ。命懸けれるんて聞きたいやわ。ぶっちゃけ」
「やれる事はやりますよ」
「ここでお前をわしらがぶっ殺そうとしたら、どないする?」
「あなたは、右眼を。そちらの方は左眼を。いただきます」
「…」
「先輩」
「くぁ~。マジかいなぁ…」
そう言って煙草を吸って、僕に大きく吹かす。けむたい。
「先輩!!!」
「ちょっとやってみようと思うたけど、君ちょっと挑戦することすらバカバカしく感じたわ。まぁ。君ならええやら。君のすること、やるべきことを、教えたる」
「先輩。無理っすよ」
「だったら車に戻れや。命惜しいヤツがこの仕事やんなや!」
「違いますよ!既にここは胎内の中なんすよ!」
「かまわへんわ!」
「どうして…」
「ええか。東雲君。東雲君がツキコモリいうキャラクターは確かにおる。梅田家の長女や。梅田家っちゅーのは、代々続いてきた黄泉の守り人なんや」
大きく視界が明滅した。ような気がした。違う。電球が、一瞬電気が切れた。
「鎌倉時代からっちゅー記録はされとる。150年周期でな。黄泉への封印は切れるっちゅー話や。そこで巫女ちゃんは下手うちゃ人身御供。うちらとしても十分対策はしとる。しとるがそれでもやれる事には限りがある」
「…」
生唾を飲んだ。
「君ならやれる。そのための力やろ?」
視線の先には、暗黒が大きく口を開いて待っていた。
人工的な光に照らされし出されているものの見事な大藤棚。藤園。地中深くにある巨大な藤棚が垂れ下がり、隠そうとしているのは、巨大な洞窟。洞窟の前には幾重ものしめ縄のようなものが張られている。目にも見えない高い毒気を含む瘴気がこもる。
黄泉比良坂 ダンジョンLv200~Lv999 異界 エキスパートエリア