第三十二話 食卓を囲むキラー達
「食事が必要みたいですね」
その一言でドゥルーガへ踏み込む。闇夜の島。密林の奥。闇の奥。地獄の黙示録という映画が昔あった。よくわからないスケールの大きな映画だ。端的に言って、狂気を見た。人間の持つ闇の部分にスポットライトを当てた映画なのだと思った。映画が進む度に、一歩ずつ、少しずつ。闇が濃くなるのだ。蒸し暑い夜の中、蒸れた土の中へと進みだす。
「至高の時期に来られて幸運ですね」
ビッキーの一言で僕は食事へと誘われる。レストランは世界で名うてのプレイヤーキラー達ご用達の場所。最深部。ジャングルの先の洞窟へ。光る苔や輝く鉱石で洞窟の内部は照らされている。不気味な感じがしない。この匂いで頭が興奮してるのかもしれない。なんともいえない、高揚感をもたらす匂い。
「ヴィクトリア・ローゼス。都市伝説に会えて光栄だよ」
「レスナルッツォさん、お食事にお招き頂きまして光栄ですぉ」
「エクスターミネーションが仲介してくれた本物だ。半年待ちのディナーだって分かち合えるさ」
小洒落た酒場という作り。ひと昔前の喫茶店のような感じがする。採算度外視の趣味で始めた喫茶店にありそうな場所。僕達は一番奥の大きなテーブル席についた。何故かしら上座に座らされた。
「それで、あんたがシノノメ・マツキか。今じゃ世界の台風の目。見事に席巻してくれたな」
レスナルッツォさんは既にゾウさんパンツ一丁のラりった姿ではなく、高そうな生地の黒服にオールバック。鋭い青い目で僕を見てる。
「勝手に注目されてるだけですよ。周りの目は関係無い」
僕って他人に関心が無いのだ。究極的なところ。これって実は良くなかったりする。でも、案外僕はこれで自分の性格は気に入ってる。
「うまッ」
出された水が、既にもう美味い。なんだこれ。喉奥に入れた後、胃から身体に染み渡ってぽかぽかになってくる。
「良い水場は最高の調理場ですからね。若様が来られるのですから、メインをお先に出します」
横幅の広いコック帽を被ったコックがワゴンを持ってやってきた。ワゴンには5キロぐらいはあろうかというステーキの塊が燃えている。
「サウザンエレファントのシャトーブリアン。うちのメンバーでも正式メンバーしか食べれない逸品です」
「いいねぇ。いつ見ても最高だ」
香りがヤバイ。
「うッ」
よだれが口の中から溢れ出してくる。
「慣れてないとそうなるんだよ。匂いだけでも。これを口の中に頑張って頬張るんだ。これぐらいでいっかっていうぐらいの大きさにするのがコツだ」
コックがテーブルにででんとのっける。身体の中から血がたぎってくる感じがするし、涎も止まらない。
「うん。確かに現実の味覚を超えてますねぇ」
「格別ですよ。疲労や睡眠が飛びます。細胞への効果は絶大。さぁどうぞ」
切り分けられたステーキが僕の元にやってきた。
「いただきます」
フォークで肉を突く感覚が、まるで岩のような手応え。ナイフでステーキを切る時に火花が飛び散る。口の中に入れた瞬間、目が覚めるような美味しさが爆発した。
「んんんん~~~~~っ」
こんな美味い肉食べたのは、初めてだ。言わせて頂くが、ことステーキに関するならば、日本でも上位の国である佐賀。知る人ぞ知る人は、佐賀県はステーキの国だと知ってる。何故ならば佐賀には、伊万里牛という横綱が君臨している。松阪牛と同格といっても差し支えはない。頂点に位置している王様の伊万里牛のステーキを食べた僕が言ってるのだ。
「美味いよ…」
現実離れした美味しさ。人間の持つ味覚から外れた美味さ。
「あら。美味しいですねえ」
「う~ん。最高」
「あっ。ご飯…」
「ご飯?」
「ライス?ですか?」
「ライスありますか?」
「おいおい冗談だろ」
そう言って三人は笑った。
「…」
今。お前ら。僕に殺されてたからな??
「おいおい。マジかよ。料理長。ライスは無いのか?」
「ええ。申し訳ございません。次からご用意させて頂きます」
「マッキー。そんなに怒らないでくださいよぉ」
「怒ってないよ」
久しぶりにキレそうになっただけだ。美味しいご飯には。美味しいご飯が必要だ。
「どうした?凄まじいオーラが放たれたが」
ミルフィーぐらいの小さい小人がドアを開け、てくてくとやってきた。
「お、お頭様…。いえいえ。お客様のご要望にお応え出来なかった私の不徳の至りでして…」
ちらりと僕を見た。怒られる流れかもしれない。助け船を出してあげるべきだ。
「ちょっとライスが無かったので、いらっときただけですよ」
お頭って言ったな。この人が、トップか?この店のオーナーなのか。
「そうか。悪かったな。ここは元々ステーキが好きな俺の個人的な隠れ家でね。客も取らない俺専属の料理人なんだ」
小さい小人は明らかに170センチを超える大剣を背負ってる。
「エクスターミネーションのギルドマスター、マーメイリ―だ」
「ラピュタの当主、ヴィクトリア・ローゼスです」
「ヴィットリオファミリーのヴィットリオ・レスナルッツォだ。お見知りおきを」
この流れ、僕も席を立って挨拶しなくちゃいけないか。
「東雲末樹です」
「ほう。楽しんでくれ。…。いや。俺も一緒にいいか?」
「俺は構わないぜ。どうぞ。肉もたっぷりある」
「料理長、俺のステーキ10キロ分を焼いてくれ」
「…かしこまりました」
「地球一美味いステーキを食べるのが俺の目標でな。もちろんニッポンへも行ったことがある。たっぷりの牛肉と甘いソースにたっぷりのライス、ギュードン…。牛丼は絶品だったよ。和牛には独特の甘みがあって脂と肉のバランスが絶妙だ。神戸牛は最高だったね」
話が分かりそうなヤツがやっと出てきたようだ。牛丼の良さが分かるなら話が通じそうだ。この際神戸牛の鼻もちならなさは置いておこう。
「ええ。牛丼は美味しいのでもっと広まるといいですね」
本当に美味しい伊万里牛のステーキなんてお爺ちゃんお婆ちゃんに連れて行ってもらった二回だけ。佐賀でも唐津じゃ専門店は無いから、佐賀の佐賀市内まで足を運ばないと本当の専門店で食べれないんだよね。まぁたまに。極稀に、スーパーで半額になったヤツを買う時があるぐらいなんだけど。最近で和牛食べる時って。
「へぇ。そんなに合うのか。ライスとね。今度日本へ渡ったら食べてみるとするよ」
「ギュードン。そういうものがあるんですねぇ」
多分二人は話に合わせてくれてると思うんだけど、僕もこの三人相手に和やかな食事ムードの中、牛丼トークを上手に出来るわけじゃない。
「最近じゃファストフードでも牛丼ってのがあって、4ドルぐらいで食べれたりするんですよ。マクドナルドみたいな感覚で食べられてます」
「へぇ。美味しいのか?」
レスナルッツォさんの質問にお答えしましょう。
「早くて安くて美味いっていう三拍子揃ってるから。美味しいですけど、肉を食べるって感じじゃないですね。牛丼を食べるって感じで言えば、美味いですよ」
「なんとなく分かる。ファミレスみたいな感じか」
「その感覚が一番近いですね」
席に着いてマーメイリ―さんも肉を切り分けて食べる。ほふほふ食べる。お前本当はミルフィーなんだろ。そうだろう。そう口元まででかかったが、当然言わない。そういう種族がいるのかもしれない。プレイヤーキラーのトップがこういうもこもこの小さいカワイイ野郎っていうのはちょっとなんか物珍しい感じがする。
「はふはふ…うまっ……あっ」
ステーキの肉汁がくまモンの着ぐるみについてしまった。ちなみにジッパーで口の部分だけ開けて食べてる。目元は見えやすいし、ひょっとしてこの着ぐるみって案外真面目にいいお値段がするのかもしれない。動きやすいし。
「ラピュタの王女ミス…?」
マーメイリ―さんが言う。
「あらあら。まだミスですねぇ」
「ミスヴィクトリア、珍しい客だ。それにあのミスターシノノメも」
もこもこPKはもぐもぐしてから言う。
「歓迎する。そういえば、ミスターシノノメ。箸を用意させようか?」
「いえ。大丈夫です。お気遣いなく」
ふむ。プレイヤーキラーにしてはちゃんとしてるじゃあないか。ミスターつけてるところもポイントが高いぞ。こういうおもてなしの心で接されると、ちょっと気持ちよくなっちゃうな。お肉が本当に美味しいし。お水も最高だし。が。ご飯は無いけど、まぁしょうがない。
「セッフィアワインを振舞おうか」
ステーキも食べ終わるってところで、そう言われた。
「どんな曰くが?」
「ギルドクルセードのギルドマスターがローマ法皇というのは周知の事実だが」
マジっすか。それ始めて聞いたんですけど。
「彼特製のワインだ。先週初めて奪えてね」
「楽しみですねぇ」
「ほぉ!なかなかやるねぇ!」
「酒はダメなんでフルーツジュースください…」
ただならぬ大人の中、僕という高校生が一人ぽつんと異彩を放つ。ただ。このクマもんという着ぐるみのせいだろうか。これは少し僕を、くまモンみたいなヤツにさせるのかもしれない。ネット中継されても、あがらない精神。
「大丈夫さ。ここはRealだ」
マーメイリ―さんが言う。
「繋がりはあれど世界から隔絶してる。法から最も遠い場所にあるんだ。あるのは良心だけ。…だろ?」
「そうかもしれないですね…」
「東雲君、今日学校サボるつもりなのかな…。朝食出来てるのに」