第二十六話 王女と被り物
天蓋付きの煌びやかな豪華ベッドで寝てる王女を起こさないように、そろりそろりと後ずさりをして部屋から出る。出た後に扉を閉めた。その瞬間だった。スリッパを踏むと、アヒルの鳴き声がした。
「ん~帰りましたあー?」
ヤバイ。何がヤバイかといえば、こっちはパンツ一丁だ。これは通報すれば一発BANは間違いないだろう。多分、主人公が消えてなくなるたぐいの理由としては古今東西を問わず、最低レベルの一発ツモは間違いないなし。
「…」
ど、どど。どーしよ。
「…」
そうだ。NPCの真似をしよう。こういう設定はどうだろうか。ライオンに育てられた少年を上京させよ!クエスト。それならパンツ一丁だということ…。
「…」
ムリがある。
「…」
流石に設定なんかしちゃダメだ。正直に言っちゃおう。ただし。扉越しで。それとも、今なら全力ダッシュで逃げれる。
「あなた~誰ですか?」
扉越しで言われた。
「ムゲンじゃないですよねー?どなたですか?」
「…えーっと」
バレてる。どうしてバレた?こういう場合っていうか、人間は基本正直が一番。正直で見るばかなんてバカの内には入らない。誠実さが一番大切。
「実はその。そのあなたのいうムゲンさんって人ってお侍さんですよね?」
「そうですそうです」
「あの。実はそのムゲンって人にPKされかかっちゃって」
「そうなんですかぁ。ひょっとしてあなたがシークレット賞の当選者の方ですか?」
バレてる。仕方がない。家まで上がり込んだのだ。ちゃんと正直に答えよう。
「そうです」
「ムゲンちゃんやられちゃったんですか?」
「いえ。多分殺してないですね。あの人多分、滅茶苦茶強いと思いますので」
人外でした。僕が言うのもなんだけど。
「そうなんですか。この船に何の御用なんですか?」
「実は無人でしたら、港町までこの船を使わせて頂こうかと思いまして。ですが、人が居られたので、もう、戻りますね。失礼しました」
「えーっと。これから船を奪うつもりってことですか?」
どんな解釈したらそーなんだ。この人寝起きか?…寝起きだった。
「いやいや。違います。ご迷惑をおかけしました。失礼します…」
「そーなんですかぁ。いえいえ。こちらこそご迷惑をおかけしました」
そこでドアノブが回される。僕はドアノブを全力で握りしめてる。
「あれあれー?ドアが開きませんね」
「実は、戦闘がありまして、恥ずかしながらパンツ一丁なのですよ。こんな姿は女性にはとても見せられませんから」
「そうなんですかー。奥のクローゼットにパーティ用の被りモノがあったはずですよー。ここは女性ものしかありませんがー。そういう被り物なら男性でも着用できると思いますよー」
「いいんですか?」
「どうぞですよー。記念にもらっておいてくださいー。着替え終わったらお茶を入れますので声を掛けてくださいね」
「あっ。ありがとうございます」
うっわ。メッチャ良い人じゃん。っていうか。リスク管理甘いー!いや。滅茶苦茶親切な方なのか。なんていうか。喋り方に、物凄い余裕というか。本当に王女様っぽい感じの喋り方を感じる。今回はそのお言葉に甘えさせて頂こう。なにしろ、まともな服さえなくパンツ一丁だからこんなマズイ状況に置かれてるわけなのだ。ちゃんとした服さえ着てれば、それなりの言いようがあったかもしれないのだし。
「被り物」
それっぽいデカいクローゼットを開けると、奥行きのあるデカい収納スペースに驚いた。照明がついて、いろいろ着ぐるみが並んでる。今にも動きそうだって感じだけど、恐怖を感じてるヒマはない。早く選んでこのパンツ一丁の状態から脱却しないと。
「…」
でっかいウサギ、ジェイソンのホッケーマスク、ハロウィン用のお化け…。でっかいネコの被り物。
「…」
黒猫の被りものでいいか。
「…」
いや、頭だけじゃない。体も黒猫だぞ。相当バランス悪くないか!?っていうか怖いよ!なんていうか、生理的に受け付けない、本能的な拒絶を感じるぞ。
「…」
シンデレラ。ミッヒー。ドナルド。このミッヒーはあのもこもこさんにプレゼントしてあげたいな。上から下まで、ビジュアル的に見劣りするようなのは王女の前ではちょっとなぁ。
「このファンシーお化けでいいかな………あっ」
見つけてしまった。
「…」
いそいそと着替える。これ新品のヤツだな…。
「すいません。着ぐるみお借り致しました」
「はいー。開けますよー?」
「どうぞです」
ドアが開かれる。
「それなんなんですかー?」
「くまモンです」
「どういうものなんですか?」
「日本の九州地方熊本県の公式マスコットキャラクターです。著作権フリーです」
「そーなんですかぁ」
白いフリルっていうかドレスっていうか、ネグリジェっていうかそういう服の上に頭に小さな王冠がのってる。見た目王女。なんか。変に緊張してきちゃったな。
「東雲末樹っていいます。ご迷惑をおかけして申し訳ないです」
「いえいえー。折角ですからお茶を淹れますよー」
屋外デッキのパラソルの下、優雅なお茶を、王女と飲む。微かに潮風を感じる。
「美味しいです」
「とってもいいやつですからねー」
うん。ティーといったらお茶だと思ったけど、紅茶だった。なんか、僕の知ってる紅茶よりも遥かに紅茶っぽい感じがして、なんか、すっごい重厚な美味しさ。鼻からもう花畑の香りが吸える。
「どうしてこんな場所までいらっしゃったんですか?」
「かくかくしかじかで…」
「かくかく……しかじか?」
僕は詳しい説明を丁寧にした。なんか。王女様には無礼を働けない。
「そうですかぁ。大変でしたねぇ」
「そうなんですよ。自己中ですよ。初心者を大切にしない上級者様がいるからゲームが廃れるんですよ」
「宜しければ、最寄りの港街までお送り致しましょうか?」
思いがけない提案をされた。
「マジですか!?でも…」
「いいんですよー。言い方が間違ってましたね。ごめんなさい。私も港町まで向かいますのでご一緒されませんか?」
いい人って。いるんだよなぁ。しみじみ思う。
「ありがとうございます!」
あれ?でも僕ってこんなよく喋るっけ?それとも王女だからか…。いやいや。王女様を疑ってはならない。お優しい方なのだ。