第二十二話 最強だと思ってちゃった少年と
自分自身の無敵さ、だとか最強さ、なんやらを体感した後自宅に戻る。小林さんは居ない。動画撮影はまた明日。相変わらずパソコンにログインしても、Real関連の通信手段は一切使用出来なかった。これがもしケータイのメールなんか教えてもらってれば。なんて考えるんだけど。
「自分でなんとかしなきゃか…」
ひょっとしたら。レベル20未満の圧倒的ルーキーがエキスパートエリアに取り残されても、なんらかの救済手段があって、なにかしらの方法で最寄りのタウンに戻る事が可能だったりしないだろうか。
「実際RPGだとそれこそNPCがいるようなものだけど」
そんな気持ちでRealへとダイヴする。エキスパートエリア。上級者の領域。実際にはどれぐらいの人間が存在するんだろうか。エキスパートエリアでは、もちろんプレイヤーキルが可能な領域。オールプレイヤーキルって書いてあったから、僕も殺せるんだろうか。ラフィアは逃げた。いずれにせよ。誰だって僕を傷つけられない。
「まぁ………」
どれほど広かろうと。この世界には、僕より強いヤツが存在しない世界。
「ちょっと寂しいな」
火口の下から見下ろした密林地帯は草木も茂ってる。
「レベル上げをするべきかどうか」
いろいろと。考えてしまうところがある。いろいろと。思うところがある。僕という存在がRealにおける圧倒的なバグってヤツとして扱われるのだとしたら、それは取り除かれるべきだ。僕がRealをプレイさえしなければ、皆これまで通りに楽しく過ごせるのなら。
「…」
歩いた。不思議とモンスターとは遭遇しない。意外と足跡やら気配やらはあるんだけど、目の前に出てこない。もちろん出てきたらやるしかない。降りかかる火の粉は払わなければならない。
「今はもう、ツキコモリさんも居ないし、あのうざったらしいカワイイミルフィーさんも居ないし」
引退したゲームを久しぶりにプレイしたら、フレンドだったプレイヤーもレベルが全然上がってなくて彼らも引退したんだって分かるぐらい寂しい。今。そんな気分だった。
「…」
ジャングルの開けた場所に出ると、海が微かに覗き見えた。そこを目指して歩いてくと、大海原が見えた。真下は絶壁。
「夜だとロマンチックなんだろうなぁ」
独りでキャンプってのも乙なものがあるだろう。
「嗚呼…」
無人島のジャングル、絶海の孤島、そんな中にただ独りっきり。
「ロビンソン・クルーソーだよ…」
「よぉ」
何かが目の前をかすめた。絶壁の真下から、誰かが跳んでやってきた。
「…」
お侍さんが目の前にいる。4、5メートル先には、本物のお侍さんがいる。刀が4、5本腰に刺さってる。やたら重厚な和服?のデザインのお侍さん。
「…」
一体。僕は。
「…」
何のために生まれてきたんだろうか。
「刀抜く前に言わせてほしいんだけど。いいかな?」
「ああ」
「今の僕は最強だ。多分君はすぐに沈むことになるだろう。絶対に攻撃すべきじゃない」
「それって、攻撃してほしいってことなのか…?」
刀を抜かれた。
「僕はシークレット賞を当てた結果、最強無敵の存在になったんだ。たった一人の君が僕に対して挑戦しようなんて。あまりにも。おこがましいことだ」
「ふぅん。想定通りだな。退屈しのぎには丁度良さそうだ」
真っ赤なオーラが侍から噴き出した。攻撃的。強。怖。殺気。怒?来る。
「僕は別に殺しにかかられたからって君を殺すわけじゃない。どうだっていいんだ。そんなこと。わかる?君は…」
真横から切りかかられた。左を見ると、刃が多少皮膚に食い込んでる。
「五分だけ時間をあげるよ。僕の人生における貴重な時間をね。それで気が済むなら、僕だって犠牲を払うさ。五分を超えて。まだ挑むようなアホなら、力でその意志を捻じ曲げる。君のそのちょっとした自信がどれだけの思い上がりか。分からせてあげるよ」
食い込み、今尚力を込めている刀を手に取り、握力だけで握り潰した。
「マジかよ…」
笑いながら言われた。それがまるで嬉しそうな。まるで予期せぬ幸運を。あるいは、予期せぬプレゼントをもらったような笑顔。
「乗った」
距離をそのままに、更にオーラの質、精度の上昇が目に見えて跳ね上がった。硬さすらも想像できるようなオーラの鋭さ。刀を抜き取りその刀をオーラで覆う。刀の色が変質する。そんな刀が、僕に向かって袈裟斬りに放たれた。
「あと四分」
四捨五入をして、煽りを入れる。そんな攻撃が、僕の左の鎖骨で止まる。
「…」
「早めのギブアップは歓迎だよ」
「それ。明らかにこのサーバーのモノじゃないだろ。お前、ドリフターか?」
「ちょっと何言ってるかわかんない」
ブラックマヨネーズ風に言う。言った後、ちょっと自分でも面白いなって思ってしまった。
「強化系のアイテムによるバフか。人魚の心臓とかなら可能か。分かった。ここから先は、ゲームじゃない。私の都合だ」
侍のオーラが激しく揺らめくと、まるで…。
「ま、魔法少女…?」
一瞬頭が混乱した。早着替え?こんなところで早着替え!?そういう趣味か?セクシーコマンドー的な路線に変更してしまったのか?僕のブラックマヨネーズの下りの返しがこれか?…だとしたら僕の方がやり過ぎた。頭を下げるべきだろう。
「…ッ」
ぶっ飛ばされた。ジャングルから火山の火口まで吹っ飛ばされた。左を見ると、確かにわずかに血が滲んでる。
「ルーキーでもエキスパートエリアじゃ殺されるのか」
「まだ二分。楽しむには十分な時間だ」
魔法少女のコスプレをした、僕の背格好と同じくらいの女性が目前までやってくる。そして刀でもって僕の腹まで一突き…。
「ッく」
避けた。避けたところで斬り返され、僕の首を斬られた。
「…ッ」
一瞬ぐらりとする。鮮血が噴き出るイメージが沸いた。死のイメージ。明らかに。首の皮一枚で斬り捨てられるイメージが脳裏に沸いた。
「再生も出来るのか…」
「…」
ちょ。
「…」
調子に乗り過ぎちゃったかもしれない。
「そんなに嬉しいのか?ピンチが」
「は?どういうこと?」
「笑ってるぞお前」
この世界は、なんて…超常的なんだ…。
「すこしほんきだすぞ」
オーラが噴き出るのが分かる。闘争心が跳ね上がった。翼が噴き出る。骨が太く、肉がつくのが分かった。
「あといっぷんだ」
はしゅーっと呼吸音が聞こえた。
「ドラゴン変化。第二形態か。そういうの、よく狩ってたよ」
脳天への振り下ろし。刀の攻撃というレベルじゃない。まるで…。ビルが振り下ろされるような…。
「あとぜろふんだ」
刀を右手で握って言う。
「ここからが本番ってヤツだろ?」
「…」
振り抜かれた。僕の親指が斬られた。
「…」
一瞬で思った。多分。斬られると。こいつは強いと。
「魔法の極致、フィールドマジックっていうのは、現実を侵食する。あたしの場合、珍しい鎧型の展開だな。レベルで言うと400は超えてると思うぜ。まだ先があるならやりな。次の一撃で仕留めるつもりなんだ」
更にオーラが跳ね上がる。空間が捻じ曲がってる。かげろうのようだ。
「まっきー。こいつつよいから、つぎはぼくがやるよ」
そうか。そうだったのか。ずっと…僕と一緒……だったのか。