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第二話 物語を駆けだす少年


結局一睡も出来なかった。生涯初めての感情で脳が大きく構造変化でもしてるのではないだろうか。SNSで彼女の名前を検索するつもりは無かった。モリ・ツキコ。だろう。もし検索してとんでもない表示がされたのならば、まる一週間は部屋の片隅でガタガタ震えることになっちまうだろう。たかだかゲームだとか思ってプレイしてみたら、思いっきり現実に影響が出るゲームだった。ドラクエでもこれほどひどくはなかったのに。


「…」


時計の針は無常にも登校時間を指し示している。金曜だってのが救いだろう。今日を乗り切れさえすれば、後はどうとでもなるのだ。後はどうでもいい。なんなら今日は寝なくてもいいし、明日と明後日、全部使ってもいい。とりあえず今日だけ。今日だけ頑張ろう。今日を頑張る者には、明日ももれなくついてくる。


「…」


身体からまだ興奮が抜けきってない。料理する気が無いので、シリアルに牛乳をぶっかけるだけの横暴に出る。


「…ハァ」


両親はバンドマンで、頻繁に海外に出張する。だから大抵は一人っきりの鍵っ子だ。こういう設定の時って大抵義理の妹が居る設定があるんだけど、それは都市伝説。マジなら居たで居たでおそらく最悪なんだろうけど。いや、姉という設定もあるな。


「…」


洗濯物を取り込んだり義務の筋トレを軽く済ませて机の上のレポートをバッグに詰める。シャワーを浴びながら歯を磨いて、違和感を感じた。何かが変わったと。感覚か?それとも少年期?心?いずれにせよ、義務はこなさなければならない。


「よし!いくよ!」


家を出る前にサークルメンバーから電話がかかってきた。Realの事についてだ。正直言ってヴァミリオンドラゴンだとか世界がどうだとか。どうでもいい。今の僕は、もうただのマッキーじゃない。スーパーマッキーなのである。東京の外れ、江戸川を挟んだ向かいの千葉県市川のスーパー堤防を自転車で疾走する。レッドホットチリペッパーを聴きながら東京都への千葉県民としての対抗意識を燃やしながら登校する。ラッシュアワーを乗り切って総武線で新宿まで一本。用事があるので歌舞伎町のコンビニに立ち寄ってから高校へ向かう。


「はい。これ」


高校はバイト禁止だけど、ノベルゲームの新作レポートは中学からやっていた。


「おう。おつかれさん」


コンビニの制服を着込んでいても分かる筋肉質のバイト店員が受け取った。


「マスターがバイト?喫茶店お休み?」


「いや。丁度穴が出来たし、マッキーの顔も久々に見たいし。はい。コーヒー」


「ありがと、ああ。そうそう。Real買ったよ。まぁまずまず悪くないね」


「聞いてる。やべーの当てたって」


「ヴァミリオンドラゴンってレベル1299のドラゴン」


「すげーやべーな」


「当分使わないつもり。アドバイスは?」


「ウチは高校生には干渉しないの。死なない程度にガンバレ」


「重いなぁ。それじゃ」


「あ。ちょっと待って。200円になります」


なんという販売スタイル。こういうことやってんだから結婚できないんだよって思っちゃうけど口には出さない。


「……………」


「わかったわかった。それじゃ。また。必要になったら声かけろよ」


それから歩いて高校へ向かう。歩いてるとまた昨日のドラマが思い起こされる。なんて酷いストーリーだろう。今は進むことも戻ることも出来やしないってやつだ。言い知れない気持ちになりながら登校してると学生の群れの中から顔見知りを発見した。


「よ。前田」


「マッキーおつかれ」


中学時代からの友達で僕とは違って特待生で入学した前田は頭がいい。囲碁で僕はこいつに一度も勝てた事が無い。囲碁部キャプテンでテニスの県大会に出た秀才である。中学時代のサイコパスマッキーというあだ名はこいつがカードゲームの決勝大会で負けた時に叫んだ時から。手札破壊デッキは勝率100%を誇った無慈悲の軍団だった。小学校からの馴染みだ。もちろん男である。女の幼馴染は都市伝説である。


「昨日シークレットレア当てただろ?」


「ああ」


「大騒動になってる。SNS上で継承戦争を勝ち取ったカリフ王はそれに油田一つとトレードするって書いてる」


「それはすごいな」


「レレム地方の極上の油田だと書いてる。サイコパスじゃなければトレードするぞ」


「…やば過ぎて考えたくない。言っとくけど、同姓同名のヤツが当てたって設定だから広めるなよ」


「へぇ。まぁそうならそれでいいさ」


軽口を叩きながら分かれる。こいつだけが旧知の仲。こっから先はちゃんと頭使って受け答えしないといけないな。ちゃんと設定から発展する問答を想定しながら教室の扉を開けた。


「おい東雲!お前シークレットレアを当てたって!?」


早速言われた。Realって皆やってんのか。まぁテレビだとか動画サイトで結構取り上げられてるからな。そう納得しながら設定どおりに。


「同姓同名。こっちも迷惑してる」


「うそだろ!」


「残念~」


煽りながら着席すると、今度は隣の名前も知らない女子が。


「ホント?」


「ホントホント。だからこっちが迷惑してんだってば」


「あーあ。本当だったらいいのになぁ」


本当だった設定でも僕は誰かにおごったりしないぞ。


「…」


「東雲、お前Real始めたんだろ?俺と一緒にやろうぜ」


またろくに喋ったこともないヤツから声をかけられた。


「レベル上げ手伝ってやるよ」


「もうトモダチはできたから結構」


「え?おいおい。そんなこと言うなよ」


机を三人に囲まれてると。


「おい止めろよ。お前らもうぜーぞ。そろそろだぞ」


学級委員の鈴木野が助け舟を出してくれた。


「鈴木野、お前も嘘だってわかるだろ?」


「だからなんだってんだよ。お前と関係ねーだろ?」


「お前見てねーのかよ。油田だぞ油田!」


「だから関係ねーだろ」


まぁ気持ちは分かる。クラスメイトが宝くじに当たったようなものだから。でも、それでも彼らとはまるで関係が無い。今後も。


「友達じゃないからね」


僕はぽつりと言った。


「友達になろうぜ」


「しつこい」


はっきりとぴしゃりと言った。こういう時、Realだとラクに片付く問題なのだろうと思う。その一言が効いたのか三人は席へそれぞれ戻っていった。


「惜しかったねぇ。東雲君だったら良かったのになぁ」


なんて事を隣の女子に言われたりする。そうなると厄介事になるのは目に見えるんだよ。トラブルはご免だ。僕は他に集中すべき問題があるのだ。他に神経を割く余裕は無いのだよ。


「むしろ東雲君が当てたって感じにすれば楽しくなるんじゃない?」


今度は逆の席の女子から言われた。


「僕は全然楽しくないかなぁ」


一限目が終わって三限目、四限目国語と続く。


「はい、東雲君。最近出来た言葉の一つ。ミームについての解釈を答えてください」


出し抜けに質問された。


「共通認識とか認識反応とかじゃないかと思います」


「じゃあミーム汚染はどんなものでしょうか?」


「認識が上書きされる要素とか」


「そうですね。例えば今ネット沸騰中のシークレット賞を引き当てた人と認識されてる東雲君なんかそうですね」


笑い声が起こる中、僕は、今自分が置かれてる状況が実は、もっとヤバくて、複雑で、突拍子も無い事態なんじゃないかと思った。苦笑いしてる自分が、今、本当は、もっと現実に即した非日常に足を突っ込んでるのではないかと。Realというゲームが、日常を侵食したような。背筋の冷たさを感じるのは、喜びや楽しみではなく。恐怖それ自体。


四限目が終わり昼休み、いの一番に学食へ向かう。うどんのつゆにラーメンの麺が入ってる美味しいものを食べてると、隣に前田が一番高いセットを持って腰を下ろした。


「うまくかわせた?」


だしぬけに言われたが、シークレット賞の事だろう。


「まぁね」


学食のテレビの液晶でRealのニュースが流れていた。毎日高値を更新し続けるRealのRMT市場を取り上げていた。


「売れば人生七回遊んで暮らせるぞ」


「どっかのライセンスかよ。売らないよ。折角当たったんだし」


ここのスープは絶品だ。最後の一滴まで飲み干すべき。ずるずると美味しくすすっていると。


「あは!東雲君!」


名前も知らない女子が話しかけてきた。嫌な予感しかしない。


「あのね。ほら!」


テーブルの真向かいに座られ、デコレートが著しいケータイを投げられた。見ると、朝の隠し撮りで僕の顔が写ってる。同姓同名か?クラスメイトの東雲末樹君、シークレット賞の当選を否定。そう書かれている。


「…」


その下にはいいね!マークが1万を超えている。


「物好きな人もいるものだなぁ」


「いっそユーチューバーやれば?彼女ぐらい見つかるかもだぜ」


そういう手があったのか!同姓同名と名乗ってユーチューバー。一発芸で流れるまま勢いに乗って…。


「ないよ」


即否定した。


「コメント欄見て!」


「コメント欄ね」


日本語だけじゃない。英語だけじゃない。よく見たこともない文字でもコメントされてる。それも複数。自動翻訳が書かれているが、どれもお祭り気分の勢いで書かれたものばかり。絶対嘘だろって書かれたりしてる。まぁそうなるよね。まぁそうなんだから。


「こんだけ凄い事になってるの初めてでびっくりしちゃった。ねぇ。そこでお願いなんだけど」


「なんですか?」


「ちょっといろいろグラビアっぽい感じで写真撮りたいの!このままいったら小銭が稼げる…。二万円は固い!ねぇお願い…」


「無理でしょ!何考えてんの!?」


冗談じゃない。どうやっても無理だろ。ふつーに考えて。なにがあってもありえない。わけがわからないよ。


「あのね。中三の妹が夕方にバイトしてるの。うちって母子家庭だから…。もしこれで2万円でも手に入れば、それだけでも一月のアルバイト代になるの。そうすると、すっごいラクになるし…。だから。お願いしますっ!」


「しょうがないな。体育館裏で。10分で終わる?」


これで中三の妹の学校終わりのバイトシフトが少しでも減ってラクになるんだったら、協力するしかない。


「…マジかよ」


前田は呆れてるが僕は本気だ。


「やった!ジュース奢るよ?」


「いらない。さっさと終わらせよう」


結局20分ぐらいかかった。体育館裏で、何故か途中から前田が参加してきてボーイズラブテイストの写真を撮られたが、中三の妹のためだ。しかたがない。


「なんで俺まで…」


「ありがと!あは!すっごい跳ねてるっ!!パソコン部に頼んで編集してもらわなきゃ!ありがとーー!!」


僕のケータイに小林さんの番号を打ち込み、そう言って走り去っていった。


「前から思ってた事言っていいか?」


「どうぞ」


「やっぱり言うの止めた。…お前はいくらなんでも人が良すぎる。だからトラブルになるんだ。今から世界が滅亡しようとしたって、それはお前の責任じゃない」


「いや僕の責任だね」


じりじりと蝉が泣いている。屋外なのでクーラーは無いわけで、そのため背中が汗ばんでくる。今ならジュースが飲めるんだけどなぁ。そう思って近くの自販機でコーラを二本買って前田に渡して、二人並んで体育館の影に身を落とした。なんかすっごい疲れた。コーラの旨さが五臓六腑に染み渡る。もう夏本番。だらだらとどこにでもあるような誰もがやってる話をしてると、無常にも昼休み終了のチャイムが鳴った。五限目が始まって六限目も終わった。ホームルームも終わって帰宅の準備を整えているところ。


「東雲、ちょっといいか?」


「なんだよ鈴木野」


「当てたって言いふらさない辺り、賢いやり方だと思う。俺ならそうする」


そんな事を言われた。嫌な感じが見えてきた。カマかけてきてる。こいつもどうやらシークレット賞の事には興味津々の様子だ。


「何の話だ?」


「まぁいいって。ホラ。これは俺の名刺。いろいろ大変そうだろ?俺はギルドマスター張ってるから、何かと世話もしてやれる」


「サンキュー。でもいい。とりあえずは困ってない」


高校生なのに一丁前に名刺っていう辺り、リア充っぽさが溢れてるな。これから渋谷でクラブか?これが都民と千葉県民の違いなのだろうか。校門を出て分かれる迄、話をした。話題はやっぱりでRealで、どうやら鈴木野はギルドマスターをやってRMTで稼いでるらしい。クラスメイトも仲間に入ってるらしく、中にはアイドル級の可愛さの佐伯さんすら入ってるとの事。勧誘のお誘いを割としつこく受けたが、丁重にお断りをした。今は一人がいい。多分、僕がログインする理由は、そんなんじゃないのだ。


「それじゃ。いろいろサンキュー」


「困ったら連絡しろよ」


話題の中心はシークレット賞だった。同姓同名っていっても、おそらく、バレてる。


「まぁいいさ」


総武線で一本、夕陽を見つめながら帰る。帰る途中で気付いた。そろそろ時間なのだ。


「やば」


生まれ落ちて齢は16。船橋市非公式キャラクターである『ふなっしー』でお馴染みの船橋市の隣の市川には爆誕した東雲末樹。生涯初めての『運命』を意識した瞬間。未来への紡がれるべき物語を心で理解したあの瞬間を、僕は、雑踏にまみれた東京ジャングルで置き忘れてきてしまってた。


「…」


全力ダッシュで市川から家まで向かった。早くッ早くッ!その想いが、体をヒートさせこれまで出したことの無い全力で自転車をを疾走する。


「あれ?」


家まで来てからくるりと後ろを見た。今………。自動車を追い越さなかったか?アスファルトを踏み抜き巨大ジャンプしなかったか?僕の疾走で女学生の短いスカートがめくれてイチゴパンツが見えなかった?


「…」


首を振った。どうでもいい。そんなことはどうでもいい。この一瞬、次の瞬間に、僕の未来がかかってるのだ。ここでログインしなければならない。僕の肉体が。心が。精神が。守護霊がッッ!!僕を突き動かしているのだ。帰宅して1分でシャワーを終えて調理道具の銀ボウルにケロッグをぶちまけてそのまま牛乳をぶっこみ、ただがむしゃらに貪り食らう。母親に見つかったら5分の説教は堅い。そんな蛮行をものともせずに、僕は速攻で二階の自室へ行き、Realの端末であるヘッドセットに手を伸ばした。


美しい首が乱立している中、祈りを終えて、呟いた。


「終末が、近い」

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