エピローグ 偉大なる勇者の休日
もし目が覚めたら巨人になっていたらどうしようか。背丈はスカイツリーよりも低くて東京タワーよりも少し高いぐらい。目を覚ますと家の道路で立ち尽くしていたのだ。朝が明けそうな青白いマジックアワーの不思議な奇跡、世界中の人々の願いを一心に受けたかのような奇跡を受けて、気付いてしまう。それが高校生なら?まず第一に学校はどうしようかと考えるだろう。ちょっと動くと人や家や車に危害を加えてしまう。細心の注意を払わなければ無事に歩くことすらもままならない。えっちらおっちらと頑張って歩いても、そうなったらどこへ行けばいいというのだろうか。何をしたらいいというのだろうか。どうすればいいというのだろうか。人々がまるで豆粒で、建物がおもちゃのように感じしまう。人間という種の枠組みから外れた巨人は、一体どうすればいいのだろうか。そんな巨人に、平穏無事なんかは願っても手に入らない。そしてそれは間違いなく僕だったのだ。それを今、久しぶりに再認識してしまった。
「そういえばネズミの楽園、通称ユニヴァース25って実験がありましたねぇ」
ビッキーは僕に小声で耳打ちした。飛行機を降りた先にはレッドカーペットが敷かれており、目も眩むような豪華絢爛なドレスに着込んだ美男美女がずらりとレッドカーペットの両隣に並んでいた。
「人間には勇気があるんだ。ネズミとは違うよ」
僕が言い返すと邪悪な笑みを浮かべて率先してその国賓待遇というやつの導線を歩いて行った。こういうのはセレブだとか王族だとか世界で活躍する超級の俳優なんかだと慣れてるんだろう。あいにく一般庶民感覚を忘れていない僕としては、むしろ若干の不愉快さを感じてしまった。これがこの世界の最大級のもてなしなのだろうと思うけども、僕にとって美、美しさというものは目に見えるものでは無いのだ。それならいっそのこと大自然の中の苔だらけの宮殿に汚らしい一本の長い絨毯を敷かれていて両隣には不思議な形のお地蔵様が配置されてる方がよほど嬉しかったり感動できたことだろう。
「なかなか面白い社会形態を整えてるな。機会があれば国家予算を拝見したいね」
王様は興味深そうに美男美女を眺めている。
「おお。かなりの値打ちもののアクセサリーだぞ。ロンゾナイトの首飾りだ。あれなんて加工するのに手で特殊な石ヤスリで千年かかるんだ。この世界は美に重きを置いているんだな」
ビッキーの言うネズミの楽園実験。あれも確か末期はただひたすらに毛繕いだけしかしない個体だらけで野生に解き放っても繁殖せずに絶滅していたっけか。ビッキーの冗談はちょっと頭を捻った知恵を使うところも多く、高卒の僕ではちょっとついていけないところも多いんだよな。
「良い趣味されてますね」
暗い暗雲立ち込める世界だった。地獄に似たような雰囲気で、大森林地帯にポッカリと開いた更地にはEU世界遺産のお手本のような城が屹立してる。もしかしたら、ここの城の持ち主がアルフレッド家の所有しているものなのかもしれない。そんなお城に目をやっていたら、空港らしき建物から一際背の高い女性が歩いてきた。
「私が言うようなことじゃないかもしれないが、人を食ったような顔をしてるな。永く権力の椅子に座した者はおうおうにしてああいう顔になっていくんだ」
顔もそうかもしれないが、目に見えるオーラの量が飛び抜けてる。胸元が見えるようなわざとらしい際どいドレスからも複数の異なる魔力も見受けられる。どうやら僕の視線に気付いたのだろうか、一瞥された時目が合った。一瞬でヤバいと思った。間違いなくビッキーと喧嘩してしまいそうな感じである。自分自身を、一番上だと認識してるような感じだ。俗な言い方だと、驕り(おごり)高ぶってる感じだ。
「バトルものはもうこりごりなんだよ…」
僕の嫌な予感よりも先に機長がビッキーとおそらくはこの世界の頂点、王女の間に割って入った。
「あっ」
そして二人がゆっくりと近づいていこうとしたところで、キョロキョロと近づく二人の顔色を交互に伺い機長の顔が真っ赤になった。そして喉元を鳴らして僕達へと熱いヘルプの視線を向けた。
「行くのか?」
「行くでしょ!」
「なら私もいこうか」
この王様も大概だな。僕はゆったりと優雅に歩くビッキーに追いついて後ろを歩いた。
「歓迎しましょう。ここはあなた達から数えて六つ前の世界を私が再構築した世界です」
「素晴らしいですわぁ」
ビッキーのオーラを視る。一応念のために、あまりこういうことは女性に対してやるべきじゃないけど、この人はもはやそう言うのではないので、遠慮せずに視る。体内の魔力がオーラへと変わり体のラインを皮膚一枚のところで凄まじく流動してる。こういうのは得てしていわゆる臨戦態勢というやつである。エルフの王女からは優雅な一定のリズムでオーラと化して噴き出してる。これもまた臨戦態勢なのだろうか。それにしても流れが一定で、落ち着いてる。これがいわゆる年の功というものか。
「いわば、私のテリトリー、フィールマジック。先ほどの嵐も防衛機構の一環としてご理解くださいね」
ヤバイ。そう感じる。この世界はこの人の創造物か。かなりの大規模なものだ。創造主。これはもうヤバイ。大抵ヤバイ。王様はそうでなくても、ビッキーはヤバイ。創造主のヤバさは50%の確率である。しかしながら王女の顔を見るにあたって、明らかにビッキーと同類。争いが生まれるしかない。
「ええ。ヴィクトリア・ローゼス。地球の…CEO(最高経営責任者)です」
CEO?今CEOって言ったか?確か最高経営責任者って意味で会社の中で一番の地位だったはずだ。ひょっとして地球って会社?もしかして会社になってたのか?
「ゾルトリアン・ジーゼス。そしてこの世界はジーゼス」
王女のドレスの色が燃えるような赤に変わった。
「…」
確かビッキーもそういう色のドレス着てたよな。ファッションセンスまで似てるとは、これはもう、ちょっと、早々に退散した方がいいかもしれない。一泊すら危ないかもしれない。
「皆様もごゆるりと」
僕たちの方へ顔を向けて怖さと美しさとまるでモナリザの微笑のような顔でそう言われた。
「ありがとうございます」
僕はぺこりと頭を下げた。こいつら、礼も一切してない。お互いにメンツを保ってるんだ。創造主として。あるいはCEOとして。CEO?そういう言い方をされると腹立つなぁ。じゃあ僕は地球という会社のCEOの下で働くアルバイトみたいなものじゃないか。全然わかってないぞ。このCEOは。そういう感じじゃ社員は会社のために頑張ろうなんて気にならないぞ。言っちゃあなんだが、親の七光も品性までは届きっこないんだぞ。
「ところで…」
「はい」
「伝わってますように私たちは観光に来たんですよぉ」
「存じておりますよ」
「それも、ギャンブルを」
「満足のゆかれるゲームを揃えてます」
「貴方はもてなしてくれないんですかぁ?」
ビッキーの挑発のような質問に僕もちょっとの臨戦態勢。
「私の場合はレートは高いですよ?」
王女はそう答えた。嫌な予感しかしない。
「ええ」
ビッキーは促すように言う。
「とっても高い。それは普通では必ず賭けれないようなもの」
「ええぇ」
「血液っですね」
「なるほどぉ」
血の気が引いてきた。こいつら何言ってんだ。まさか麻雀でも始めるんじゃないだろうな。僕は基本的なルールしかわかんないぞ。
「今どうなってるところ?」
僕のフレが飛行機のトイレから僕たちのところにやってきた。
「僕もちょっとわからないです」
そう答えるしかなかった。
「大体予想通りだよ。予想通りのことしか起きないものだね」
淡々と王様は言った。元々巨人だった人は人のことがずっと分からないままでそれが続いてく。僕はそうじゃない。非日常であったり、理解に及ばないことがあったり、悲しいことであったりがずっと続いてく。人間はそんなもので、生きている生物は皆そうなのだと斜に構える人もいるかもしれない。それは明らかに外野の意見で、実際の当人になってみれば、とてもそんな事なんて思いつきもしない。僕はただただ巨人としての生活に慣れるしかないのだ。