第十八話 怪物たちの宴と思う少年と少女
ユーチューブで動画を撮影するにあたって、大切なのはとにかくインパクトが大切だと言われた。買って来たカツラや小道具衣装を着け、台本のまま口を開く。中には友人の前田が出てきたり、出来レースのハプニングもあったりする。どうにかこうにか言われるままに協力する。なんだかんだで時間は一時間三十分きっかりに終わってしまって、午後六時にはマイホームの市川駅に到着した。動画は鮮度が大切らしく、パソコン部に動員をかけて松里さんを中心に動画を編集していく。パソコン部の士気をあげるために清水さんも参加するらしい。彼女は放課後になった瞬間買い出し要因として颯爽と新宿の街を駆け回り必要な品物を買い出してきた。中には大量の砂糖菓子も含まれていたが、あれは果たして経費に含まれるのだろうか。
「男子と家帰るのって初めて」
そんでもって帰路。どうして小林さんが隣を歩いているかというと、動画の再生数が初めだけがピークだったらしく、売り上げアップのために更なる動画撮影を行うとのことだった。
「その家、小林さんの家じゃないからね。僕の家だからね」
これまでの過酷極まる経緯を経て、僕は小林さんに遠慮しない対応が可能となった。緊張も実はあまりしない。顔が整ってたり、女性らしい特徴があったとしても。
「一つ思うんだけどさ」
「なに?」
まだ夕暮れ前。僕だって女子と一緒に家に帰るのは初めての事だ。家は歩けばすぐそこってところで、自販機でジュースを買う。その自販機でジュース買うそれだけの行為が、妙に僕の心を搔きむしる。
「この魔力さ」
小林さんは自販機で買ったジュースに魔力を込める。ジュースは小林さんの手を離れて僕に移る。ジュースの魔力はまだ失われてない。
「Realでも適用されるのかな」
僕の手に持つ缶ジュースを指さされる。僕のステマ商品シスターコーク。
「どうだろう。なんとなくだけど、多分適用すると思う」
プルトップを開けて胃に流し込む。夏の暑さと汗が、この炭酸にミックスして最高な気分になる。
「味ちょっと変わってるし…」
流石に飲んだだけじゃ操作はされないと思うけど。なんか。変な感じだ。
「どんな感じ?」
「甘くておいしいよ。心があったかくなる感じかも」
「想いがこもってます」
目を閉じながら言われた。その芝居っぽい感じちょっと腹が立つ。なにが腹が立つって、ちょっとかわいいナって思った自分にである。
「このオーラっていうかマナっていうか魔力っていうか超能力っていうかさ、これさ」
小林さんは人差し指にオーラを集中させクエスチョンマークの形に魔力の形状を変えた。
「どれぐらい普及してんだろうね?警察とか自衛隊とかさ」
「ん-。もちろん知ってると思うよ。でも、悪用されたらダメだから、機密扱いだと思う」
「私は生まれた時から自分は監視されてるんだって思ってさ。この能力は使わないようにしてたんだ。この前までさ。でも。実際に用途として考えてみたら結構幅は広がるんだって思った」
「絶対止めた方がいいよ。そういうのを実社会で使ってたら、世界のバランスを保つ謎の組織から暗殺されそうだし」
半ば本気で言ってみる。
「それね。ズルしてんだからズルされて殺されるってリスクはあるよね。でも使わないのももったいないんだ」
「結構この前から訓練してるけど、鋭利な形状に変化させれば紙ぐらい切れるし、足に集中させればランニングは楽になるし。東雲君こーゆーのあるって知ってた?」
「結構返しに困るな。人間の持つ潜在力でそういう特殊な魔力を扱う事が出来るってのは知らなかったよ」
「え。知らないなら知らないでいいじゃん」
「ただ。この世界には人間以外の人間っぽい人間がいるってのは知ってる」
「え?マジで言ってんの?どんなの?お化けとか?」
「残留思念とかお化けとかは詳しくないけど、家柄として代々人の血肉を食事としてる人は知ってる。あと、攻撃したりされたりしたら、攻撃したりされたりした人の血族が呪われたり。そういうのは知ってる」
「嘘。マジで言ってる?」
「マジだよ。サークルの仲間にいるよ」
「ヤバイじゃん。警察機能してないじゃん。世界ヤバイじゃん」
「警察に居るし、自衛官の人もいるよ。心配しなくたって、人間って良い人ばっかりだよ」
「マジで言ってる?」
「割とマジで言ってる。ちゃんとそれなりの人が、それなりの仕事をして、それなりの人生を送ってるから、僕達庶民は安心して生活できてる」
あんまりこういう話はするべきじゃないんだけど、もう小林さんは完璧に超人の域に入ってるからなぁ。
「だから、どんな人だって生きるのが許されてるよ。ずるしなきゃね。ずるしたら、ずるされても文句は言えない」
「東雲君って人間じゃない設定?」
「人間だよ。ただ。ちょっと踏ん切りがいいだけ」
「そういうとこあるよね」
「でしょ」
「なんかさぁ。私の知らない東雲君があって、なんかショックだなぁ」
「小学校の頃からサークルやっててさ。オタクサークルなんだけど。皆好き勝手にやってて。なんかそういう人も居たりしてさ」
「あーあ。私って世界で特別な存在で宇宙で煌めく一等星だったのになぁ」
「皆そうだよ」
「狼男とかいるの?そのサークルって」
「どっちかっていうと吸血鬼とかそういうのかな。言葉の定義で吸血種だって訂正されたりもしたんだけどね。家が金持ちで高層ビル何本も持ってるんだよ。一人息子は親に反発して家を出て自立してんだよ。前までは南米でトマトジュースの会社のための農家の支援事業とか。吸血種が一番美味しいのは血液よりそのトマト」
「マジ…?」
「そのトマトは佐賀県の山奥の洞窟の異界に生息してたらしくってね。五十年前から生産されてる。佐賀県の凄さが分かったかな?」
「とっても田舎だってことが分かった。その家族って人を殺したりしまくる悪いヤツだったわけ?」
「どうだろう。そういうところって聞きずらいからさ。でも、小林さんがこの前僕の家にあげてくれて三人組の女性覚えてる?」
「ああ。うん。優しそうな人たちね。覚えてるよ」
「あの人たちが格好悪い事やった人達を捕まえて吸血種とか物好きな人に提供したりするんだよ」
「どゆこと?」
「加虐趣味だけど、それを社会貢献に昇華させて生きがいとなってるんだって」
「…へぇ」
「たまに笑えないジョークとか飛んでくる時はスルーするのが一番だよ。今後会ったらね」
「ふーん」
怒ったような口調で言われた。
「あーあ。私の特別が崩れちゃったよ。胃の中の蛙みたいじゃん」
「言って小林さんのその能力、相当ヤバイからね?」
慰めるような形で言ってしまう。相手が弱ってたら助けてしまいたくなる本分って、ワルイヤツだと付け込まれるから注意しなくちゃいけないんだけど。そのワルイヤツの姿かたちが女性ってだけで。人類史はこういう感じの堂々巡りなのかもしれない。
「Realでも使えるならさ。人間で実験してみたいって気があんだ。東雲君第一号」
「えー!?」
「今後の役には立つでしょ」
日差しは強く、夕陽の時刻へ移り変わる。やがて夜がやってくる。ツキコモリさんとミルフィーさんからは依然として連絡が来ない。しかしミルフィーさんは高レベルの最強格。そこは信頼してる。
「でもさ。こういうのがRealに通用しちゃってたらさ」
小林さんは言う。続きがなんとなく分かって、僕もその言葉に寒気を覚えた。
「そういうヒト達って、Realじゃどうなってんのかな?」
「…」
怪物たちの宴。それを妄想する。バベルの塔。Realの頂上到達点。もちろん、全ての頂点の中ってことは、それら超越種、人外も含まれる。
「ゲームなんかしないんじゃないかな…」
思っても無い事を口に出した。ずっとそう思ってたけど、そうじゃなかったら。
「嫌な予感がしてきたな…」
こういう予感は、大抵当たる。
「議会じゃ負けたが、ラッパは吹かれた。不安材料は取り除かねばならん。東雲末樹を排除しろ」
「いいんですか?」
「我々のシナリオには無い」