エピローグ 偉大なる勇者の休日
「着替えましょうか」
パチンコ屋に行く前にファンタジー丸出しの格好でいるパーティ一味の着替えから始まった。ビッキーがドアを出してくれて、そこをくぐると八畳ぐらいの広さのキャビネットルームに出た。開かれた大きく広いキャビネットルームの壁には様々な男性用の上着が並んでる。
「十分で支度してね」
音楽がかかってる。シューベルトの魔王。煽ってるなぁ。早くしてねって事だろう。
「ほう」
十分でそれぞれ好き好きに着込むと外に出た。
「おぉ」
フェリーの外に出ると有明の夜景を一望できる河川上だった。わずかに違う黄色い光が超高層ビルの窓一つ一つから漏れている。
「光が一つ一つ、生活の明かりだね。わずかにどれも違う。匂いもね」
王様は一番着こまれているファッションを望んでたので無難にスーツを勧めた。似合ってるが、長い無精髭とミスマッチして、お堅い王様という職業よりもむしろどこかのアーティストっぽいような雰囲気が出てる。ちなみに僕もスーツだ。スーツはどれもアルマーニしかなかった。あんまり高そうなのを着たくなかったので一番安そうな白っぽいスーツを着た。着ている時に気付いたけど、意識してないけど僕は結構、白が好きなのかもしれない。オーラも白色だし。白魔道士だし。白に縁がある。
「あのモノリス一つ一つにコロニーのように生活が詰まってる。不思議に感じるよ。人生という代物が目視できるように思えるんだ」
「ですね。だから美しく感じるんですよ」
風が涼しく、そしてこれからどうなるのかという不安が少し。マスターは萌人スーツがあるからと言ってビッキーに倉庫に飛ばすように言ってた。フレは既にクルーザーのデッキに設置してある椅子の上でコンビニで新たに買ったであろう唐揚げ君を食べてる。テーブルに複数の種類の唐揚げ君が並んで、美しい夜景には目もくれずに満足そうに思い思いに爪楊枝を刺してぱくついてる。きっとそういうささやかな幸せで満足できる人ばかりなら、きっと誰もが幸せに死ねるのだろうと思う。残念ながら人間はそういう生き物じゃない。この夜景がその証明だ。
「さぁて参りましょうかぁ」
振り向くと真っ赤な燃えるようドレスに着込んだビッキーがいた。きっと特注だろう。大手ブランドのデザイナーに直々に作ってもらったやつだろう。僕は庶民であっちは庶民の敵という図式が僕の頭を占めていたが、ビッキーがそういうファッションでいてもらわないとって感じがしたのでやっぱりセーフだ。そうなると僕も一言何かそのファッションリーダーに一言やっておかないといけないだろう。
「いいドレスだね」
「あらぁ?大人になりましたねぇ。ちょっと前のマッキーなら絶対スルーしたのに。なんかちょっとがっかり」
少し笑って少し寂しげな顔をされた。これがもし恋愛ゲームならもう一度やり直すべきだろうけど、実際の人生にやり直しはきかない。どんな選択肢を選んだとしても、胸を張って生きていかなければならない。
「よっしゃ行くぜ!」
アルコールが抜けたらしいマスターもいた。
「萌人スーツ着なかったんですね」
「幼女の顔アップスーツはドレスコードに違反してるので禁止です」
「まぁ足代出してくれる人が言うなら従うしかないね」
普通のスーツで来てくれてる。萌人スーツちょっとかっこいいんだけどなぁ。
「っていうかオレまで着るのなんか違くないか?」
「これカジノの流れですよね」
「新作のがいいんだけど。カジノに無いんだけど。おっぱいが震えたら…」
「王様はこの世界の人々、おそらく中流階級の人間の暮らしが見たいんですよねぇ?」
「そうだね」
「あなたみたいな苦労人でもギャンブルは好きなんですねぇ」
「賭け事は私を熱中させる。全てを忘れさせる束の間の時間を与えてくれるんだ」
「全てを忘れさせてくれる、ですねぇ」
「ああ。人間の記憶も。明日の行動も。次の一歩も。息を吸うことも王でいることさえ忘れさせてくれる」
「私はむしろそういうことが怖いですね。現実を逃避することは堕落の始まりでわぁ?」
「男にはそういう時間も必要なんだ。例えるなら一筋の流れ星」
そう言うとマスターが手をパーの形にして王様に目で信号を送って数秒してからハイタッチが行われた。
「はあ」
それだけ言うとビッキーは扉を出した。
「行きたい場所を頭に描いてドアノブを引いてください。この星の範囲内でお願いしますね」
「おっしゃ行くぜ!」
マスターはドアノブを握った。
「この先がオレ達の希望、未来っ…!」
そして僕たちは3万円で大当たりを引けずに大負けした。
「…」