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第十七話 聖なる鬼

月曜の朝。Realに繋いでもなく、普通に眠った夜だった。最近は妙に浮かれてハイになった状態がずっと続いてたので、今みたいに普通に起き上がって普通の一日の始まりがなんだか不思議に感じる。ヴァミリオンドラゴンを当てた日から、ずっと普通じゃない緊張の連続だったんだ。当然といえば、当然かもしれない。


「実際殺されかけたし…」


そして普通じゃない非日常が始まった。そうだ。小林姉妹が一階を使ってるんだ。今七時十五分。いつもの結構ぎりぎりな時間帯。


「…」


一階へ恐る恐る足を踏み入れると、小林さんがキッチンに立っていた。カレーの美味しそうな匂いがする。昨日の分を温めてくれてるみたいだ。私服から制服に着替えてる。金曜日、あれだけ僕とやりあっておきながらも。あの手この手で僕を間接的に支配する気でいる。多分、本当に気を付けなきゃいけない一人だ。肝に銘じよう。


「っはよー」


「おはようございます…」


どれだけヤバくても。カワイイ顔で挨拶されたら、たまらない。拒絶できるものじゃない。生物として、動物として、根源的な本能が、全てを許容してしまうのだ。中坊は言った。僕が小林さんを変えたのだと。そうかもしれない。シークレット賞を当てた日から、僕こそが世界を塗り替えたのかもしれない。


「普通じゃないんだよな…」


二度と戻れないのだ。永遠に。この世界も、地球も、小林さんも、僕も。そしてそれがずっと続いてくだけ。


「…ッ」


トイレの前でぴたりと停止した。


「…」


第六感が、働いた。


「…」


超自然的な直観が舞い降りた。正確には少し先の未来の危機を肌で感じたのだ。この先。危険信号。現在この家には三名の人間が存在している。僕と小林さんと中坊。そしてリビングには中坊の姿が見えない。


「…」


ノックをする。


「…」


ノックが返された。


「…」


ロックが掛かった。


「…」


今僕は、ギャルゲーでよくある展開を回避した。


「…」


「あ。おはようございます」


後ろから中坊が挨拶をくれた。


「おはようございます…」


え?じゃあトイレの中にいる人って、誰!?水の音が聞こえて出てきたのは清水さんだった。


「わりーわりぃー。危うくエロゲ原作のエロアニメみてーな展開だったぜ」


「…次から鍵をちゃんとかけてくださいね……。お願いします」


心臓が凍り付きそうな朝だった。


「…」


リビングで朝食を食べる。っていうか清水さん。いつ来たんだろ。っていうか昨日どこにいたんだろ。三人で一緒になってカレーを食べる。なんか。本当にアニメだよな。なんて思う。


「なに?」


じーっと小林さんがカレーを食べるスプーンの手を止めて見てる。


「ちょっと嬉しいだけ」


「そうなんだ」


「東雲君さぁ~。金あるなら美容室行ってさ。髪と眉整えてもらった方がいんじゃね?動画映えも女受けするためには必要っしょ」


「え。あー。うーん」


「それちょっと考えたんだけど、夏休み前までお預け。いつも通りの東雲君で居てもらわなきゃだよ。変にモテたり、絡まれたりしても困るし。東雲君さ。今日も学校でいろいろ動画の事とかシークレット賞のこととかで聞かれてウザいと思うけど、頑張ってスルーしてね。何かあったら動画を見てって言うこと」


「…分かったよ」


「ちぇー」


小林さんはギャル子って呼んでる清水さんってマジでピアスしてるんだな。


「…」


結構。すごっ。迫力ある。なんで親から貰った体いじるかなぁと思う。男より、女性の方が生きるのが大変だし。僕みたいなヤツの物差しで計る事は失礼か。


「ピアス気になる?いいっしょ~。東雲君も入れちゃえば??」


「え。それはナイっかな」


「気分も上がるよ~。髪も染めなよ~」


「それもナイかな」


食事を命からがらなんとか終えて、食器片づけて貰って、それから皆で仲良く並んで登校してく。なんか。本当に変わったんだなぁってしみじみ感じる瞬間だった。制服着た女子二人と並んで歩く。


「…」


これサークルの仲間に見られたら粛清もんだな…。


「財布によゆーあんのいいよなぁ。なんか飲む?」


「飲まないです」


新鮮だな…。絶対ありえない状況だよなぁ。清水さんと僕って絶対接点無いし、キャラが正反対だし。


「市川駅ってさ。東京じゃなくね?」


「それ言う?」


「千葉県だよ」


「なんかさぁ。ここまで来てなんだけど、なんか空気が違うんだよね。田舎に片足突っ込んでるっつーか」


「それ思っても言います?そこが良いんですよ」


蝉が鳴くし。日差しが強く、夏じみた一日になりそうだ。


「…流石にこのまま一緒に登校すると目立つか。私達先に行くね。放課後体育館裏!」


新宿駅の南口で分かれる。


「はぁ。すごいな僕」


「東雲君青春しちゃってんじゃな~い?」


「愛さん…」


サークル仲間が声をかけてくれた。見られたのか。オタクサークルでも特異な場所にいる特殊な人だ。でかでかとしたバッグに達磨を背負ってる。サブリーダー。ここらへん新宿の一角がテリトリーだっけか。


「佐藤君から聞いてるよ~。大変だって」


「シークレット賞当てた時からおかしくなってきてんだよ…」


「だよね~。よっし。さっさと結婚なのだ!」


「そのつもりだよ」


「おっ!やっぱり東雲君だ!殴ってやろーと思ったけど止めだ!」


「殺す気!?」


「いつもどーりで安心したー。あー。ここらへんは安全地帯あんちだから大丈夫だよー」


「ありがとーです」


「あーあー。東雲君も遂に卒業かぁ。なんかおねーさんショックだなぁ…」


「そっちはどーかわかんないけど、サークルの仲間でしょ。いつだって」


そう言って抱き着こうとする。


「登校中なんだから!香水キツイんだし!」


「なはははー。そっかぁ。そりゃそうだもんね。あーそうそう。最後に質問ー。キスは?」


「してねーよ!!」


「東雲君だ!」


「なんでそこでテンション上がんだよ!」


「じゃーねーぇ!」


ぴゅーっと去っていった。ありゃ僕を殺す気だったな…。


「佐藤さん何言ってんだよ…」


学校に到着したらしたで大変である。


「東雲!ゲームしようぜ!」


「東雲君!今度遊ばない?」


「東雲!Realやろーぜ!」


「ノーだよ。動画撮影に忙しいの。そっくりさんで稼がせてもらうんだから」


それでなんとか通す。驚くほど効果があったのがびっくりする。皆、シークレット賞の当選者であるシノノメ・マツキの同姓同名のそっくりさん役で動画を投稿してるのを知ってて、それを信じてる。


「いいなぁ。広告収入入んだろ?」


「この好機逃すわけないでしょ」


四限目の終わり、昼休みに学校を抜け出し、Real端末の置いてあるReal公式ネットカフェに足を延ばす。この時間ぐらいに迎えにいけば丁度いいだろう。ミルフィーもツキコモリさんも、アラビアの王子のバベルの塔で贅沢極まりない超接待を受けてハピネスライフ間違いなしだろうし。


「僕もジャグジーとか超絶ペントハウスを体感したかったよ…」


時間がないので早歩きをして新宿南口の店を発見し入ってく。


「こういうの初めてだよなぁ…」


ネットショップの延長線上なんだろうけど、薄暗い店内を抜け、貰ったナンバー通りの部屋に入る。薄いパーテーションのしきりには、今月新作と謳う大人のDVDのポスターが貼られてる。


「…」


汗だくになってるのも気にせず、端末を手に取り、横になって早速ダイヴする。


「…」


イースターヴェルの北門へ戻ってきた。メッセージは特に届いてない。ギルドシルフィードからドレイクを借りて、上空へ。


「慣れてきてるな。だいぶ」


当初の乗り物酔いからは大分成長出来てる気がする。それでも、落下すれば死ぬような高さに存在することは、肉体と精神が許容してない。意志だけでなんとか乗り切る。


「よっと…」


停留所まで上がり、ドレイクをつなぐ。すると、黒服のスタッフっぽい人がやってきた。


「ようこそトワイライトのナナシ様。送迎にはまだお時間がかかるかもしれません。只今会議が大変遅れてしまい、今尚、論争の最中なのですよ」


「まだやってんだ…」


少し先には庭園があって、突き進むとバベルの塔への入り口の一つがある。


「また後で来ます」


それを伝え、ミルフィーに学校が終わり次第迎えに行くとの連絡を打つ。そのまま降下し北門前のシルフィードにドレークを返してからログアウトをする。


「…」


ネットカフェをログアウトし、高校まで戻ると残り五分。五分で学食の残りのイチゴサンドをコーヒー牛乳で流し込む。五限目もなんとか終えて、六限目はなんとか小林さんにやってもらった宿題を提出する。放課後になると早歩きで体育館裏へ向かう。


「…」


気が進まない動画撮影。一本は茶髪のウィッグをつけて俺様口調のホスト風イケイケ動画。もう一本はミュージカル仕立て。それが終わると、静画での撮影にシスターコークのステルスマーケんてぃの片棒かつぎ。


「あと、何も言わないでこれも食べて」


簡単に食べれて簡単に栄養になる完全食を渡され、台本通りに読み上げる。


「これ最近はまってんだよね~」


割と上手にできた自信はある。


「よしよし。これでReal端末買う資金は出来たぞ」


そんな事を言われた。


「アハ!レベル上げ手伝ってくれんだよね?」


現実がRealを侵食してきた。

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