エピローグ 偉大なる勇者の冒険
闘おうというのか。こんな場所で。こんな時に。
「王としてではなく…。一介の人間として挑むのも悪くない。そう思える相手に見えた」
そう言われた。
「永い歳月、夥しいほどの膨大な年月の最中の発見。軍事用技術に転化できる発見など、腐るほどあった。どんな相手だろうと腐り落ちる腐力の菌。ゾンビ状態にさせて脳髄を並列化し続ける暴走ゾンビ。魂と肉体の楔を打ち砕く魔力錬成。重力を反転させる天地無用。君になら。分かるだろ?」
言わんとすることがなんとなく分かってしまうのだ。
「日の目を見ることなど、ありはしないだろう?」
どれほど強大な魔法が出せたとしても。どれだけ殺傷能力の高いウイルスを作成したのだとしても。どれほど凶悪な生物兵器を創れたとしても。そんな。たとえばそんな、世界を崩壊させる破壊力のある魔法は。一体誰に向けて使用するというのか。
「君達になら、使えるかもしれない。そんなときめきが、ぽっかり気味の暗黒空虚の中からどことなくやってきたんだ。そして私は王様である。職業柄、王は我慢が苦手だ。私が民に支えられてもらうタイプではない。私が民を支えてあげるタイプだからね」
「マッキー相手してあげれば?」
ナイトプールでぱちゃぱちゃやりながらヴァミリオンドラゴンがそう言った。相手をしてあげればってことは、楽しませてあげればってことである。
「そんな簡単なことじゃないよ」
「簡単だよ。君が同意してさえすればいい」
ビッキーなら、そういうところはもっとシンプルだった。こうすれば確実に勝てるだろうという作戦を冷徹に実行するし、僕に同意は求めなかった。
「フェアプレーに徹してますね」
「これは別に特別なことじゃない。子供の砂遊び程度のおままごとに過ぎない。どちらかが死ぬわけでも、何かが失われるわけもない。場所は私が用意する。この星は私の棒人間がニューロンのように結びつけている。それらは一種の魔術で、大きさだけが特別なものでね。星の内側は私の内側だ。多少なら創造もね」
「こんな良い夜にですか」
「こんな夜だからこそ…。ふと、思い立ったのかもしれん」
ビッキーなら、全てを投げ打ってやりたいことを全部やった。これが、神様と王様の違いなのかな。
「何が見たいんですか?敗北?納得?自己満足?そんなのRealやってれば簡単に手に入るものばかりですよ。大体、そういう思い出は数えきれないぐらいあるでしょ。やりたければRealですればいい。無料対戦モードのアリーナがあるから、同じぐらいの強さの人とマッチして思う存分何度でも何時でも闘えますよ」
「君は?」
「僕もたまにやりますよ。まぁ。夫婦生活で大切なのは我慢ですから。僕だってマジギレすることや我慢が沸点に達した時ぐらいありますよ」
妻がサプライズでベンツを買った時はヤバかった。Realのアリーナモードが役に立った。何度何度もトヨタが良い、トヨタが良くない?って言ってたのに、義父義母も味方に引き入れて僕の車はベンツになったのである。ちょっとした絶望を味わったんだ。口には決して出せないけど、夜空のドライヴはよくやるけど、正直ベンツじゃなかったらもっと最高だったと思うのである。完璧なポーカーフェースでやり過ごしたけどね。僕をあそこまで怒らせたのは、生涯初めてかもしれない。婿入りの苦労が忍ばれるのである。思い出しただけでもムカっ腹が立ってきちゃった。
「結婚して一年も経ってないだろう。そんなことじゃやりきれんぞ」
「いいんですよ。僕が大抵折れれば丸く収まるんですから」
そう言って笑うのが見えた。自分で言うのもアレだけど、かなりアレなのだけど。僕も人が良いよなぁ。しょうがない。久々にやるかな。
「でもやるなら、Realで、ですよ。この世界じゃその発見に一つだって耐えられない」
冒険者っていうのは、ボタンがあれば押したくなる連中だって聞いた。僕はその限りじゃない。
「いいだろう」
周囲が暗くなった。
「Real装置を起動する」
そして僕たちの目の前に、あのログイン画面のゲームマスターが現れた。
「Realも文明のレベルで媒介を変える。私がやってたところでは、個人や個別といった限定環境ではなく、場所そのものからログインし、熱狂をそのままに共有する」
「へぇ。初期村無いからとりあえず歓楽街まで案内しますよ」
わざと負けてあげようかと思う。この人には、熱狂という脳内麻薬が必要なのだ。