エピローグ 偉大なる勇者の冒険
「人間とは意志の生き物だと思うのだよ。意志は頭や手を使って行動を起こす。別に文明やテクノロジーの発展の話ではなく、単純な二本足で歩行する。海へ潜って貝を取る。そういった普遍的な原始への欲求を満たすことも含む。間違いが無いように先に述べておくが、脳の発育と文明の基準は比例しない。私は脳、脳髄を、魂のブレーキだと考えている。魂の欲求より生まれし原始が脳髄を伝って行動となって現れる。脳髄による無限のエネルギーから得られる自我、意識もまたその副産物の一つに過ぎない。私たちが空想し、妄想し、念ずる行為に制限など無いように、あるのは自由でいて、それは意志の下に羽ばたく自由だ。しかしどうだろうか。人間はそうなのだろう。間違いなく意志はある。一部の人間の先天性欠損や精神障害により他の人間に対して意思は無く、ただの物質に過ぎないという意見もあるだろうが、これは脇に置いておく。魂の波動に肉体が突き動かされる。私はその先のものが見てみたいのだ。文明の果てが見てみたいのだよ。この目で見て、この心で感じてみたいのだ。エンディングのその先の未来というものを」
そんなことを言われた。絶対的な視点、神のような立場に立ち、何度も文明の繁栄と衰退を見てきた男の言う声は、どこか諦めたような、それでいて、まだ何かを諦められないような良く澄んだ心からでた声だった。
「私の魂はいくつにも分かれて構成されている。それぞれに役割があり、それらは世界に散らばってる。君の言う棒人間そのものだ。本体があの王であり、それぞれに肉の皮をデフォルメしている。ある男がこの世界を見て、これはお前の脳そのものだと云った。まるで脳神経ネットワークのように繋がってるのだからな」
「うわぁ。人のためによくやるね」
湯船にぷかぷか浮きながらヴァミリオンドラゴンがそう言った。それを言うのかと内心つっこんだ。
「私は王であり、責任と義務があるのだよ。職業こそが完璧な恐怖である自由から解放してくれる指針だ。規定し制限してくれる社会的役割なのだ。先ほどの魂のブレーキである脳髄の隣に置いてみてもいい。私の行動し結果を出すまでのこれまでの時間は集中できた。あっという間だったよ。一万年だろうが、十万年だろうが、おそらく一億年だろうが、あっという間という感覚だろうね。使命と情熱は時間を置き去りにする。君もきっとそうなるだろう」
「そうかもね」
こともなげにそう言う。あまり興味が無いんだ。
「僕は今度父親になるんですよ」
僕はかなり興味がある。僕は今後死ぬかもしれないために、息子には伝えるべきものがあるのだ。
「ほう。これまで多くの漂流者がこの世界にやってきた。破壊と混乱を招く存在は幸いなことに訪れてはいないがね。珍しいな。多くの人間が尋ねたかもしれないが聞かせてほしい。どうして超越種となった存在になってまで次の世代を考える?」
「自分自身で人間だとまだどこかで考えてるからじゃないですかね。もう人間じゃないって思って…。そう思ってるんですけど。先ほど仰られたように自分自身を定義付けするものは職業だって言われてたじゃないですか。僕は良い父親になりたかったんですよ。それが夢であり目標だった。どこか好きな人をずっと冒険の中で追いかけていた。だから、そう大した理由なんかないんですよね。金持ちの外人で神様やってるヤツなんかは日本人気質だって言われたりするんですけど、それでいいと思うんですよね。のんびりほどほどに人生を楽しんでみるので。大人としての責任ですから、子供を育てるのって」
隣を見ると棒人間がかなりの量の涙が露天風呂に蛇口を捻ったように流れてた。
「おわ!」
「私もそれがあった。七回ほどだ。しかし、いずれも非業の死を遂げた。そうか、そうか。ならば覚悟するといい」
「ちゃんとやりますよ!…高校までは学費は出すつもりです」
そう言うと棒人間が恐ろしい笑顔で笑った。ホログラムが歪曲して口角が伸びてる、こっわ。
「父親になるとな。特に可愛がってしまうぞ。それがどんな息子でもな。あれこれ買ってやったり世話してやったりしたくなってくるものだ」
「それで文明滅んでません?」
すーっと真顔になっていき、それから棒人間は夜空を見てため息をついた。
「星は変わらないものだな…」
そんなことを言ってる。絶対なんか息子やらかしたな…。うちは絶対そういうことが無いようにするからな。大学に行きたいとか言ったとしても、何の役にも立たない遊びたいからって大学までの学費なんて絶対に出さん。本当に学びたいものがあるなら偏差値取って証明してもらってから通わせるべきなのだ。僕の子供は絶対に世のため人のためになるような立派な人間になってもらいたいものだ。万一人様に人を殺めるような最悪の出来になってしまったら、僕は責任を持って息子を殺して僕も死ぬ。これは結婚した日から決めた、親の義務である。
「そうですね…」
僕は頷く。自分の考えを声に出して言おうとは思わない。それに王様の考えだ。僕みたいな一般庶民とはかけ離れた世界観で生きてるのである。王様は大変だと思う。あれやこれやそれやこれ。ちゃんと自分で判断して状況を掴まなれけばならないし、周囲の人間だって気を配らないといけない。国があるのだから、そこには周囲のことも。ぶっちゃけ、僕の頭の容量っていうか魂のキャパシティを超えてる。神様やってくれるのがビッキーでマジで良かったと思う。そういえば今度誕生日会か。っていうかそろそろ地球に戻って一旦家に帰るべきか。帰ったらいなくって妻がパチンコやってたらどうしようかと思うと、怖くて家に帰れないのが昨日だったが、いい加減ちゃんと帰らないとマジでヤバイことになる可能性も高まる。そうだ、そもそもあれから妻はビッキーとカジノに行くとか言ってた。ちゃんと大丈夫、だよね。実家に戻って居なくてまだどっかのカジノで遊んでるとか無いよね。シンフォギアで3万発だったっけ。めっちゃ出してたし、海外の高レートでパチンコやってるとか無いよね。一玉四千円の沼みたいなのやってたりしないよね。妻の顔を思い浮かべた時、直近のシンフォギア爆連の脳内麻薬ガンギマリの顔を思い浮かべちゃったよ。家庭内環境のことを少し話したらマジで現状の状況について心配になってきちゃった。休みの日に朝から夕方までゲームやっててお母さんから夕ご飯だからって無理やり現実に引き戻された感じである。
「凄い汗流してるか大丈夫か…?」
「だ、大丈夫です…」
「そうか…。そうだ。私が君たち二人に着目した理由を聞かせてあげようか」
「別次元の存在だってわかっちゃってました?」
「ああ。君達は魔力を高める際、マナを空気中の他に地面である大地や木々である森、石や岩といった無機質からも取り入れていた。この世界の魔法体系から逸脱した行為であるからな」
「そんなことしてたんですか…」
無意識だ。指摘されるまで気づかなかった。
「通常、魂より発生する意思の力を肉体から魔力に変換しオーラとして流す平常運転とは根本から異なる」
「そうそう、そう言えば、友達に言われたんですけど、それは何というか、心の拠り所というか、考え方から来るんだと思います」
「ほう」
「生命っていうのは、究極的に言ってしまえば、非生物から生物になるじゃないですか。例えば、生命のいない惑星でも、環境さえ整えば生命体が発生する」
「いや、ちょっと待て。そもそもその説には賛成できないな。私はそもそも惑星外来説をとっている。単独での遺伝子の獲得はあり得ない」
「えっ」
こういう場合は。
「その議論は脇に置いておいて」
「なるほど」
「こういう岩とか水、こういう何気ない八百万の存在が世界を構成しているじゃないですか。そういう存在に対して敬意と畏敬を抱く。もちろん、自然災害や火山、地震といったものですらも。それら万物に対してエネルギーがある、意志があるって考え方、それらによって助けてもらう、生かされてるって考え方ですね。アニミズムっていうか、日本だと、神道的な考えというか。もっとも、他の世界なんかじゃそこらへんに精霊が存在していて、精霊を介して魔法を扱う人達もいたりするんですよ」
「それなら至る所に意志があると考えるわけか」
「まぁそういう考え方で培われたってことですよ。よく、自分一人で、誰ともなく、頼む〜とか、お願い〜とか、念じたりするんですけど。特定の神様じゃなくて、自分でもよくわからないのに、よくわからない人に念じてたりするんですよね」
パチスロとか、マスターおもっきりやってたな。50%外して顔芸してたけど。
「君の世界にも、神がいるのか?特別な存在が」
「ええ。いますよ。まぁ…。そうそう。一年前に結婚した時、プレゼントをもらったんですよ。何くれたと思います?どっかのマンガかよって思うような、誰かとか何かがなくなるノートをくれたんですよ。式場でですよ?だから性犯罪者を撲滅するように書いたんですよ。そしたら世界中からそういう系の刑務所が空になっちゃって」
うちの神様がどれぐらいの能力を持っているのかの一例を挙げた。
「え?」
その棒人間の顔がはっきりとわかるぐらいの真顔を見た。
「おじさんこわーい」
背泳ぎしてるヴァミリオンドラゴンがそう言った。
「直接歴史に介在したのか?」
「みんなが過ごしやすくなりますからね」
そう言ってにっこり笑った。我ながら良い仕事をしたと思う。今にして思えば、もっと殺人者だとかも付け加えるべきだったかと思うが、それだとお医者さんだとかも含まれる可能性もある。決定的で確実なのでちょうど良かった。
「そ、そうか…。星はそれでも変わらないものだな…」
「ですね」
それから露天風呂を出てから、生命はどこからあるいはどうやって発生したのかを議論で戦った。果ては魂や意志の力、意志の根源であるベクトル、進化の方向性。これまで見守り続けてきた挙句、何度も文明が崩壊する結果となった、王様本人がついには世界を手がけることになったのだ。世界を自分自身でデザインする。これはひとえに、神と呼ばれる行為である。しかし本人は気づいていない。