第十六話 月三億の男
「何騒いでるんですか?月三億って…。宝くじでも当たったんですか?」
「そんなとこ~」
小林さんの妹なのに170もあって僕よりデカいからなんかスゴイなぁ。なんて風呂上りの中坊の顔は僕に妙な気を起こしてる。っていうか、今晩どうしようか。流石に…。朝帰りっていうのもマズイ。月三億稼ぐ予定の男としては、もういい加減帰らせないといけないだろう。
「っていうか明日っていうか今日だけど、学校あるしもういい加減帰ったらどうかな?月三億ってのは今後の戦略的な予定の結果の試算」
っていうかユーチューブ一位でそれぐらい稼げるのか。確かにヴァミリオンドラゴンの事を華々しくドヤったらそれこそ滅茶苦茶インパクトがあると思うし、世界一位は十分狙うと思う。シークレット賞の当選者ってだけでそれだけで再生数稼げるとしたら、どうだろうか。とりあえず目の前に現金が無いと取らぬ狸の皮算用になっちゃうんだけど。
「月三億ですが。私は月五億ぐらい行くとは思いましたけど、どーせ姉さんから日本一位が月100万とか言ってたから、そこから計算したんでしょ?」
「そ、そうだけど…」
ひょっとして、計算間違ったのか?数学のケアレスミスってあるんだよなぁ…。ちょっと恥ずかしい。
「ユーチューバーで有名になったら、動画の広告収入の他に、案件動画や宣伝広告、いろいろあるんですよ。ちなみに、もう姉はサイダー会社からお金振り込まれてますから」
「ええっ!?いくら!?」
お金が実際動いてる!?もう収入入ってんの!?
「ば、ばか!そういう事言うのお姉ちゃん嫌いだよ!」
珍しく小林さんが慌ててる。マジなのか。いくらだ。おいくらの金額が銀行に振り込まれたのだ。
「50万円が既に振り込まれたんですよ」
「は?」
うっそだろ。マジ?マジで言ってんのか?
「えええええええええええええええええ!?ご、五十万!?五十万!?五十万円!?もう手元にもらってんの!?」
おいおい。おいおいおいおい。おい~~~~ッ!五十万円の重さは、僕には切実に理解できるぞ。
「ッち。これは今後のプール金です。皆のためのお金なの。だから。別に気にしないで」
「小林さん。人と話す時は目を見てから話すべきだよ」
「東雲さんがそれ言うんですか…」
「東雲が言っちゃうんだそれ…」
二人から突っ込まれたが、気にしない。そりゃ、僕は女子と話すとき目と目を見てから話すなんて事はちょっと難しいもんさ。
「あのね。ギャル子と地味子にちゃんと説得力を持って納得させるためにも資金は必要だったの。それに、先生だって買収するためにも資金は即金で必要なんです~」
「先生買収すんの!?」
「可能ならね。小峠先生って居るでしょ?」
「確か生物だっけ?」
結構きりっとして怖い先生ってイメージなんだけど。
「あの人に相談してみるつもり」
「先生買収してどーすんだよ!?」
「もちろん、部活動としてもユーチュー部を隠れ蓑にした部活動を設置する。今後はちゃんとした機材も購入してビジネス展開していきたいし、会社だって起こしたいし」
「大分話が飛躍してきてるよね!?」
すごい。企業とか言い出してるし。
「小峠先生から他の先生の事を聞きだせば色々と他の先生を買収できるかもしれないし」
「なに言ってんの!?怖いよっ!?」
改めて思う。小林さん。やべーヤツだって。
「その一歩なわけ。東雲明日の動画撮影では机に常にシスターコークを置いててもらいます」
「ステマですね…」
「なにそれ!?」
「ステルスマーケティングってヤツです…。視聴者に、このユーチューバーってこんな飲み物飲んでるんだなって伝えたりする、宣伝っぽい宣伝じゃない控え目な宣伝です。それ。置いておくだけじゃにですよね」
「東雲君。明日はシスターコークを二口以上飲んでもらいます」
「そういう指定もあんだ!?」
「明日は先ほど伝えた手はず通りの動画撮影をやりつつ、お願いしますね。これ。仕事ですから」
「僕仕事にしたつもりないよ!?」
「東雲君。今日のカレーの費用。誰が出した知ってますか?」
はッ!まさか。あの超絶美味しいシーフードカレーって…。
「酷ッ!!100%善意だと思ったのに!ショック過ぎる…」
「姉さん、そこまで言います!?ちょっと今の言い方、無いなぁ…」
中坊!もっと言ってやれ!ナイスだぞ!その勢いだ!
「いいのよ!もう東雲君とは赤の他人じゃなくて、熱い夜を共に同じベッドで過ごした仲なんだから!」
「一方的に喧嘩ふっかけられてボコボコにされただけだけどね!?そういう言い方マジで止めてよね!?」
とんでもないヤツだ…。
「東雲君だってメリットはあるんだよ?」
「え?どんな!?」
「例えば…」
「僕を怒らせるような事言ったら、今後二度と僕の家の敷居は跨がせないし、口も利かないからね。動画だけは一応約束した打ち合わせやった五本撮りは協力するけど。分かってるよね?」
「…ま。まぁいろいろと。女子とも喋って、慣れて、おどおどしなくなくなって垢ぬけた人生になれちゃったりするかもだよ?」
「僕のキャラはほっといてよ!」
なんか。僕も段々慣れてきたな。小林さんにはもう、遠慮はしない。ずるずるやらせておくと、死ぬまで食い物にされてしまいそうだぞ。
「そこまで言う事ないでしょ。それがいいところなんだから」
「いいところ!?そこいいところなの!?」
「東雲君がもし今後、垢ぬけてチャラ男になったらどうするんですか。考えただけでも反吐が出ますよ」
「あ~~~。確かにね。はぁ…。そうね。ナンパした女の子を今度動画の撮影に出すんでよろしくぅっとか言われたら、持ってたカメラで頭フルスイングしちゃいそう」
そう言って二人共を横に振ってる。
「あるわけないでしょ!」
「うん。ナイね」
「ですね。ありえないですね」
そう言って二人共首を縦にこくこくと振ってる。ひょっとして君達、姉妹そろって僕をおちょくってるのかな?
「現実的なお金が振り込まれたって事で、なんかちょっと現実味が湧いてきた…。無駄遣いしようにちゃんと明細作ってよね」
「帳簿はちゃんと作るよ」
「裏帳簿も見せてよ」
「ッち!そーゆーとこキッチリすんのね。東雲君の癖に」
「癖にってなんだよ!脱税で捕まりたくねーんだよ!ちゃんとシッカリしてよね!本当に!部長だかリーダーだとか知らないけど、キッチリとシッカリと皆のために頑張るのが頭であるトップなんだからね!?僕も一員に加わってるなら、ちゃんとそういうところもきっちりしてもらうからね!」
「うわ。マジか。真面目か。委員長か。東雲君そーゆーキャラだったのか。絡みづれーなー」
「稼いだお金を独り占めするような事があったら。分かってるよね?」
「ッち。わかってま~っす」
「それ全然分かってないヤツの態度だよね!?」
「一応。そういうところは私もちゃんとチェックするようにします」
「あのね。私だって鬼じゃない。ちゃんと公正に皆幸せになれるようにするから。ただ。プール金があるってところはご了承ください」
「なんでもいいけど。ちゃんと明細というか収入と支出はキッチリ提示してもらうから。不備という名の不正が見つかったら。もう小林さん抜きでやるからね。そこだけはきっちり明言しとくから」
「東雲君マジでそーゆーキャラなんだ。はぁ。そうなんだ。そこキッチリしてんだ。なんか。ちょっと嬉しい反面、結構がっかりしちゃってるなぁ…」
「流石東雲さんです。うん。今後は先輩と呼ばせて頂きますね。…うん。やっぱりそういうところはキッチリしておかなくちゃいけないですよね」
「せ、先輩!?」
…。突如出てきた都市伝説級の呼び名。そういうのギャルゲーでしかないんじゃあないかっ?でも。別にそれが特に大したことでもないし。でも。先輩かぁ。
「ま。まぁ別にいいけど」
中坊から先輩かぁ。しかも僕より背が高い子から。うーん。変な感じするな。
「はぁ…なぁなぁで終わらせときゃよかったところを、なんかここに来てちょっと損した感じがする…」
「僕は逆にこういうのを改めて聞かされて、しっかりと収支報告書を出してくれるように言えたのは大きいかな」
「最悪姉抜きでもいいですもんね。そしたら先輩メインで個人でやればいいんです。姉を追い出す形で残りはスタッフとして引き抜けばいいですし」
「そーゆーこと思っても言う!?」
「釘を刺して置いてるだけですよ。東雲さん。多分。怒ったら、ちゃんと実行するタイプですから」
分かってるな。僕はどんな時も有言実行を心掛けてます。特に怒った時はね。
「ちゃんと分かってるから大丈夫だよ。東雲君の事は案外本人以上に分かってるからさ」
「僕以上に!?それはありえないよ!?っていうかもう一時過ぎてるよ!?流石にもう帰りなよ!?学校のバッグあるわけじゃないでしょ!?」
話を戻すけど、それが一番言いたい事で重要なこと。
「え?もちろん持ってきたけど」
「泊まりだって聞いて持ってきました」
「なんでだよッ!?」
「あ。それ良いかもッ!もっと気持ちを込めて!」
「なんでだよッ!!!」
「藤原達也っぽい…」
「もういいよ!」
口ではこう言ってるけど、若干嬉しいまである。
「それで話を戻しますけど、五十万ってどう使うんですか?」
「あの二人にそれぞれ前料金でバイトとして二万渡したでしょ。カレー資金とお菓子と寿司とウナギと…」
寿司?ウナギ!?お前ら良いもん買ってんなッ!?
「もろもろで一万でしょ。あとは残りは、家の借金にまるまる入れちゃう」
「え。家の借金ってあるんだ」
「うんうん。自己破産しても公共料金の支払いはあるからね。それでいいでしょ。二人共」
「別に、ブランドモノのカバンやらアクセとか贅沢品に使わない限りは文句は無いよ」
「そんな事考えてたんですか。借金はすぐに払う義務はないから後々余裕が出来てからでもいいんじゃないですか?」
「私がきちんと役に立てた証明が欲しいんだ。頑張る時、成功体験があった方が元気出るし。お母さんだって、安心させたいでしょ」
「そういうとこあるから、嫌いになれないんですよね。お姉ちゃん」
「一応一本につき十万円。五本で合計五十万円。ステルスだから動画で露骨にシスターコークの名前出しちゃダメだよ」
「うん。分かったよ…」
相当恥ずかしい事やらされるからそういうことはすでに問題じゃないんだけどね。
「よし。話の区切りがついたところで。寝ますか」
「そうですね…」
「お母さんにはちゃんと言った?」
「言ってあるよ。当然。二泊するって」
「根回し早いな…」
「折角だからさ。布団を三つ引いて東雲君が真ん中で…」
「それ以上言うと分かってるよね?」
「はぁ…。東雲君。マジでさ。一回本気で誰かと付き合った方がいいよ?人生長いんだから」
「そりゃ付き合うだろうけど、あのね。親しき仲にも礼儀有りなんだよ。僕の付き合うって言葉と小林さんの付き合うって言葉の意味合いも違うだろうし。人間ってさ。もっとこう…。気高い生き物だって思うんだ」
「なかなか言うじゃん。東雲君の癖に」
「小林さんには遠慮しないことにしたんだ。今後、男のように接するって決めた」
「それ誉め言葉じゃん?」
どーゆー神経回路してんだ?いや。そういう考え方もあるのか。
「私にも遠慮せずに言ってくださいね」
「いえ。小林さんには気を遣います…」
「さえちゃんで」
「いえ…そんな親しいわけじゃないので…」
「さえちゃんでいいですよ。小林妹とか冴子さんとか言われるより」
「わかったよ…」
「じゃ!寝ますか!」
一息ついたところで小林さんがしめる。
「あ。そうそう。本気で聞きたかったんだけど」
歯磨きが終わったところ、洗面所で小林さんに聞かれた。
「Realで片思いってことじゃん?」
恥ずかしい事聞くなぁ。
「まーね」
「それ本当に女?」
「女だよ」
「ふーん。どこら辺が好き?」
「ディスティニー感じちゃっただけ!それだけ?」
「ディスティニーねぇ。私もRealの端末買っちゃおうかなぁ…」
顔を斜めにされてちらりと見られる。大きめのシャツ一枚だけのせいか、中坊のAカップには無い女性らしさがでてる。シャフトかな?
「買えば?」
何も考えずに受け答え出来るっていうのは結構スゴイ事かもしれない。
「そしたらRealでも一緒にやれるもんね?」
「まーね。そーだろうね」
「一緒にやっていいの?」
友達だろ。
「別にいいよ」
そう言い掛けた。小林さんはオーラを出してるわけじゃない。一切そういうのを感じないし、僕だって操られてない。ただ、なんというか、殺されかけたせいだろうか、生まれて初めての異性との距離感に、僕の脳がバグる。
「ふところ深いんだねー」
「月三億の男だからね」
そーゆーとこイラっとくんだよなぁ…。鼻毛一本出てるし…。