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エピローグ

棒人間ではなく、血の通った人間が僕達勇者御一行のペンションまで息を切らしながら急いでドアを開けた。


「こ、これから狼の大群がやってきます!!勇者様!どうか再びお力をおかしください!」


「なんだって!そいつは大変なことだな!」


食後のコーヒーどころの話じゃなくなった。これも勇者パーティのレベルイベントか。


「…」


急いで装備を整えてペンションから出た。狼の大群か。


「…」


息を切らして汗をかいてる先程の人間を見る。


「あの人、嘘ついてるね」


ヴァミリオンドラゴンからの通信が入る。


「勇者パーティのレベル上げの一環だろうね」


僕達がそんなことを頭の中で通信してると、凶報を伝えた人間が僕達の泊ってたペンションに急いで身を隠していくのが見えた。


「かなりの数だね。200とか300とか。レベルが10ぐらいな狼だね」


ヴァミリオンドラゴンなら魔力の頒布はんぷを図面を描けるのか。僕はそういった事はできない。知るという行為には頭で理解するための理論が必要だ。それとも、僕にもわからないぐらいの魔力をソナー状にして飛ばしたのか。


「なんとなく分かるんだ。そしてこの村は無くなるだろうってことも」


マズイな。


「勇者さんじゃ捌き切れないね」


僕達の頭の中の通信をかき消すように、勇者さんは叫んだ。


「皆は家の中で戸締りするように!!魔物は全て俺たちが倒す!」


「来ます!かなりの数です!」


遠くから見えた魔物の大群は2メートルぐらいの馬鹿でかい狼で、それが100体以上も勢いをつけて群がってる。


「早く隠れろ!」


あたふたしてる村人(棒人間)に檄を飛ばす勇者さんだが、間違いなくこの量は。この横行は村をを潰すレベルだろう。僕の目から見たって、これは勇者さんの手に余る。


「…」


僕達の泊ってたペンションから魔法陣のような地の利を生かした魔術が発動した。なるほど。先程の彼が連れてきたわけか。それでやり過ごせるわけか。


「これだと家も潰されかねません!全力で参ります!」


黒魔道士と赤魔道士の詠唱が始まった。


「二人のヒーラーは避難してくれ!最低でも、自分の身は守ってくれ!!」


勇者さんはそう言ってくれるが、どうしようか。これ、ひょっとして負けイベントなんじゃないか。間違いなく、村全体が潰される。


「…」


どうする?このイベント。おそらく、勇者一行を育成するためのプロジェクトが存在している。あらゆるイベントで勇者を鍛え上げること。それは心についても同様だろう。このままいけば、なんとか大群を倒しても村は壊滅し、村人(棒人間)は一つの家を除いて全滅だろう。


「ヤバイ、っく」


勇者の心の叫びが漏れている。負けイベント濃厚。これは勇者の心を鍛え上げるためのイベントだろう。男が立ち上がる時は、そこには血がしたたり落ちてるところか。喧嘩でも戦争でも、人は血を見て初めて一つステージが上がる。自分の力の弱さを自覚することは、男なら必ず必要な事だ。勝ったり負けたり時には逃げて延びてでも、生き延びる。それが男ってものだろう。今が勇者の真価を問われるところだ。辛くっても耐える時だ。


「ウォおおおお」


そこに人間がいたなら話は変わるだろうが、これはこの世界のシステムに沿ったイベントの一つであり、必要不可欠な負けイベント。僕達が手を出すべき問題じゃない。せめて見守ってあげよう。


「だめだ。守れやしない!!」


狼の大群の踏み鳴らし。勢いに乗った動物の速度は建物を破壊しながらも、僕達の泊ってた誘導係が魔術を発動した建物めがけて突っ込む。村の中央の広場で勇者さんはあえて自身の魔力を放射状に広げて目立ち、ヘイトを買ってる。縦横無尽に襲いかかる魔物は、目線の先からも、脇からも、時には上からも容赦無く牙や前脚による攻撃を受けている。勢いに乗った攻撃だろうが、勇者自身の纏う魔力を身体中に余すところなく広げて覆う、オーラ術で攻撃を打ち消している。防御は完璧だろうが、攻撃はおざなりで、瞬発性に優れた魔物は剣や盾ではなかなか命中しない。黒魔、赤魔の二人も最初の詠唱は成功したものの、次から次へとやってくる魔物に、防戦一方。時折狼のツノが肉体に命中し、動きがとまる。肉体に突き刺さるダメージは電撃のように体に痺れるだろう。時折崩れ落ち、僕達の回復魔法でなんとか立ち上がり、再び簡易的な魔法と武器術で魔物を倒し続けている。数の暴力はまるで一方的で、おおむね完成を見せている勇者パーティ三名の綺麗なオーラ術においても、決定的な攻撃力がまるで足りていない。本物の戦闘、厳しい自然との格闘。


「くそぉぉおお!」


次から次へとやってきて、家々は倒壊してゆく。まさに修羅場。踏ん張れ、ここ一番だ。ここなんだ。僕が回復魔法を投げて、立ち上がる。その繰り返し。


「…」


段々と動きが良くなってきてるな。魔力の最大出力量も瞬発性も、オーラ術も上がってきてる。肉体だってそのオーラに馴染んできてる。直線的な攻撃だけじゃなく、横からも上からの強襲にも対応できてきてる。魔物への武器術も的確に急所へ打ち込んでいけてる。レベルが上がってきているんだ。目に見えるほどに見違えてきてる。この感覚、Realのレベル上げに似てる。そう、俗に言う養殖にそっくりだ。


「はぁはぁ」


息も段々整ってきてるな。この勇者の育成システムを考えたのは大したものだな。着実にレベルが上がってる。


「…」


やがて全てを倒し終えた頃には、一つの建物を除いて倒壊し、棒人間の村人は倒れて全滅している状態だった。夜に差し掛かる前に全ての遺体を一箇所に集めて、燃やしてゆく。勇者さんは随分と落ち込んでいるようだった。黒魔と赤魔がそれぞれフォローに入っている。僕から見たら、今回の一連の出来事は大きな収穫があったが、勇者さんパーティにはそれ以上に心への負担が大きいものだろう。何せ僕にはそれが魔術による人工物だと思ってたけど、三人にとってはそれは生きた人間に見えているのだ。


「行こう」


「そうですね」


僕達はもう昼も過ぎている頃合いには歩き始めた。暗く重い足取りに暗雲が立ちこめてる。


「空の鳥、僕達を見てるね」


ヴァミリオンドラゴンから通信が入った。空を見ると確かに目立たないぐらいの高い位置に鳥が旋回していた。


「あれ…」


あれは鳥じゃない。棒人間のような魔術で加工された人工物だ。監視されてる。勇者を育成してる存在は、文字通り遥かに上の存在のように感じる。それが非常に奇妙で歪に感じる。まるで奇妙な親子関係に似た、偏執的な愛のようにすら感じてしまう。

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