エピローグ 相談事をしながらご飯を食べる夫婦
勇者さんパーティから抜け出し、普段通り一緒にお昼を取る。
「本当にサッポロ一番で良かった?」
「最近おうち時間が好き」
「そうなんだ」
確かに、最近はあっちこっちと食べ歩いてばっかりになっていて、せわしく常に動きっぱなしだ。こういう時も必要だろう。お腹には子供もいるし、のんびりと時間を過ごすのも大事なことだ。好きなように過ごしてもらうのが一番だろう。
「あのさ」
ヴァミリオンドラゴンの勇者パーティのお手伝いをするためには、数日か一週間かそこらは必要になる。ある程度ヴァミリオンドラゴンの問題を解決するか、メドが立つまでお手伝いをするつもりだ。そう話を切り出そうとしたところで、妻から話を切り出された。
「うん」
コショウ取ってかな?
「今日ビッキーとカジノに遊びに行こうと思ってるんだけど」
コショウを取ってどころの話ではなかった。昨日がパチンコで今日はカジノ。順調にギャンブルジャンキーのエリート街道まっしぐらである。血の気が引く感覚を久しぶりに味わった。ギャンブル中毒のヤバさはサークルの仲間連中を見ているので分かってる。マスターの土下座は3回見た。ギャンブルは金だけではなく、人の尊厳すらも堕落させる人間の悪魔の業なのである。この世の中で世にも珍しい悪の業である。度し難いほどに罪深い業が、ギャンブルという概念であり、観念だ。僕の認識上ではそういうもの。客側は決して勝てない。パチンコの話一つとっても、駅前一等地に建っている維持費も従業員の給料も電気代も全てが客側の負けてる金額から捻出されているのである。客側の負けてきた金額はどれほどのものなのであろうか、想像すらできない。それでパチンコで勝とうだなんて、僕には信じられない。
「カジノ…」
そしてカジノである。パチンコでは球が一つ飛ぶ速度もスロットが一回転回る時間も、確か法律やらルールだかで盛り込まれていたはずだ。パチンコは警察が監督し、パチンコは人間の邪悪な業だが、それでもまだ、一日の負ける金額の最低ラインは存在している。
「…」
カジノとなってくると、話が全く異なってくる。カジノの掛けれる金額は青天井なのである。つまり、際限が無い。いきなり十万円を赤黒ルーレットの黒に賭けることだって出来る。ちなみに熟練したディーラーはトランプを全て指で覚えることが出来るし、山札のカットも目で計れる。人間の培ってきた太古から続くギャンブルという業の最新・最高の超絶技巧が現在どうなっているのか、僕だってわからない。カジノはその場所の施設だって重要だ。場所を牛耳っているモノこそ、ギャンブルの勝者だ。つまり、カジノとは負け戦が大前提、大原則。人間が踏み出してはならない業の道。今まさに僕の奥さんは、そんな道を踏み出そうとしている。ギャンブルに手を出したら最後、真っ逆さまに落下である。
「やめといた方がいんじゃ無いかな…」
「遊ぶだけだよ」
この遊ぶだけというのが、まず良く無い。最初は三千円、五千円、そして一万円、二万円、やがて給料が出たところから使い先の筆頭になってゆく。麻薬の最初のマリファナ、大麻と同じである。最初はちょっとだけでも、水パイプから吸って、やがてそこから上の体験を味わいたくなってくる。一瞬の快楽を味わうためだけに、人は大枚をはたく。やがて廃人になりさがってく。ギャンブルは麻薬であって、遊びではない。断じて遊びでは無いのだ。
「ビッキーと…」
そして現在地球の創造主たる神の権限を持つビッキーと。神様が休暇取ってベガスに行くとか、冗談のつもりだろ?そりゃ何もしない方が一番良いけど、よりにもよって、僕の妻と行くのか。っていうか、ビッキーギャンブルするのかよ。最悪の予感しかしないんですけど。頭働かせて考えたら変な汗が出てきた。最悪、地球始まって以来の大ピンチだぞ、マジで。
「信用してないわけじゃ無いけど、行きたいなら行ってもいいと思う。でもね。カジノっていうのは、どんなダンジョンよりもクリアが難しい場所なんだよ。それを覚えておいてね」
ヴァミリオンドラゴンの手伝いは使命だ。ヴァミリオンドラゴンは僕の冒険そのものだった。今度は僕の番なのだ。しかしながら、妻がカジノ。それもビッキーと。100%中の1000%悪い予感しかしないが、僕は今日、妻と一緒にカジノに行けない。妻を信じるしかない。ビッキーはそういうところで裏切るような真似はしないと信じたいけど、するかもしれない。いろいろと絶対やらないよなってところで、騙し討ちを仕掛けてくることもあるかもしれないけど、するかもしれない。
「分かった」
人生は一度きりだ。その一瞬しかない。僕が踏み越えてきた茨の道だって、そうだった。
「賭けるのはお金だけにしてね」
「そのつもり。32万円で勝負する」
「…」
そういうことも大切なことだと思う。あらゆる体験は、人生に必要な出来事だ。妻は大丈夫。ビッキーだっている。
「僕もヴァミリオンドラゴンの手伝いで数日から一週間家を空けることになるんだけど」
「一週間過ぎたら私も行くから頑張ってね」
「うん」
「あと、マッキーのポケットに入ってるの何?」
「これ?」
ポケットから装備品を取り出す。
「特別なルーン文字を彫られてるね。七十文字ある。一つの文字を彫るのに一人分の生涯が詰まってる。マッキー、これヤバいよ」
どうやら僕は、ヤバい案件を二つ同時に抱え込んでしまったらしい。