エピローグ 無慈悲なディーラー
どエロいメイド服を着た女性スタッフが蔓延る喫茶店にやってきてしまった。
「そういうのは気にしないでくれ、ここの料理長は大きなコンクールで優勝したぐらいの腕を持ってるんだよ」
「気にしないことなんてできないですよ」
「好きなの注文してくれ」
「なんでここなんです?」
「ここらで一番のスイーツだからね」
「全然落ち着けないんですけど」
僕達はテーブル席に落ち着くとメニュー表を開いた。
「たっか」
「そりゃ高いよ。サービスも良いしクオリティも高いからね」
人間がふらっと料理を食べようかとお店に入るのはどうしてか?そんな疑問を題材として歌舞伎町を練り歩いていたら、一つの結論に行き着いた結果である。一つ、心も体もお腹もいっぱいに満たしてくれること。一つ、店員さんからサービスをしてもらってるという非日常の特別な待遇を得られること。例えば感謝の言葉を言われたりだとか。一つ、歩いてすぐのところ。気軽に立ち寄れる、すぐに入れるお店であること。この3点をクリアした喫茶店があるとのことで、僕達は歌舞伎町とゴールデン街の中間、花園神社の近くまで足を伸ばしてやってきた次第である。
「…」
どエロい衣装について、僕が詳細に語る必要は特にないと思われる。
「大きい」
妻が言うセリフの主語はなんだろうか。身長が高い?胸?お尻?
「ここってさ、ノーパンしゃぶしゃぶとかと同じような感じじゃじゃ無いんですか!?」
「違う違う。オーナーの趣味だって。うちはホラ?性犯罪は御法度で四肢切断から生贄まで重いからね。そういうのじゃ無いんだよ」
「視覚や寿命の例もありますけどね」
「いらっしゃいませー」
ウエイトレスさんが胸を強調してお冷を持ってきてくれた。
「すごい。同じ人間とは思えない」
妻が凝視しながら呟くように言う。
「これ中にシリコン。こっちにも注射。アソコにはピアスですよ〜」
「令和で良かったね。大正なら斬られてる」
「ハピハピハッピー!」
ウエイトレスさんキャラ立ってるなぁ。…にしても衣装過激だな。
「で。決まった?」
「いや、まだですよ。えーっと」
正直言って、メニュー表の中身はどんなお化けが飛び出てくるのだろうと期待してたけど、意外と真面目で分かりやすい普通の喫茶店と小料理店を足して割ったような親切心と分かりやすさでデザインされたメニュー表だった。ただ、コーヒーの品種というか銘柄というか、コーヒー通の僕が知らない産地直送である。ナルリカコーヒー。Sで1200円。Mで1500円。Lで2000円。
「オレはメルリカコーヒーのラージにらぶっちゅっちゅオレンジの魔法と愛しのハニーのハニーなハニーを重度にぶっかけ、腹はそこまで減ってないから姉妹丼で」
「お客さまごめんなさぁ〜い!今日はもう姉妹丼売り切れなんですよ〜」
「そうなんだ。がっかりだな」
ここは風俗か?どういうサービスだ?むしろどういうモノが出てくるか気になりすぎる。まさか、僕の想像してるヌキゲーに出てくるジャンルのやつじゃ無いだろうな。
「…」
メニュー表を見てみると姉妹丼はなかった。
「…」
ホッとしたようながっかりしたような。じゃあ、それ裏メニューじゃん!
「姉妹丼ってなに?」
我が妻は恐ることを知らない。戦士のようである。
「ミルフィーユのことだよ。縞々柄のパンツと黒パンツがドッキングしててからそういう愛称になったわけ」
「そうなんだ」
ちょっと、そのがっかりしたような顔は。
「私はコーヒーとエスプレッソ、どっちもMで。スペシャルパフェ、一万円のやつ」
「ぶっ込んできましたなぁ」
「マスターの奢りだからね」
僕は何にしようか。コーヒーは絶対ラージで。僕もスペシャルパフェを食べたいかな。
「ねぇ。スペシャルパフェ僕にも何口かもらえる?」
「四分の1ぐらいなら」
「ありがと」
コッテリ!蟹とエビのガッツリグラタン。なんかも美味しそうだけど、ここにはスイーツ食べにきてんだったよな。チーズケーキかモンブランか。苺ショートケーキなんかも悪くないんじゃあないかっ?
「ここからここまで、全部ください」
「りょっ!以上ですか?」
「あーっと。じゃあオレも…ハワイみたいな真っ青ブルーオーシャン部に特別濃いのでぶっかけまるごとシャルロッテ追加で!」
「シャルロッテ本店舗じゃ取り扱いしてないんですよぉー。ごめんなさいねー」
「マジかよ。じゃあ、もうどどっぴゅでいーわ!」
「りょ!かしこまりぃ〜」
いちいちポーズ決めるんだ。どすけべすぎる。
「それ。仕事でやらされてるの?」
「仕事と趣味の両方でーっす。じゃーご注文復唱は省略で。少々お待ちくださいませー」
どエロいウエイトレスさんは後ろ姿もどエロい。
「ここって風営法とかに引っかからないんですか?」
「だから入店時は迷彩認証、指紋認証、声紋認証、カードキーのガッツリ盛りだよ」
「裏カジノかな?」
「カジノもできるぜ。ウエイトレスさんに言えば、ディーラーやってくれるよ。やる?」
「やる」
妻が即答した。なんか、僕の奥さんが順調にパチンカスとかのギャンブル依存症への道をひた歩んでる気がするのはきっと気のせいだろう。
「はい。コーヒーからお待ちぃ」
美味しそうなコーヒーが運ばれてきた。
「うっ」
なんだこの香りは。ひと啜りするだけで、コーヒーの香りが鼻から突き抜けるほど香り高い。分かりやすいキャッチーな味。美味だ。ネスカフェゴールドブレンドをパックから開けた瞬間の香りを二倍の濃さにしたようなかんじだ。
「おいしいっ」
「美味しいですね」
「だろ?ここのはハズレない。六年前のリラ5の単先レイ背景ダブル初号機ぐらいハズレない」
「今はどうなんです?」
「あの頃のエヴァは死んだんだ。いくら呼んでも帰ってこないんだ。もうあの時間は終わって、オレも人生と向き合うときなんだ」
煽り気味でマスターに言ってやったら予想以上に顔を俯いて悲しそうにそう言われた。
「でも今度は過去に無い最新作の映画でパチンコまた出るんですよね?」
「ヱヴァは復活するんだ。悲しみの弔鐘はもう鳴り止んだ。ヱヴァは輝ける稼働の、その第一歩を、再び踏み出す時がきたんだ」
腕を振るってそう言われた。
「それ面白いの?」
「オレにビスティ語らせると長いっすよ?まー。覇権でしょうね。今作がぶっちぎりに豊作であったし、期待は高まるばかりですよ」
「おーっす。トランプ持ってきたぞぉ」
先ほどのウエイトレスさんがトランプを片手にゆさゆさとやってきた。ケーキはまだだろうか。
「レートはどーする?じゃあ。こういうのはいかがー?これから出てくる商品の値段。そっちが勝てばチャラ。負けたら倍。どーよ?」
「いいね。じゃあオレがルール提案していい?」
「どーぞー」
「ちょっとマスター。マジでやるんですか」
「最近マジで忙しすぎてプライベートなくて遊んでなかったし」
「一発目だし、HiGH&LOW でいい?」
「おー。なかなか玄人よなぁ」
トランプが置かれた。
「ん?」
なんだこのトランプ。まるで透明のようだ。
「オーッと。このトランプは透視できないぞぉ」
「材質がオーレル木使ってるね。絶縁体みたいに、魔力を一切通さない素材だね」
マスターが解説してくれたが、このお店の人って。
「それはよくわからんがとにかくズル出来ないのっすねー。で。ハイ?ロー?」
「景気良くここはハイでしょ!」
乱雑に置かれていたトランプの山札を捲られ、テーブルに落とされた。
「残念、ローでしたー。はい。二倍!ついでにチップ!」
「マジかよ…ごめんマッキー。金貸して」
どうやら僕たちはやっぱり入るお店を間違えたらしい。隣をみると目を輝かせてうずうずしてる妻がいた。目のハイライトが三つぐらいある。