第十四話 寂しがり屋な少年と思案するもこもこ
「ようこそ。天空の花園へ。ギルド、トワイライトの皆様。我が白銀卿の城へようこそ。城主への面会希望をされますか?」
普通にカワイイ金髪のスーツ姿の女性がお迎えしてくれた。ここが、バベルの塔150階。まだ上があるな。周囲は草木の生い茂る庭園となっていて、蝋燭の照明がちらりちらりと揺れ幻想的な風景となっている。甘い蜜の香りもする。…薔薇の香りも。くらくらと。これって、すごいヤツなんじゃないか。
「いえ~今日は予約させて頂いた通り~おもてなし希望です~」
「かしこまりました。ミルフィー様とツキコモリ様はこちらへ」
「はい~。いきますよ~」
「本日は腕によりをかけたご料理をお約束させて頂きますよ」
そう言って談笑しながら三人で邸宅への一本道を歩き始めた。…僕は?
「お二人はこちらへ」
「はい~」
ミルフィーとツキコモリさんだけてくてく一緒に歩いてく。
「え?」
何も言わない。まじでスルー。え?え?マジで?マジでスルー?僕このまま帰るの?マジでこれだけなのですか?
「うっそだろぉ…」
なんかちょっともてなしくてくれるのかなって思ってたし、ご飯も出るのかなとかも思った。でも。ものの見事に僕の存在をスルーされるとは思わなかった。ミルフィーさんも人が悪すぎ。僕が送迎だけなら送迎だけだよって言ってくれればいいのに。
「なんか主人公の待遇悪くない?」
ついつい独り言で愚痴ってしまった。最近の主人公はストレスフリーでハーレム築くのが流行ってるってのに。なんかこんな仕打ちってあんまりにもReal過ぎる。現実そのものじゃないか。いーんよ。どーせ田舎者は金持ちの家なんかあがらなくっていーんよ。
「はぁ…。帰ろ」
くるりと振り返ると、そこは確かに絶景だった。Realの風景が丸見えだった。海もある。星座から流れ星が落ちまくってる場所が遥か彼方にある。山々のその先では明りが灯ってる。きっと村か街があるのだろう。
「夜の景色は、市川のツインタワーの屋上とそんなに変わんないかな…」
あっちは無料だし。
「なんか思ってたのと違うんだよなぁ…」
けど。ツキコモリさんは思いっきりこの場所で絶景見たり、美味しいモノを食べれるんだろう。きっとジャグジーで泡泡いっぱいのゴージャスで泳いだりするんじゃないだろうか。それだけでも。十分じゃないか。
「っていうか、次何時に迎えにくればいーんだろ」
感じわるっ。結構マイナスポイントだよ。
「…」
愚痴ってもしょうがないので貸し出されたドレークに向かって歩き出す。っていうかコレ。返さなくて大丈夫なのかな?なんかカジノ行くとか言ってたけど。返却明日でいいのかな。いいんだろうな。レンタルDVDの延滞料金みたいに違約金が発生しちゃっても僕は払えないからな。
「ちぇー」
「うぃーっす。景気どうよ?ニコニコ仮面」
「それ僕に言ってんの?」
育ちの良さそうな西洋のボンボン被れっぽいのが声をかけてきた。ハリウッドの映画でよくあるヤツだ。今の僕は若干ブラックだからな。容赦しないぞ。誰でも。
「最悪だよ。それじゃーね」
「おいおい待てって」
僕はそのままドレイクで飛び去った。っていうかあの場所から飛び降りたらどうなるんだろうか?衝撃で死ぬのかな?さすがに死ぬよね…。
「…」
少し腹が立ってるので気合で地上の北門までさっくりと移動する。もうあんまり乗り物酔いはしなくなった。
「…」
さっきの育ちの良さそうな人、オーラが若干変わってたな。雰囲気も。香水だって違ってた。もしかしたら結構バベルの塔での最重要人物の一人しかもしれない。
「ま。いっか」
だが。それがなんだ?世界一の金持ちだろうが、Real一位の最強だろうが、唯一無二のドラゴンライダーだろうが。
「それが僕にとって何の意味があるってんだ」
Lv1299のぼくにとって、ぜんぶいみをもたない。みんないっしょ。
「もうちょっと僕に気を使っていいんじゃないかな。こういうことされたらマジでやる気無くすよ。フォローぐらいあってもいいよね…」
端末を見るとミルフィーから招待客だけが入城可能みたいになったので送り迎えだけで結構ですってメッセージが送られてた。ツキコモリさんからもごめんねというメッセージが届いてた。
「遅いっつーの…」
みんな美味しいご飯を仲良くセレブとか最強とかと一緒にあーでもないこーでもないってご飯食べてんだろうなぁ。…一人きりにさせるなよ。僕を。
「ログアウトしてキットカットとハーゲンダッツをバカ食いしてやる…」
この世の最強の魔法の一つ。やけ食いである。これに勝てるものは人生にはそうあまりないのである。
「コンビニで買ったちょっといいヤツがまだ残ってたはずだ。キットカットもショコラ味があったはず。いひひ。全部食べてやる。今の僕にはやけ食いが必要なんだ!」
なんて事をついつい独り言で喋ってしまった。自分でも気持ち悪いって思いながらも。きょろきょろと馬車のキリンのおじさんを探すけどやっぱり居ない。
「ドレークどうしよ…」
流石に他人の持ち物を放っておいたらだめなので、ミルフィーに連絡を入れる。ドレークどうするんですか?キリンのおじさんいないんですけどって。
「…返信遅いし」
二十分ぐらい北門で待っててもいっこうにメッセージの連絡がこない。もしかして。今日ずっとこの調子なのかな?
「ドライバーさんも大変だよな…」
もしかして。今カジノで勝ってるのか?だからもっともっとってなってるのか?それともタイミングがズレてもう仕事終わったから帰宅したのか?
「はぁ…」
仕方がない。北門柱近くのシルフィードの看板までやっていき、別のゾウさんに話しかける。
「すいません。返却をお願いしたいんですけど」
「えーっと。ミルフィーさんのかな?分かったよ。ここにサインして」
契約書っぽい用紙の空白に指を叩かれた。
「…」
シノノメマツキでいいのか?それともルーキー・ザ・ナナシでいいのか。それともバベリオット・ミルフィー名義でサインしたらいいのか。
「なんて書いたいいんですか?」
「あんたの名前を書いてもらえれば結構だよ。トワイライトにゃお世話になってるからね」
「そうですか。どうもです…」
ルーキー・ザ・ナナシと記入してやった。
「はい。ありがとさん。またどうも」
「ありがとうございました」
事務作業を終え、空を仰いで、ログアウトをした。…絶対やけ食いしてやる。
「…」
ログアウトを終えても苛立ちは止まらなかった。今頃ミルフィーとツキコモリさん達は世界最高峰のプレイヤー達と交流して美味しいご飯とふかふかベッドとでっかいジャグジーの最強接待を受けてるに違いない。それを考えると、僕の仕打ちはなんなのだと腹立たしさがまるで収まらなかった。パソコンのメッセージを確認すると明日の十一時から十二時に変更と書いてある。そういや十一時ぐらいに終わるとか言ってたっけ。
「…」
時計を見るともう九時を過ぎてた。もう夜。とばりが降りて。
「あ」
明日学校じゃん。十二時か。学校行くのかぁ。もういっそのこと、本気でちゃんと自分で稼いでみようかな?そもそもLv1299の数値がどれだけ凄まじいかなんてものも実感してないし。そりゃ大きさや凄さは伝わったけど、結局のところそれがどのように強さとして表れるかが問題だ。実際のところ、そんなに強くなかったじゃ話にならないわけだし。
「機会があったら召喚するのもいいかもなぁ…」
コミュニケーションも取りたいし。あーあ。
「さて。ヤケ食いしよっと」
一階へ降りる。さすがにこの時間だし明日学校だし小林さん達は帰ったと思うけど。
「遅かったねー」
居たし。
「なんで!?明日学校だよ?」
小林さん姉妹が。も。もう帰っておくれ…。ちょっと格好イイ東雲末樹を見せた後、一人でハーゲンダッツとキットカットをやけ食いする姿は見せらんないよ…。
「ほら。いろいろ伝達事項があるのよ。ほらほら。座って。あ。カレー作ったんだけど。食べる?」
カレーの具材なんて買ってなかったはずだ。確かに美味しいカレーの匂いがしてる。
「清掃もやっておきました。東雲さんお風呂のお湯入れておきます?」
「え、えっと。あ。お願いします…」
「どっち?カレー?お風呂?」
「どっちも…」
なんだ。この気持ちは。甘酸っぱい以前に、この、ほっとしたような気持ちはなんなんだ。ずっと僕はこの感覚を。持ち合わせていなかったはずなのに。
「先にカレーからでしょ?よそってあげるね」
「え?あ。いや。自分でやるよ…」
キッチンには大きめの鍋にカレーがたっぷり。しかもこれ。シーフードカレー。リンゴも入ってるしニンニクも。本格的なヤツだ。う。
「…」
「めしあがれー」
「いただきます」
う。美味い。マジで。なんだこれ。ちょっと大きめのエビも入ってる。大変だったんじゃないか。これ。美味い。美味い。なんか、心が、ぐさっと刺さる。
「…」
「あははは…。ナポレオンズっておもしろー。東雲君どー?おいしー?」
な、なんで、僕。泣きそうになってんだ。僕って、こんなに、心って弱かったっけ。
「かりそめとはいえさ」
小林さん達は僕のヴァミリオンドラゴンによるユーチューブ動画の広告収入で繋がってるビジネスの関係だ。ただのそれだけ。なにも、損得勘定抜きでの友達だとか、大切な義理だとかじゃあない。だけど、それでも、どうしてこんなに美味いんだ。心が。揺さぶられる。
「嬉しいよ…」
「それは良かった」
小林さんはぱあっと明るい顔になってノートを取り出した。
「ねぇねぇ東雲君でさでさ。次の動画の撮影なんだけど、幾つか案を出し合ったんだ。こんなのとかこんなのとか。あ。ほら。一応まだ未確定なもってるもってる詐欺してるちょっと勘違いしてる系の高校生でね。これとか…」
誠に遺憾なことだが、僕は小林さんの言われるがままに首を縦に振ってしまった。
「…どうしたの?なんか。受け入れてる感じがする。マジでそういうキャラだったっけ?」
「いろいろあって疲れちゃったんだ…」
「女性関係でふられた?とか?」
「いや…」
それに近いかもと言いそうになった自分がいた。
「ううん。あ。宿題あったっけ」
「やったげるよ。東雲君稼ぎ頭だし」
「…本気で言ってる?」
「うんうん。大分本気大分本気」
「顔が近い。…あのさ。今日はさ、ありがとね」
「いーって。言い出したのギャル子だし。結構作ったから、ちゃんと食べてね。野菜や魚介も入ってるから栄養たっぷり。夏だから鍋は冷蔵庫に保管しなよ」
「うん…」
「お風呂沸きましたよ~」
「ありがと。じゃ。そろそろ帰るんでしょ?」
「え?あ。もう親に言ってるし。もう一泊してくよ?」
僕はケータイを取り出してタクシー会社に電話を掛けた。
ギルド最強火力のレイナがどうしてこの場所に?加えて複数の魔力と心臓の鼓動。そしてそれらはこの花々の得意な匂いにより巧妙にカモフラージュされている。加えて人数の設定。招待客に上限なんて設定はこれまで無かったはず。今夜の晩餐会で誰かマーキングしておきたい人物が来るのか?
「ドライバーさんは食べれないんですね~」
「ですね。入城制限は即ち今夜の晩餐会での食事に限りがあるからなんですよ。各ギルドのVVIPだけのリミテッドイベントなんですって」
ただの月一の定例会議が国賓クラスに代わっている!最上級の警戒態勢の維持。周囲の警護兵も先月より質も量を違ってる。全員がレベル50以上のエキスパート以上か。装備品も新調されてる。それをこの配置で敷かれている。
「物々しい感じですが誰か来るんですか~?」
「いえ。普段と変わらないんじゃないんですか?」
オーラが揺れない、顔の表情も声も心音からも、嘘や偽証の可能性は無い。脳筋には知らされてないのか?そんなことがあるだろうか。これは即ち、最重要人物がこの場所に来るが、その最重要人物が何者かは知らされていない。一体誰が来る??
「…」
マッキー。シークレット賞の当選者。最重要人物。パーソンオブインタレスト。
「…」
可能か?マッキーが、今この状態で、あの。東雲末樹だという事が特定されることは可能か?いや。ありえない。探っている人間が居ないか、常時、気を張っていた。私が密偵に気が付かない事はありえない。マーキングもついてなかったはずだ。
「…」
可能か??シークレット賞の当選者が今夜バベルの塔に到着するという予測を立てる事は。
「…」
可能だ。得意な能力者なら可能。例えば、予知、予見、占いといった未来を知る能力なら、それは可能だ。ギルドトワイライトのアーティファクト保管庫にも一つ、未来鏡が秘匿されている。アラビアの王子クラスなら、世界一の占い師ですら囲うだろう。
「…」
今、不必要にマッキーとの接触は厳禁だ。彼の持つシークレット賞は現Realの環境どころか侵食した現実すらをも著しく破壊する事が可能なレベルだと予測される。ジャッカルの話では、レベル400以上は暗殺対象。これは、Realの持つ現実世界の侵食による影響の結果、核兵器を凌駕する殺傷能力を持つ兵器の誕生に等しいからだ。昨日、私がマッキーに死と生を何度も繰り返させた。結果として現実でも肉体を巡る魔力を感じたり視えたり、オーラを使用出来たりもしただろう。しかしながらあのバカは私に対しての質問はおろか、あまつさえ興味の無いといった無関心を貫いた。Realと現実が連動し、能力の多寡が現実の肉体にも影響する事を理解さえすれば、シークレット賞という特異点がもたらす現実的な危険性が理解できるはずだった。レベル500以上ならば、東雲末樹にとって最悪な事態をもたらす事になるだろう。レベル600以上は想定できない。レベル500の人間が、一体現実世界でどれほどの脅威に成りえるのか。人類の持つ文明が一瞬で滅びる核兵器を超える人間が、地球人類に対してどれほどの脅威になりえるのか。想像に難くない。レベル500の人間。それが居るとすれば、どういったものだろうか。人類史が塗り替えられるか、滅びるか、いずれにせよ、多大なる影響を与える事は明白だろう。
「…」
想定はレベル300。これならまだ。アソビの範囲で済むレベル。マッキー一代のみなら、幾らでも対処法はあるだろう。しかしながら予想はいずれも遥かに凌駕し最悪な方向ばかりを思案してしまう。
「…」
おねえたまには、流石に渡せない。関わらせるべきじゃない。既に事態は個人のレベルを超えてる。
「…」
このバベルの塔は150メートル以上。おそらく、最上階は街から外れる。アドバンス区画を超える。すなわち、プレイヤーキルが可能な領域。それを想定しておいた方がいいだろう。天空島が町の丁度真上に位置した場合、タウン機能の規制は入らなかった実験結果がある。
「…」
シークレット賞当選者を殺す気か。
「…」
周囲の監視の目が、私に向けられている。
「…」
マッキーの情けない顔が見える。
「…」
意識が私の方へ向けられている。音はマッキーから外れてる。
「…」
シークレット賞の当選者だと、疑われていない。ひょっとして、私が入手していると想定しているのか??
「…」
仮面を被ってるヤツは珍しい事じゃない。白銀卿だって被ってることだ。マッキーだと。まだ。バレていない。
「…」
この場面でマッキーには不必要に接触するべきじゃない。下っ端の送迎係員ぐらいに思わせておくのが最適解。
「…」
言葉をかける方がむしろ不自然か。
「…」
巫女の方にも声をかけるか。いや。危険過ぎるか。
「送迎さんには後で何時か連絡しますよ~。今夜は飲みほーだいです~」
「そう」
分かるか。感応型。どこまでかは分からないし予測もしたくないが、一応アイコンタクトを送っておくか。
「…」
送り返してきた。こいつ、まさか…。
「お。マスコットじゃん」
「ラフィアさん~」
「今日シークレット賞当てたヤツの処遇決めるらしいよ。ばっかばかしい。アホかっつーの!ねぇ~」
「ねぇ~~」
「仲良いね」
「秘密の共有が友達の秘訣な訳よ~新人さん」
ドラゴンには。秘密がある。トワイライトのギルドマスターが秘匿しているホワイトアイズレッドドラゴンは、感情によってレベルが遷移する。中でも最上位能力の『暴走』はレベルが倍になる。ラフィアの持つドラゴンもそうだろう。或いは…。いずれにせよ、会議次第では…。
「明日の会議は長引きそうですね~」