エピローグ 日常を謳歌するモノ
「はひっはひっ…」
「…」
「も、もう。ちょっと休ませて…」
「マッキーもうちょっとだから頑張って」
「っはひ。はひっ…」
目に見える形で妻のお腹は大きくなっていった。それに比例して妻の愛情も深くなってる気もする。僕の大切な部位が使用しすぎて痛みを帯びてくるのが珍しくないのが最近の夜の時間。もう少しすると、お腹もどんどん大きくなっていって夜の生活も気をつけないといけなくなってくるだろう。食生活にも気をつけないと。ポテチとかケーキとかプリンとか、僕達のリビングはちょっと人様には見せれない魔境と化しているのである。
「あっ。電話。電話鳴ってるから!」
「ぶー」
「はぁはぁ…。よいしょっと。もしもし」
「オレだ。今いいか?」
「どうぞ」
マスターが電話をかけるということは、何か厄介な災難が人類に降りかかったらしい。
「毎回悪いな」
沖縄の海底遺跡付近に異空間に通じる門が発見されたらしい。発見したダイバーが興味本位で近づいたところ、門をくぐったところで姿が消えたとのこと。
「今から110分前の出来事だそうだ。当然既に酸素ボンベの残量は無くなっているだろう。生存は絶望的。調査なら受けてくれないけど救出任務なら受けてくれるだろ?」
「分かりました」
「位置情報をメールに添付した。宜しく頼む」
通話を切って妻の顔を見たら案の定、ぶーたれた顔になっていた。
「またボランティアなの」
「三十分で戻らなかったらビッキーに連絡して」
「わかった」
スマホから沖縄海底遺跡の位置を見て、そこへおおよその空間をぶち抜いた。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
こういう会話も、新婚だからこその挨拶だと思う。30年後も続けたいと願う。
「…」
空間をぶち抜いてから広がる空間。どこまでも広がる青空に南国特有の入道雲。スーパーで売ってる青いゼリーの色が澄み渡ってる常夏の海。むせかえるような、真夏の匂い。
「…」
そして救命艇だろうか、海上保安庁の船が数隻停泊していた。翼を出すのも気まずいので、そのまま海へとどぼんと落下し、魔力を周囲に音響のように広げてゆく。軽い反応が真下にあった。近代的な石を切断するための機械が使用されたとしか思えないような階段に宗教的な祭壇が見えたりする。
「…」
不思議とお魚が泳いでいても、美味しそうだなということは思えない。優雅に群れをなしてどこまでも遊泳してゆく。ここの一瞬ならスキューバダイビングなんだよなって感じる。
「あそこか」
異質な魔力を持つ構造物が見えた。紫色に見える。魔力における基本原色の白、青、黒、赤、緑、これから外れる魔力を持つものは特殊な状態になりえることが多い。石造りのアーチのように見えた。
「行くか」
一応魔力を繰り出し、オーラを展開する。最悪、罠の場合なんかの、次元の渦に投げ出されても耐える事が出来る威力の魔力を展開する。
「…」
くぐった瞬間、飛ばされた。転移系統のオブジェクト。人工物。何世代前かの人類の遺構だろうか。
「…」
ここじゃない世界に飛ばされた。黒い液体で覆われた世界。ぞっとする。真っ暗闇。
「ぅぅぅうぅぅ」
どうやら飛ばされたダイバーを無事に発見することが出来たようだ。
「大丈夫ですか?」
「え!ひ、ヒト!?」
「海上保安局の者です。どこかケガをしてませんか?」
「し、してないです…。良かったぁ。ここ、なんなんでしょうか…」
「さぁ。わかりません。ですが封鎖されるでしょうね」
僕は万物に宿る魔力を視ることができる。光源の無い状態でも不自由しない。ダイバーの腕を取る。
「…」
帰り道のオブジェクトが存在しない。まるで罠のように、ここに入り込んだら脱出は難しいだろう。
「…」
一応ダイバーの肉体を見ておくか。変な生き物がひっついてるといけないし。そういうホラーものを最近妻と見たし。
「…」
問題は無い。健康体のまま。重大な疾患も見受けられない。
「ちょっと目をつぶっててくださいね。まぶしいですから」
「はい」
空間をぶち抜いて、転移の痕跡である微量の魔力を追ってゆく。元の海に出ると、そのまま空間をぶち抜いて海上保安局の船に乗った。
「え?」
皆は驚いてるみたいだったが、僕の救出任務はここまで。あと一個、仕事がある。
「不可解な不思議なものは破壊しておきますね」
「えっ。あっ。ちょっと…」
海に飛び込み潜ってから、強制転移のオブジェクトを殴って粉微塵に破壊した。一応、これでも復元しようと思えばできるだろうけど、これで被害は無くなるだろう。
「帰るか」
ぶくぶく言いながら、空間をぶち抜いて実家の自室の浴室に跳ぶ。そこでシャワーを浴びて新しい服に着替えてから、妻の待つ僕達の自宅へとジャンプした。
「あと九分だったよ」
「ごめんごめん」
「こうやって、妻のストレスは増えてく。私がぶくぶくと太り出したら、それダーリンのせいだから」
「う!…今度は一緒についてく?」
「ついてく」
そう言って抱き着かれる。妻の匂いが鼻いっぱいに。僕も抱きしめると再び愛情が燃え上がった。